計画
「亡くなったのは、峯田製薬社長の峯田和徳さん、秘書の佐久田恒人さん。死因はどちらも窒息死。また、峯田社長は自殺と考えられ、佐久田さんを殺害後、自殺に至ったというのが、警察の見解です。しかし、監視カメラに30代程の男2名が社長室に向かうのも確認され、他殺の疑いもあるとみて現在調査中だそうです」
宮田のクローンは、ニュースを見ていた。
マスコミの行動は早く、昼頃に起きたはずのことが、外も暗くなった今、既にニュースになっている。
近くには、その二人のクローンがいる。
二人とも30代くらいなのだが、片方は力強く、片方は弱めの印象を受ける。
「監視カメラは予想外だ」
宮田のクローンはそう呟く。
「俺の記憶には、監視カメラは無い」
峯田のクローンがそう返す。
記憶としては、峯田のクローンより新しい佐久田のクローンは、それに対して頷いた。
「両方に記憶は無いのか。まあ、いい。ここを突き止められることは無い」
宮田のクローンは、テレビから目を離す。
「それで、問題はこれからの計画に支障をきたすかもしれないことだな」
「どういうことだ」
「私の計画では、君たちの姿をなるべく認識されてはいけなかった」
「確かに。計画ではこの後、貴方が活躍する予定でしたからね」
佐久田のクローンが、峯田のクローンを指差す。
宮田のクローンは、声を初めて聞いて、話すことが出来たのかと驚いた。
未来では、昼前に会ったあの男のようになるのだから、当然といえば当然かと、一人納得した。
「ああ、依頼主のクローンが活躍する予定だったから、姿が認識されてると困る。何しろ、殺しの疑いも若干かかってる」
「問題無いだろ。俺かどうかなんて、この映像からはわからない」
「そうだとしてだ。勘のいい者がいたら、計画を実行した場合、気づかれる場合がある。調べられれば、この計画は簡単に気づける。警察もいるから、なおだ」
「面倒だな」
「ああ、本当に」そう言って立ち上がった。
そのまま彼は、コーヒーを淹れ始めた。
「俺は要らないぞ」
「私が飲むんだよ」
彼は、一人分のコーヒーカップを取り出し、そこにコーヒーを注いだ。
そして、そこから上がる蒸気をぼんやりと眺めていた。
突然、佐久田のクローンが口を開いた。
「もう、強行突破でいいのでは?私たちの、理想は相当遠いものです。あまり、猶予も無い」
蒸気から目を離した宮田のクローンは、考え込んだ。
「確かに。慎重に行きたいところだが、それも仕方ないかもしれない。気づきそうな人間は、排除してクローン化させることにしよう。それなら、問題ない」
「それから私に案があります」
佐久田は、そう言ってその案を言った。
宮田のクローンはそれに賛同し、すぐに実行することにした。
「どうだ森山、なんか見つけたか?」
岩尾が、声をかけた。
「ここには、特になにも残っていないように思います」森山は、そう返した。
「やっぱりな」
岩尾と森山は、峯田と佐久田が殺害された社長室にいた。
高木は、美鈴が被害に遭った方の事件を捜査している。
「そういえば、第一発見者って誰なんですか?」
「ああ、ここで働いている社員だそうだ。苗字は確か白井。俺たちより先に来た刑事達が話を聞いたらしいからな。後で、話を聞きにいくか」
社長が殺された為、大きな事件として扱われ、現在この事件を捜査しているのは、複数の捜査班がいる。
岩尾達は、その内の一つの班の為、先についた方が話を聞いていた。
「じゃあ、他の所に行くか」
岩尾は、そう言って部屋を出た。
森山もそれについて行く。
部屋の中には、鑑識と他の捜査班が残された。
一緒に部屋を出た森山は、岩尾に尋ねた。
「何処へ行くんですか?」
「管理室だ。これくらいの会社なら、監視カメラくらいあるだろ」
岩尾は、歩みを止めずに言った。
森山は、納得し後をついて行く。
途中で見つけた社員に、管理室の居場所を岩尾は尋ねた。
すると、向かっていたのとは方向が全く逆だった。
森山は、それに対してあえて何も言わなかった。
岩尾が、全く気にしてないようだったから、言うのもどうかと思ったのだ。
「着いたな」
二人は、『社内管理室』と書かれたプレートのついた部屋の前に立っていた。
岩尾は、一応ノックをした。
扉が、こちら側に開き中から若い細身の女性が現れた。
その女性は、岩尾を見て驚いたが警察だと説明されて部屋の中に入れた。
「本当なら、こういう仕事は男性の方がやることが多いんですよね。管理室だから、セキュリティはしっかりしないといけませんし」
女性は、部屋に入ってから言い訳をするようにそう言った。
「けど、私は合気道の経験があったのと、偶々他にやりたい人がいなかったみたいで。仕事に就くのが大変なのに運がいいですよね」
「そうでしたか。私は、合気道はやったことないんですが。確か、難しいのでは?」
岩尾が尋ねた。
「よくわからないんですけど。私には向いていたみたいです」彼女は、恥ずかしそうに言った。
「それは凄い。ところで、監視カメラの映像が見たいのですが」岩尾が本題に入った。
「あっ、はい。わかりました。何時頃のを見ますか?」
死亡推定時刻が、わかっていないのと自殺の可能性が大きいから、あまり必要が無い気が森山にはしていた。
「とりあえず、朝からで」
岩尾の言葉を聞いて、女性は映像を巻き戻して行った。
社長室への、一本しかない廊下の映像を見ていたが、巻き戻しをしている途中で出た人は少なかった。
午前3時程まで、遡りそこから早送りをする。
