最期
「さて、着きましたよ」
そう言って、クローンは車を降りドアを開け、宮田の乗っている後部座席に来た。
宮田は、縄で足を縛られ、椅子に座らされていた。
手は自由だったが、あまり意味が無かった。
外に出ると、車のエンジン音がした。
恐らく、クローンはさっきエンジンを止めなかったのだろう、と宮田は思った。
そして、クローンは宮田の手首を掴み引きずって行った。
そして、一本の木の下に来た。
周りは殆ど森林のようなもので、クローン自身も適当にこの木の下に来た。
「それでは、お別れですね」
「…そうだな」
クローンは懐から刃物を取り出した。それは、ナイフだった。
そして、クローンは言った。
「遺言とかありますか?」
宮田は考えた。誰かに伝えることはしてくれないだろうから、クローンに対して遺そうと思った。
しかし、特にいい言葉が思い浮かばなかった。
そして、「車のエンジンはちゃんときっておくようにな」と苦笑して言った。
クローンは面食らった顔をしたが、「きりましたよ?」と答えた。
「そうか?じゃあ、聞き間違いか」
「そうですね。それにしても、ここでそんなことを言うとは」
クローンは呆れた。
「確かにな」宮田は苦笑した。
「それでは」と言って、クローンはナイフを構えた。
月明かりに照らされ、ナイフがキラリと光った。
「さようなら。私」
クローンは言った。
「ああ、さよなら。私」
宮田も返した。
そして、ナイフは宮田を捉え、呻き声があがった。
クローンは無慈悲な足音を立てて、去っていった。
血が流れる。体が冷えていく。
息が荒くなる。
宮田はここで死の恐怖を覚えた。
今までは、死を実感出来ていなかっただけだったのだと、悟った。
ここで初めて生きたいという心が生じた。
何か手は無いかと考え始める。
血は流れていく。土は赤に染まっていく。
そして希望を見つけた。
その希望は、懐にあった。
それを、取り出した。それは、携帯電話だった。
10年前の、私の、記憶には、携帯電話が、存在しなかったのだろう。
その為に、これは、取られることが、無かったのだろう。
取り出して、最初にシールが目に入った。
震える手で、番号を押す。
駄目だ。意識が…。
宮田の意識は、深く暗い緑の下で、夜の闇に呑み込まれていった。
歩きながら、私は、私を殺したんだと、ふと思った。
何かが欠けるような感覚は無かったし、感慨もあまり湧かない。
ただ、殺したという事実だけが残った。
彼の視点は過去には既に無く、これからに向かっていた。
彼は、まずどうすれば世界中の人間のクローンが出来るかを考えた。
それは、言葉で言えば容易く、実行するには相当の力が必要だ。
その為に、まずは…。
そう考えていると車を停めてる場所に着いた。
やはり、エンジンはきれてる。
彼も自分なのだから、もう少しちゃんとした遺言を残して欲しかった、と彼は思いながら、車に乗った。
そして、車を研究所に走らせていった。
彼は目が覚めた。
昨日、研究所に帰ってきてから疲れて寝てしまっていた。
まだ冷蔵庫に残っていた食糧を調理して食べる。
クローンとオリジナルに今まで食事を与えていたのも自分だったから、負担は特に変わらない。
そう考えると、オリジナルは何もしていなかったのかと思い、苦笑した。
そして、食事を与えてきた。
その途中で考えたが、この研究所を作ったのが、私の記憶を辿ると去年のことだ。
私のオリジナルの言ってる通りなら、十年分を足して今から十一年前ということになる。
この研究所の中は、その一年前の記憶と自分が行動した範囲は変わっていない。
いってないところは、変わっているかもしれないが、行く必要は無いだろう。
そう考えて、部屋の電話の受話器を取る。
昨日考えた計画を実行する為だ。
その計画はこうだ。
まずは、依頼主を乗っ取る。
依頼主はそこそこの権力を持っているのは、察していた。
その依頼主をクローンに変える。
そして、協力してもらう。
そこからある程度、権力のある地位まで行き、何らかの法などを作り効率良くクローン化させようと考えた。
一人ずつクローン化していくのは、恐ろしく大変な筈だ。というより不可能に近い。
