枝道
翌朝、署に岩尾がやってくると、まだ森山はいなかった。
あいつ、まだ来てないのか。自分が来るのが早かったのかもしれないし、森山が遅いのかもしれない。それか、まだ何処かに行っている可能性もある。
とりあえず、彼は仕事を開始した。
警部である彼は捜査以外にも仕事がありそれをこなしていた。
そのまま、一時間程彼は仕事をしていたが、「岩尾さん」と突然声を掛けられた。
その声で誰かわかったので、顔も挙げずに返事をした。
「森山か」
「はい。昨日は車すみませんでした。急いでたので」
森山は苦笑しながら言った。
「いや、いい。で、何かわかったのか?」
「ええ、恐らく昨日の二人がいるところがわかりました」
「本当か⁉」
岩尾は顔を挙げた。
「嘘ついてどうするんですか」
森山は、ニコニコしながら言った。
「昨日行ったところは正解だったみたいです。お陰で今の情報が手に入りましたから」
岩尾は頷いた。
「それで、何処にいるんだ?」
「山の近くですね。研究所だそうです」
「研究所?そんなのあったのか?」
「いやー、僕も知りませんでした。まあ、とりあえず行ってみましょう」
森山は気楽に言った。
「ああ、行くとするか」
岩尾はそう言って立ち上がった。
そして、森山の後ろから来る男に気づいた。
「俺は仲間外れですかい?」
その男は苦笑しながらそう言った。
「すまん。忘れてた」
岩尾も苦笑で返す。
「高木さん、いつの間に」
森山は驚きの表情を浮かべた。
「いや、結局片原を刺した犯人は捕まりそうに無いんでな。折角、片原と話したってのに無駄骨だ」
「へぇー、片原さんと話せたんですね」
「ああ、夕方頃に話せたぜ」
「俺と森山が行った時は、昼頃だったからな」
森山と岩尾は、未だ起きてる美鈴と話すことが出来ていない。
「よし、今日の用事が終わったら行くか」
岩尾が、そう言った。
森山もそれに頷きを返した。
三人は岩尾の車に乗り、森山の案内で今は宮田のクローンがいる研究所へと向かっていった。
しかし、三人は気づいていなかった。
その後を、一台の車が追っていることに。
「さてと、厄介なことになったようだな」
宮田のクローンは、二人にそう言った。
峯田と佐久田のクローンの二人が戻ってきた時に、彼は本を読んでいた。
一人だけ寝ているのもどうかと思ったのと、結果が気になったからだ。
二人が出て行く前に話した、佐久田の提案は最も成功しやすい作戦だと感じた。
あの会社の社長になることで権力と財をクローンの為に使えるようにするのが、宮田のクローンの計画だった。
峯田を殺し、クローンが息子だと言って社長になるはずだった。
それが警察が来ることで、困難になった為急遽信憑性も持たせやすい佐久田の提案を使った。
遺書があれば、自殺の動機と息子だという信憑性を持たせる二重の効果がある。
遺書を書くのは、本人のクローンなのだから筆跡も同じ。
そう考えて実行に移した。
しかし、予定外のことが起きた。
佐久田の少し前を知ってる者がいた。
そこまで考えが回らなかった自分のミスだった。更に、そこに警察もいた。
二重の効果を期待して行った作戦は、二重の予定外によって潰された。
そして今、危機に陥っている。
このまま行くと警察に捕らえられてしまうだろう。
先に白井という男と、警察二人を消さなければいけない。
「どうするか」
宮田のクローンは悩んだ。
「その三人を殺せばいいんだろう」
口を開いたのは、峯田のクローンだった。
「ああ、だがその方法を考えなければいけない」
「簡単だ。直接行けばいい。俺と佐久田のクローンで行けば、一対ニなら勝てる」
「まあ、そうだな」
流石の警察でも、複数と戦えば負けるだろう。しかも、こちらは殺す気でいくが、警察という立場上、こちらを殺すことは出来ない
有利と言えば有利だ。
「そうしよう。まあ、まだいいだろう。時間は無いが焦るとまた失敗する。今日はもう寝よう」
「そうだな」
峯田と佐久田のクローンは、部屋を出て自分の部屋に向かった。
宮田のクローンは、そのまま部屋に残った。
そう言えば、あの男女のクローンとC拓馬はどうすればいいだろうか。
男女のクローンがあそこまで凶暴なのはまだわかっていない。
密室にいることによるストレスが原因の一つとして考えられるが、もしかしたら作る工程で何かミスをしたのかもしれない。
まあ、どの道使うことは今のところなさそうだ。
C拓馬は、どうやら密室にいるし両親もいないという多大な精神的ストレスを受けてるはずだが、凶暴性は無い。
これはやはり、まだ自我が発達していないからなのだろう。
あの男女は、もしかしたら使うことにいつかなるかもしれないが、C拓馬は確実に使うことは無い。
安全な場所に移した方がいいか?
