到着
二度目の二人組が、自動ドアの前にたった。
ドアが、待ちわびていましたとでも言うように、軽い機会音を立てて難なく開いた。
二人はそのまま中に入っていったが、白井がどこにいるのかはわからなかった。
彼らはとりあえず、一つ一つの部屋でも回ろうかと考えて、二階に来た。
二階を歩いていると、明かりが漏れた部屋があった。
暗闇にただ一つ残された、その孤独の空間の前には、唯一の友人であるかのように佐久田のクローンが立っている。
二人はそれに気づき、そこに近づいて行った。
虚しく響く足音で気づいたのか、佐久田が二人を見た。
暗いため、二人に表情を確認することは出来なかったが、佐久田の表情は特に変化が無く、相変わらずの無表情を保っていた。
暗い中を歩いて来たので、暗さに慣れ森山達には佐久田のクローンをよく見ることが出来た。
しかし、姿は確認出来なかった。
「お前は誰だ?」
岩尾が尋ねたが、佐久田のクローンは答えない。
佐久田のクローンは、無表情でいたもののこの二人の正体を考えていた。そして、先に正体を明かすのはどうかと考えた。
「誰なんだ?」
岩尾が再び尋ねる。少し苛ついたように言った。白井の話から、カメラに映っていた二人の内のどちらかだということはわかっていた。
岩尾が知りたいのは相手の素姓についてだ。
「貴方達こそ誰ですか?」
岩尾は質問が返ってきたことに更に苛ついたが、軽く答えた。
「警察だ」
佐久田のクローンは、警察が何故いるのかと驚いたが、まだ事件を捜査するのに残っていたのだろうかと考えた。
「そうですか。私は唐川といいます」
唐川というのは、佐久田のクローンの記憶に残っている、同僚のうちの一人の苗字だった。彼は、警察に情報はあまり与えるべきでは無いと思い偽名を使った。
「唐川か。何故そこにいる?」
「友人の話が終わるのを待っています」
彼は、久々に大分話すことになりそうだと感じた。
岩尾は、全くどういう人物なのかがわからなかったので、質問を重ねて行く。
「友人とは誰だ?そして、何故ここにいる」
「友人は、宮田といいます。ここの会社にいる人と話をしたかったようです。私はそれの付き添いです」
「そうか。ところで、お前はそのもう一人と共に会社に来ていたな?何故だ?」
監視カメラのことか、と佐久田のクローンは理解した。
「それは、友人がここの社長に呼ばれたのでそれに付き添いで来ました」
岩尾は、疑問に思った。これから自殺するつもりだった男が何故?
わからないが、とりあえず部屋に入ることにした。直接聞いても話がよく理解出来ない。
中には白井もいるからなんとかなるだろう。
そう考えていたが、止められた。
「ちょっと待ってください」
岩尾は、佐久田のクローンを見る。
「どうした?」
「まだ話をしている最中なのですが」
「こちらは構わない」
そして、岩尾は中に入っていった。
森山は強引だな、と苦笑しながら続いて行った。
戸を開けると中から仄かに紅茶の匂いを感じた。
一軒家のリビングとも言えるような部屋の中心には長めの机があり、それを挟むようにソファと一人座り用の椅子がある。
部屋の隅の方には、パソコンがありその前には脚がタイヤになっている椅子がある。
森山は部屋を見て快適そうだなと思った。
そして、今は紅茶が机の上にあり、ソファには峯田のクローン、向かい側の椅子には白井が座っている状態だった。
戸を開けた瞬間に、既に森山達を見ていた二人の表情は異なっていた。
峯田のクローンの方は、怪訝な表情を浮かべ、白井の表情は少しの安堵が伺える。
「誰だ?」
不機嫌そうなその声を発したのは、峯田のクローンだ。
「警察だ」
そう答えたのは、岩尾だった。
「何故警察が?」
「用事があってな」
「誰に?」
「お前だ」
峯田のクローンは、不愉快そうな表情に変わった。
彼は、こいつらは計画の邪魔に入るのかと考えた。入るなら殺す。
心の中では、少しの高揚感が生じた。
そして、佐久田のクローンも部屋に入ってきた。
そのまま峯田のクローンの近くへ行く。
「さてと、まずはこいつらが何しに来たのか聞くとするか。白井、話を聞かせてくれ」
白井は頷いた。
「どうやら彼は、社長の息子らしい。社長が、存在を隠していたらしい」
峯田のクローンを指差しそう言った。
「彼は、昼にここへ来てこれを社長から受け取ったらしい」
次は、手に持った手紙を揺らした。
「なるほどな。それで?」
「この手紙には、社長が自殺することを仄めかす。というより、そのまま自殺すると書いてあるが、そしてここにいる彼に会社を継がせるらしい」
白井は、手紙を渡した。
「あとは、佐久田の殺害動機。彼は、社長に呼ばれて昼頃に来たらしい。それで、カメラに映ったのだろう」
白井は一息ついた。
「これが、ここに残った事実と彼の話だ」
「わかった。助かる。あと、これは一応筆跡鑑定に回しておく」
手紙に目を落としていた岩尾が、顔をあげてそう言った。