そして、彼は計画の実行を始めた。
部屋にノックの音が響く。
峯田は、この音に飽きてきた。
いっそのことドアを開けっ放しにしようと考えた。
「入れ」と峯田は言った。
これもぶっきらぼうな言い方になった。
「失礼します。電話がまた来ました」
峯田は、その言葉で宮田だと思い内線の繋がった電話に出る。
「次はなんだ?」
挨拶もせずに峯田は尋ねた。
「急にすみません」
峯田は、声を聞いて驚いた。
宮田だと思ってたが、聞こえた声は少し若目の声だったからだ。
「お前は誰だ?」峯田は、怪訝に思い問う。
「私は、宮田博士の助手をしている者です」
「助手?ああ、お前がそうか。それで、何故宮田博士では無い?」
「宮田博士は、体調を崩して寝込んでいます。その為、代わりに報告を」
峯田は、すぐに納得した。
「なるほど。で、報告とは?」
少し間が空いた。
峯田には、受話器の向こうから、息を吸う音が聞こえた。
「研究が完成しました」
峯田は震えた。
ついに。ついに完成したのか。そして、私の念願は叶ったのだ。
年甲斐も無く、興奮した。
何年振りかと、一瞬考えたが無駄なことだと思いやめた。
自分の中で動く、喜びを抑えて反応する。
「よくやった」
「はい。それで、髪でいいので体の一部が欲しいです」
峯田は、自分の喜びと相手の冷静な対応の差に少し恥じた。
「わかった。君の為にも急いで送ろう」
実際は自分の為だ。
「わかりました。それでは」
電話はきれた。
峯田は、早速机の引き出しから鋏を取り出し、白みがかった髪を一本切った。
「佐久田、これを届けに行け」
佐久田に髪を渡す。
「了解しました」
佐久田は部屋を出て行った。
やっと、叶った。
この夢を望んだのは、最近のことだ。
最初は、社長という役職にも少し困惑していたが、それも慣れた。
仕事に熱心だったはずが、いつの間にか利益のみを求めるようになった。
やりがいなどというものは、当然無く虚無感が生まれた。
不老になりたいのは、金と権力を維持したいと宮田に説明していたが、実際は違う。
ただ、この虚無感を埋める方法を探したかったのだ。
その為にどれだけの時間を費やすのかもわからなかった。
だからこそ、不老になる必要があった。
しかし、自分はもうそれをやめたかったのかもしれない。
虚無感を続けたくなかったのだ。
だから、宮田の意見を呑んだ。
自分の複製に、あとを託すと。
自分という存在は残したいが、自分という自我は残したく無い。
もう、逃れることが出来る。
峯田は、安堵とも疲れともとれる溜息を吐き出した。
なんとかなったな。
クローンはそう思いながら、部屋をウロウロしていた。
疑われることは全く無かった。
その事に少し驚いたが、成功したのだからいいかと感じた。
暫く、そのままウロウロしてたが、そのうちにインターホンが鳴った。
玄関には、男が立っていた。
今いる、男女を連れてきた男だと思い出した。
「こんにちは」クローンは笑顔で、そう言った。
「これを」佐久田は、瓶を渡した。
その瓶には、峯田の髪が入っている。
「わかりました。それと、貴方の髪もいただけませんか?」
「何故ですか?」
佐久田は、わからなかったので尋ねた。
「使うので」クローンはそれだけ言った。
佐久田は、理解出来なかったがとりあえず髪を抜いて渡した。
「それでは」
佐久田は、そう言って去っていった。
クローンはそれを見送ったあと、二人のクローン作成に移った。
前に男女でやった時も思ったが、遺伝子組み換えの発達が凄いと感じた。
前は、まだ記憶が十年前のものとは気づいていなかったが、十年でこれ程進歩するとは。
それだけ、この方面は研究がされていたのだろう。
そんなことを考えながらも、クローン作成を続ける。
そして、依頼主の髪と、誰かはわからないが毎回研究所に来る男の髪を使った。
暫くして、目の前に二人の男が立っていた。
クローンは、両方のクローンを少し若返らせた。
そうすることで、凶暴性が増すからだ。
クローンは、目の前の二人のクローンに全てを説明した。
自分達がクローンだということ、そして記憶は若返っていること。
二人は、最初はあまり理解出来なかった。