いや、安全な場所など無い。
クローンは本来存在している筈では無い者なのだから。
まだ考えは纏められない。
今日は寝るとしよう。
彼は部屋の電気を消し、座ったまま眠りについた。
「ここか?」
大きめの建物の前に三人は着いた。
尋ねたのは岩尾だ。
「そうですよ。昨日確かめたので」
「怪人二十面相みたいだな。こんな人もいないようなところに建てるなんて」
岩尾がそう呟いた。
「確かに」
高木もそれに同意した。
「僕は、館シリーズを思い浮かべましたね」
「館シリーズってなんだ?」
岩尾はそう尋ねた。
「えっ?知らないんですか?あの人の作品のシリーズをそう呼ぶんですけど」
「いや、二人とも急がないでいいのか?」
高木がそう口を挟んだ。
「そうだな。その話はまた今度聞かせてくれよ」
岩尾は苦笑した。
「勿論です。推理小説好きなので」
心なしか森山の目は輝いていた。
三人は、扉の前まで来てどう入るか迷ったが、結果インターフォンを押した。
三人は、これは実は家なのでは無いかと思った。
暫くして、扉が開いた。
「どちら様ですか?」
若めの男がそう言った。
「警察だ。中に入れてもらうぞ」
「急になんなんですか?事件が起きてるわけでも無いのに。不法侵入と変わりません」
若めの男、宮田のクローンは冷静に答えた。
「大丈夫だ。目的の人物を捕まえて逮捕状を作れば、問題ない」
森山は、本当に強引だと思いながらもこんな上司で良かったとも思った。
自分には出来ないことを難なくしてくれる上司で良かったと。
宮田のクローンは、三人を見送ってそこに止まっていたが、やがて移動した。
その頃、三人が乗って来た車の後をつけていた車が研究所の前に到着した。
「さて、どうする?バラバラに調べるか?」
岩尾は三人に尋ねた。
「いや、昨日の様子から見て三人で調べた方が良いかと」
岩尾はそれを聞いて、カップを投げて来たことを思い出し、苦々しい表情になった。
「そうだな。急にカップを投げてくるようなやつは危険だ」
「カップ?」
高木は、不思議そうな顔をしたが誰も反応しなかった。
「あれ?そう言えば、さっきのやつはどこ行った?」
岩尾がふと言った。
「あ、そう言えば玄関に置いて行ったんじゃ」
「どうするか?」
「まあ、いい。まだ犯人を見つけてからでいいだろう」
森山は、自分の考えが正しければまずい予感がするなと思いつつそれに従うことにした。
三人は、広めの研究所を探索した。
この研究所は一階と地下で構成されている。
現在、地下には、二人の男女が閉じ込められている。その二人のクローンも地下にいる。
一階には、部屋が多数存在しており、テレビがあり、宮田とそのクローンが本を読んでいたり、クローンの三人が話し合っていたりした、広めのリビングルームと呼ばれる部屋が中心にある。
そこには入口から直進することで到着する。
その途中に何個かの枝道があり、そこに入ると、地下へ続く階段があったり、部屋がある。枝道の中の一つの部屋は、オリジナルである拓馬がいた部屋だ。
しかし、今は使われてはいない。
枝道から行ける部屋は、どれも現在使われてはいない。
リビングルームまで行くと、また枝道がある。
その枝道を通ると、実験室であったり、峯田と佐久田のクローンの部屋があったり、宮田とそのクローンが使っている部屋がある。