午前5時頃、一人の男性が社長室方向へ通った。
「これは、社長ですね」女性が言った。
森山は、一応メモを取った。
午前7時頃、違う男性が社長室方向へ通る。
「こちらは、秘書の佐久田さん」女性が、再び言った。
それからは、9時30分頃に佐久田が戻り、11時頃にまた社長室へ向かう。
そして、1時30分頃に二人組の男が通った。
「これは、社長のお客様です」
「客ですか?」岩尾が尋ねた。
「ええ、確か名前は宮田さんと、片方は付き添いらしくて名前はわかりません。それは、受付の方が言ってました」
宮田と聞いて、森山は一人の人物を思い浮かんだが、別人だと確信していた。
時間を進めると二人の男は、帰っていった。
そして、暫く人の行き来は無い。
夜の8時頃に一人が通る。
そして、森山は思わず声をあげた。
「こいつは」
岩尾も、その声を聞いて気づいたらしい。
「この人は誰ですか?」女性に尋ねる。
女性は、驚いていたが「社員の白井さんですね」
「白井?山崎という苗字では?」森山が尋ねる。
「いえ、違いますよ。白井さんです。社長が時々呼んでいるので、よく社長室に行く人です」
「…そうですか」
森山は、考え込んだ。
二人は、ひとまず礼をいい部屋を出た。
森山は、「一体どういうことなんでしょう」と尋ねた。
「俺より、お前の方が頭がきれるはずだぞ」
岩尾は、そう言った。
二人のこれからの行く先は一つに絞られた。
白井は困惑していた。
何故社長が死んだのかが理解出来ない。
あの状況的には、自殺に思える。
しかし、突然の自殺に思い当たることは無かった。
一応、製薬会社であるここの社長なのだから、麻薬なども手にはいるが、使っていた気配も無い。
少なくとも、最後に見た一昨日の夜にはそんな気配は無かった。
白井が考え込んでいると、名前が呼ばれた。
彼がそちらを向くと、男がいた。
「白井、刑事が呼んでるぞ」
白井は、それを聞いて最初の目撃者なのだから、予測はしていた。
しかし、刑事に会うと予想外だった。
「2日振りだな、山崎稿。いや白井か」
相手は、前に会った、というより捕まりそうな刑事達だった。
「何故?」と白井は問いかけた。
「事件があったら、警察が来る。警察が来るなら、刑事が来る。だろ?」
岩尾は、誰かに確かめるように言った。
誰もそれには、反応しなかったが白井が口を開いた。
「で、話とは?」
森山は、無視かよと呟く岩尾の声が聞こえた。
「まあ、いろいろだな。前のことも聞きたいし、今回の事件のことも聞きたい。今回は、逃がさないからな」
白井は、溜息を吐いてから話し始めた。
「いいでしょう。社長もいなくなってしまったのだから」
そして、彼は話を続けた。
「私は、社長に頼まれてあの女性のあとをつけました。それで、怪しい動きをしてる様子があった場合は、報告しろと言われました」
「なんでだ?」岩尾が尋ねる。
「知りませんよ。詳しいことは、秘書の佐久田じゃないとわからないのでは?もう、佐久田もこの世にはいませんが」
「他には、なにかわからないのか?」
「自分は与えられた仕事をしただけです。他のことはわかりません。佐久田は、信頼されてたようですが、自分はそうではありませんから」
「そうなのか?被害者、いや加害者にもなるかもしれないが、時々呼ばれてたらしいが」
「ええ、社長は自分の力は認めてくれてたので。佐久田と自分は同期ですが、佐久田よりは、自分の方が仕事が出来ます。なので、時々どうしたらいいかで呼ばれてました」
「そうか」
岩尾は、美鈴の方に関しては有力な情報は得られないと考えた。
森山も同じことを考えた。
「わかった。じゃあ、今回の事件についてだ」
そして、白井から死体の状況などを聞き出した。
白井は、特に死体などに触れなかったらしく、警察がきた時までは、発見時と同じ状態だったらしい。
社長が、佐久田を殺したり自殺するような動機があったか聞いたが、それらしいことは無かった。
「わかった。もういい。大体、必要なことは聞いた」
そして、岩尾は立ち上がった。
「お前が、部活の事件と無関係かはわからないが、とりあえず無実ってことにはしといてやる」と岩尾は言い、去っていった。
森山も、それに続く。
白井は、「どこへ?」と尋ねた。
「大体、他の班もいるから情報は集めた。署に戻る」
白井は、少し考え込む素振りをしてから「見送りますよ」と言って二人についていった。
入口のドアの近くまで来て、白井は二人を「待ってください」と止めた。
「どうした?」岩尾は、尋ねる。
「真実が、わかればそれを教えて貰いたい。社長が何をしていようとしていたのか、自分は知りたい。自分も、調べようとは思っているが、限界がある」
「テレビや新聞で見ればいいんじゃないのか?」岩尾が言う。
「真実は捻じ曲げられ、人々の前には一部しか、いや一部さえ届かない」
「どういうことだ?」
「警察なら、その言葉に最も近い場所にいるのだから、わかるはずです。そして、自分はそれが起こる光景を何度か見た」
岩尾は、納得してそれに返した。
「そうだな。そして、それに気づける者は少ない。お前の会社の社長は、それをしていたのか」
森山にも、意味はわかった。
そして、ここの社長の力は大きかったことを確認した。
「それでは」白井は、そう言って二人を見送ろうとした。
しかし、岩尾は立ち去らずに言った。
「いや、とりあえず連絡は出来るようにしたい。お前の得た情報も知りたいからな」
そして、白井と連絡先を交換し、そして立ち去っていった。