クローンの側からすれば、受け入れ難い。
しかし、なんとか的確に理解させることが出来た。
そして、自分のこれからに対する意見と計画を話した。
凶暴性が、増してるからなのかはわからないが、賛同してくれた。
今更気づいたが、二人のクローンは男女のクローンの様には暴れなかった。
もしかすると、他にも何か要因があるのかもしれない。
しかし、それは特に問題ない。
これからの計画に支障をもたらす物でも無い。
クローンは、二人を依頼主のところへ向かわせた。
二人には記憶があるから、会社の位置もわかる。
車も運転出来るので、二人だけで行かせた。
あとは、このまま成り行きに任せるだけだ。
クローンは、そう考えながらも自分の計画に絶対の自信を持っていた。
部屋には自分と佐久田がいる。
峯田は、また電話を受け取っていた。
「クローンを向かわせました」
その声がこちらに聞こえて来た。
峯田は「そうか」とだけ言った。
「はい、それでは」
そして、電話は一方的にきれた。
峯田は、やっとだと思った。
遂に逃れられる。
形の無い束縛から。
全てが上手くいった。
上出来だ。
峯田は、そう考えて待つことにした。
彼は、他のことに、全く手をつけられる気がしなかった。
峯田は、佐久田にこのまま部屋に待機するように言った。
暫くしてから、内線が入った。
「宮田と名乗る男性と、その付き添いと名乗る方が来られました」
峯田は、片方は自分だとわかったが、もう一人はわからなかった。
助手がついてきたのかもしれないと思いながら、部屋に来るように言わせた。
少しの時間が経ち、部屋にノックの音が響いた。
「入れ」
その声の後、ドアは開き、二人の男が入ってきた。
峯田は、それを確認すると二人に近づいていった。
そして、昔の自分が目の前にいる光景に少し驚いた。
言葉では、言っていても、実際にはなかなか実感出来ないものだと感じた。
もう一人の方は誰かに似ているような気がした。
すると、若い自分が口を開いた。
「私が貴方で、こちらは佐久田です」
峯田は、佐久田かと一瞬納得しかけたが、何故という疑問が生じた。
「何故、佐久田までいる」
「すみません。私の髪も取られたのです」
佐久田は、謝った。
「二人とも複製がいた方が便利じゃないですかね?」
若い峯田は、そう言った。
「そうか。わかった」峯田は、とりあえず了承したことにした。
「それで、これからどうするんだ?」峯田は、尋ねた。
「勿論」若い峯田がそう言って間を開ける。
そして「死んでくれ」そう続けた。
そこからの、複製達の動きは早かった。
佐久田は、若い佐久田に腕で首を締められ、峯田は、若い峯田にどこからか出した縄で首を締められた。
「一体…何を…!」峯田は、途切れ途切れに問う。
「オリジナルには全て消えてもらう」若い峯田がそう言った。
峯田の視界が佐久田を捉えたが、もがいていた。
峯田には、もがく体力が無かった。
「な…んだ…と」
「世界中をクローン人間にするんだとよ」
若い峯田は、口調が変わっていた。
峯田は、自分が昔こういう口調だったと思い出した。
「…な…ぜだ?」
だんだん苦しくなっていく。
「世界は平等で無いとな」
峯田の意識はそこで消えた。
「死んだみたいだ。息をしてない」
峯田のクローンはそう言った。
佐久田のクローンは、それに頷いた。
「俺の記憶には、お前がいないんだよな」
また、それに対して頷く。
「喋らないのか?」
「必要な時以外は」
声を発したことに驚いた。
「そうか。まあ、いいや」
そう言って、峯田の死体に手をかける。
「お前はそっちな」
佐久田の死体は、引きずられていく。
峯田のクローンは呆気ないと思いながら、部屋の中央にその遺体を引きずって行った。
佐久田の死体もそこへ行く。
二人の死体は、中央に固められた。
峯田の遺体は、縄を使って吊り上げられた。
足元には椅子を置いた。
筋書きは、こうだ。
突然、社長が秘書を殺す。
社長は、罪の重さに気づき自殺。
こんな簡単なものだ。
二人は、事後処理を終え、何食わぬ顔をして部屋を出て行った。
この後、数時間後に、この状態を発見した白井によって警察に通報された。