C拓馬もその中の一つの部屋にいる。
宮田が何故これ程の研究所を作れたかといえば、国から入ってくる研究費を使ったからだ。
追放される前には、大分研究費を手にいれていた。
そのお陰で、これ程の研究所が完成出来たのだ。
そして、ここまでの広さにしたのも、客人が多く、こんな山奥だと滞在するしか無い人もいた為である。
森山と岩尾と高木の三人は、まず、リビングルームまでの道の途中にある枝道をしらみつぶしに調べることにした。
暫く調べていたが、なんの収穫も無く、行ってない枝道も少なくなってきた。
そこで、地下に続く階段がある枝道を見つけた。
「なんか怪しいな」
高木がそう呟く。
「怪人二十面相だとこういうのは罠なんだよな」
岩尾はそう言った。
「館シリーズだと、こういうあからさまでは無く隠し通路が…」
森山もそう言う。
まだ続いてるのかと高木は苦笑しつつ、中に入っていった。
二人もそれに続く。
地下は一直線の通路のようになっていて、途中途中に扉がある構造だった。
三人は、大きな物音を聞いた。
それはすぐに扉を叩く音だと気づいた。
地下に入って、二番目の扉からそれは聞こえた。
三人は顔を見合わせる。
岩尾がその扉に近づく。
「大丈夫か?」
叩く音が消えた。
「誰だ?お前は?」
扉の中からは、男の声がした。
「警察だ。お前は閉じ込められているのか?」
「警察だと?助けに来たのか?」
「いや、わからないが。これは、どうやって開ければいいんだ?」
「鍵が必要だ。助けてくれるなら、助けてくれ」
「ああ、わかった。お前は何故閉じ込められているんだ?」
「わからない」
「そうか。暫く待っててくれ」
岩尾はそう言って離れた。
三人で、地下を出て枝道に戻った。
「どういうことだ?」
戻るなり岩尾が言った。
森山と高木は反応しなかった。
二人にもどういうことか全くわからなかったからだ。
閉じ込められている男がいて、何故閉じ込められているのかはわからない。
「とりあえず、助けてあげましょう。敵では無いと思います」
森山は、提案を出した。
「そうだな。それに何かわかるかもしれない」
岩尾は同意し、続けた。
「しかし、閉じ込められているってことは、最初の男が怪しいな。捕まえとけば良かった」
「そうですね。鍵もあの人が持ってるかもしれません」
「ああ、一回玄関に戻るか」
そして、三人は玄関に戻ったが宮田のクローンは勿論いなかった。
「やっぱりいないか。まあ、家の中にはいるだろう。会わなかったということは、俺たちが枝道に入っている時に通っていったのか」
岩尾と高木は、また戻って行った。
森山もそれに続こうとしたが、ふと外を見て違和感を感じた。
何かが違う。一体なんだ。
森山は原因を見つけようとした。
そして、それを見つけた。
自分達が乗って来た車の後ろに、車がある。
いつの間にと思い、中を確かめに外に出た。
車の中を確かめるが、人はいない。
一体誰が。そこで考え込んでいたが、頭に強い衝撃が走った。
森山は、そこにそのまま蹲る。
上を見上げると、そこには峯田のクローンがいた。
まさか、この車に乗って来たのか?
森山は、伝えなければと思ったが意識を失った。




