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 悠斗がバイトに入ってから一時間半ほど経過したが特に変わったこともなく、制服と挨拶、お嬢様呼びに慣れてしまえば、普通の喫茶店とあまり変わりはなく、スムーズに仕事をこなせていた。大きな失敗はしていないが、あまりにも普通に仕事をこなしているため冬希はそれが面白くないらしく、時折つまらなそうに悠斗を睨みつけていた。

「普通に仕事をしてるのに、何が不満なのかな?」

「普通過ぎて面白くないんだよ。何かやらかせよ」

「……ホントに可愛くないな、君は」

「バーカ、俺ほど可愛らしい奴はいないだろ」

「その顔があってよかったね」

 暗に顔が無ければ性格は最悪だと言ってみたが、冬希がそんなことを気にするはずもない。トレーにケーキとアイスティーとアイスコーヒーを乗せ注文のあったテーブルへと運ぼうとすると入口のドアが大きな音と共に乱暴に開かれ、ドアの上に取り付けられていた鈴が大きく揺れて音を立てている。店中の視線が入口に向けられる。立っていたのは二十代半ばほどの男性で、茶髪に染められた髪はぼさぼさで、着ているワイシャツやスラクッスもどこかくたびれていた。男性は息を荒くして店の中を見回している。突然男性が店内に入ってきたことで、驚きと不安の声でざわめいている。悠斗も手にトレーを載せた状態で固まってしまっていたが、柳が男性に近づき落ち着いた声色で話しかけた。

「お帰りなさいませ旦那様。お急ぎのようですが、どうかなさいましたか?」

「うるせえ!! お前らに用はねえんだよ!!」

 丁寧な柳の対応を撥ね退けると男性は目的のものを見つけたようで足早にそちらに向かっていく。男性が向かっていった席は悠斗が最初に席に案内した女性のところだった。女性は席に座ったまま顔を青くさせて動くこともできずに固まっている。それに気づいた悠斗が止めるのよりも先に、男性の手が女性の腕を掴んだ。

「見つけたぞ、汐莉! さっさと帰るぞ!」

「いや、離して……」

 声を荒げる男性とは対照的に、恐怖からか汐莉と呼ばれた女性は小さな声でそれでも抵抗を試みている。腕を引っ張り立たせようとする男性の手は力強く、女性はその痛みで顔を歪めていた。止めなくてはと思い、女性の腕を掴んでいる手を離そうと、男性の腕を押えようとする。

「だ、旦那様、落ち着いてくださ……」

「邪魔だ!!」

 しかし、思っていた以上の力で振り払われてしまい、悠斗はその勢いのまま背中から壁にぶつかってしまった。それを見た店内のお嬢様たちから悲鳴が上がった。

「痛っ……」

「悠斗くん大丈夫?」

 床に座り込んでいる悠斗に店長が駆け寄ってくる。心配そうに顔を覗いてくる店長に大丈夫だと笑って見せる。それよりもあちらを何とかしなくてはと目を向けると、柳が男性の後ろに回っていた。

「旦那様、失礼いたします」

「いってえ!! おい、離せ! いてててて!!」

 女性を掴んでいる方とは逆の手を捻りあげていた。それによって手が離れると相馬が急いでその大きな背の後ろに女性を庇った。

「旦那様、どうか落ち着いて今日のところはお引き取り願えませんでしょうか?」

「はあ? ふざけんな、いてててて!!!」

 言葉は丁寧だが、捻りあげている手にはそうとう強い力がかかっているらしく、男性が痛みから声を大きくする。そんな男性の悲鳴をものともせずに柳は涼しい顔をしている。

「お引き取り願えないのでしたら仕方がありません。業務妨害で、警察に引き取ってもらうしかありませんね」

「なっ!」

 さらりと言ってのけたその言葉に男性は声を詰まらせた。冗談ではないと言うように柳の後ろではにっこりと笑いながらスマホを片手に冬希が立っている。いつでも警察を呼べことと人に見られて言い逃れもできない状況を理解したのか舌打ちをすると、男性はどうにか柳の拘束から逃れた。

「分かったよ、今回は引いてやるよ」

「ありがとうございます。入口までお見送りいたします」

「いらねえよ!!」

 しぶしぶながらも帰ろうとする男性を律儀に見送ろうとする柳に男性は苛立ちを隠さずに声を荒げる。男性は相馬の後ろに隠れている女性を睨みつけると再び乱暴にドアを開けて出て行った。店の中がシーンとした空気に包まれる。悠斗がこの空気をどう変えたものかと考えていると隣にいた店長がパンパンと手を叩き、自分の方へ店内の視線を向けさせた。

「お騒がせしていまい誠に申し訳ございません。どうぞお嬢様方はお席につき再びごゆっくりとお寛ぎください。お詫びとしてスイーツをサービスさせていただきます」

 優しく微笑む店長にお嬢様たちの強張っていた表情が柔らかくなった。店長の素早い対応に、柳もすぐに反応し紅茶などの準備を始めている。自分も何かした方がいいかと周りを見ていると店長が小さな声で話しかけてきた。

「悠斗くんは相馬くんと一緒にあのお嬢様を事務所で休ませてくれるかな」

「あ、はい。分りました」

 女性はまだ顔を青くしたまま相馬に支えられながらかろうじて立っているような状態だった。相馬が大丈夫か聞いているが今はまだ答えられる状態ではなかった。すぐに女性の側に駆け寄ると相馬と共に女性を支えながら事務所の方へと向かった。

 

 

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