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頷いてしまってから悠斗はとてつもない後悔に襲われていた。今ほど自分の流されやすい性格を恨んだことは無いだろう。悠斗が頷いてからの店長の行動は速かった。更衣室へ腕を引かれて連れて行かれると、制服らしい燕尾服を何着か取り出してくると悠斗に合わせ始めた。
「悠斗くんは背が高いけど、細いね。今うちに置いてあるのだと少し大きいかな? とりあえずこれ着てみてくれる?」
「はあ……」
曖昧な返事を返して、燕尾服を受け取ると着替え始める。店長はニコニコと笑ったままこちらを見ている。
「あの、」
「ん? 何だい?」
「そんなに見られると、ちょっと……」
「ああ! そうだね、ごめんごめん」
謝ると悠斗から目を離し、背を向けた。自分から視線が外れたことを確認すると上着を脱いで着替え始める。着替えながら悠斗は沈黙になるのも気まずいので、後ろにいる店長に声をかけてみることにした。
「何か、とてもうれしそうですね」
「え? そう見えるかな。ごめんね、僕は意外と分かりやすいらしくてね。柳くんなんかには顔に出過ぎだって怒られちゃうんだけど」
店長という立ち位置なのに柳に怒られるのかと、上下関係が逆転している思ったが柳を思い出すと何故か妙に納得してしまい悠斗は深く考えることを止めた。
「ずっと一緒に働いてくれる人を探してたんだけど、なかなか見つからなくてね。人手不足もあるけど、人は多いほうが楽しいでしょ?」
「……そうなんですか」
最後の袖のボタンを留めながら、この人は人が好すぎる人間なんだと改めて感じた。着なれない服に違和感を覚えながら自分の姿を確認し、ゆっくりと振り返った。
「一応、着替えましたけど」
悠斗の声に店長も後ろを向いていた状態からもとに戻ると、じっくりと悠斗の全身を眺めはじめ手で肩や腰を触り始めた。
「あの、ちょっと……」
「うーん。肩幅はこれで合ってるけど、やっぱりウエストが少し大きいね。後で調節しないといけないな。足の丈は……うん、大丈夫そうだ」
顎に手を当てながらぶつぶつと呟き、しばらくして店長は納得したようだった。その間悠斗はもう抵抗するだけ無駄だと学び、ことが済むまで自分はマネキンだとでも言うようにただ立っていた。
「べたべた触ってごめんね。うん、大体のサイズは分かったし次はちゃんと悠斗くんの制服作っておくね」
「作っておくって、この服」
「ああ、僕が作ってるんだよ。趣味なんだ」
まさかのハンドメイドだった。思わぬ答えに驚いていると、更衣室のドアが大きな音を立てて開かれた。入ってきたのは悠斗が来ているのと同じ制服に身を包んだ冬希であった。
「店長! いい加減戻ってきてくださいよ。キッチン回すの大変なんですけど」
「分かった、すぐに戻るよ。じゃあ、悠斗くんも来て」
「えっ、俺もですか」
店に連れてこられてから、一時間も立っていないのに仕事をさせられそうになりさすがにそれはまずいだろうと狼狽えていると、問答無用で冬希に腕を掴まれた。店に連れてこられたときと同じ状況だ。
「いいからくるんだよ。仕事覚えるのに調度いいだろ」
「だからってこれは急展開過ぎるだろ、ちょ、ちょっと待って……」
助けを求めるように店長を見るが、何故かとても微笑ましげにこちらを見ている。そして冬希と一緒に悠斗の腕を取ると店の方へと歩き始める。さすがに男二人に引っ張られては抵抗することは難しかった。