森山は、その手紙を更に受け取った。
「で、合ってるのか?」
岩尾は、その疑問を峯田のクローンにぶつけた。
「ああ、その通りだ」
彼は、少し胸を逸らしてそう返した。
手紙の筆跡鑑定をされたところで、問題は無い。自分が書いたのだから、オリジナルとは筆跡は同じ物だと彼は考えていた。
「そうか。白井、お前は何か考えを持っているのか?」
「勿論。だからこそのさっきの言い方だ。俺の思考の結果はこうだ」
白井は、そこで紅茶に手をつけた。冷めた紅茶からは、もう湯気はたっていない。
そして話を始めた。
「まず、社長が存在を隠していたと言ったが、流石に無い。幾ら調べても出ては来なかったのは不自然だ。そこまで完璧に隠せるとは思えない」
それに岩尾も頷く。
「確かにな。情報はどこからか漏れるような時代になったからな。俺にはついてけないが」
「そして、更に不自然なことはこの二人だ。まず、社長の息子と言っているこの男だが、似過ぎているんだ。三十代の社長と。そしてもう一人の男。そいつは」
そこで言いとどめて、視線を岩尾から佐久田のクローンに移す。
「俺の同僚だった佐久田に瓜二つだ」
森山がそれを聞いて、ピクッと反応したがそれには誰も気づかなかった。
岩尾と白井の視線は、二人のクローンに向けられていたし、向けられた二人は見返していた。
「どういうことだ?」
岩尾が、独り言のように言った。
「わからない。それは、この二人に聞け。警察だろ?」
「そうだな。直接聞いた方が早い」
そして、岩尾は二人の方に体ごと向ける。
「で、どういうことなんだ?お前らは、ドッペルゲンガーだとでも言うのか?」
それに答えたのは、佐久田のクローンだった。
「まさか。私は、佐久田という男に似ているのは気の所為でしょう。かつて、ということは記憶も薄れているでしょうから」
苦笑してそう言った。
内心では、まずい展開になったと感じていた。
「記憶は確かに薄れる物だが、それでも瓜二つとまで言っている。それに、その言い訳はお前らの正体の説明にはならないな」
「そうですね。私は、普通に働いていますが隣の彼は、ほぼ無職です。彼は生活費をここの社長から貰ってたようですから」
「お前の職場は?」
岩尾は間髪入れずにその質問をした。
佐久田のクローンは言葉に詰まった。
どう答えるか。実際に、働いている訳では無いから調べられれば気づかれる。
ここまできた以上、殺す必要もあるかもしれないが、三対二では分が悪い。
その上、相手は警察。戦闘には慣れてる筈だ。確実に勝ち目は無い。
こうなれば。
佐久田のクローンは、峯田のクローンに耳打ちした。
そして、それを聞いた彼は頷いた。
「何をしている⁉」
岩尾が怒声をあげる。
峯田のクローンはソファから立ち上がった。
そして、机の上にあった紅茶はもう入っていないカップを岩尾に投げつけた。
「なっ⁉」
森山と岩尾と白井の三人は突然のことに驚いたが、岩尾はなんとか避けた。
そして、その内にクローンの二人は逃げ出した。
三人は、少しの間呆然としていたがようやく頭が回った。
「あいつら、逃げたのか!」
そう叫んだのは、岩尾だった。
「早く追わないと逃げてしまいます」
冷静にそう言ったのは、森山だった。
「ああ、追うぞ!」
岩尾はそう言い、走り出そうとした。
しかし、そこで電話の着信音が響く。
それは、森山のスマホから発せられた。
森山は、素早く応答し、会話をしていた。
岩尾は、それを見ていた。時間に余裕が無いのはわかっていた。それでも、彼は動かなかった。
「すみません。急用が入りました。自分はここで抜けます」
スマホをしまいながら、森山は本当に申し訳なさそうにそう言った。
「こっちも急用の筈だが」
「それなら代わりに私が」
そう言ったのは白井だ。
「私が行く。それなら結局変わらないだろう」
「ありがとうございます。岩尾さん、すみません。でも、今回の事件に繋がっていることなんです。必ず訳に立つので」
森山は、そう答えてから走り出して行った。
岩尾は、尋ねることも出来ずにその場にいたが、やがて白井と二人で走り出した。
追いつくことは出来ないと思いながら。
建物の外まで出たが、やはり二人はいなかった。森山の姿も見当たらなかった。
「惜しかったな」
「確かにな」
二人はなんとかしなければと思いつつも、どうすればいいかはわからなかった。
とりあえず、岩尾は署に帰ろうとしたが車は森山が使ったらしく無かった。
岩尾は白井の車に乗せてもらおうと戻っていった。
そういえば、車はあの時に捕まえてから戻ったのか疑問に思ったが、恐らく戻っただろう。
「今回の事件は骨が折れる」
そう呟いた声は夜の闇に吸い込まれた。
その後、岩尾は白井の車があることに安心し、それに乗り署に戻った。
報告書を仕上げ、少しの間署に残っていたが、森山は戻ってこなかった。
彼は、仕方ないと思いながら、明日には会えるだろうと考え帰路へと着いた。




