弐 思いもよらぬ、展開
昼間からテレビをつける。こんな暇な生活、今までやったことがない。だから、少しリモコンを押す手も戸惑う。しかし、やることそれ自体が何もないのでは話にならない。仕方なく、面白くないバラエティを見て過ごす。
と、ニュースが流れる。テレビの上端っこ、RNNニュースと書かれている。テロップが流れだした。
昨夜0時過ぎ、××アパートの202号室で殺人事件があり、警察が捜索中。
このアパートのことをニュースで言っている。しかし、警察がこのアパートにいる様子もない。テレビ局の間違いだろうか。気にはなる。とりあえず、行ってみる。202号室。僕の部屋が506号室なのでエレベーターを使い、下の階へ。いつもと変わらない様子がそこにはある。僕はドアをたたいた。ピンポンを鳴らしてみた。中の様子は外からじゃ、わからない。だけど、何の反応もなくて不安になった。警察という身分を奪われてしまった自分はこんなことをするべきでないのは十分に分かっていた。しかし、僕には開けずにそのままにしておくというのはできなかった。僕は、ドアノブを握り、回し、ゆっくりとドアを引いた。
ギイッー
いとも簡単にドアは開いた。中には家具や本棚、冷蔵庫、何にもなかった。ただの空き家。僕は靴を脱いで中に入っていく。少し僕の部屋と違うが、基本的には同じつくりであった。左右対称とか窓の位置がどうこうとかそういった具合である。僕が部屋の中心に立って間もなく、この部屋では何もなかったことを理解した。あのニュースは間違いだったのだろう。そう思って、僕は部屋の外へ出ようとした。出ようと、ドアを開けた。
―――ん?
ふと、何かの視線を感じて後ろを振り返る。何もない。ただの気のせいか。疲れるような生活を送っているわけでもないのに、僕は疲れているんだ、と自分に言い聞かせて再び部屋を出ようとする。目の前に大きな男が一人立っていた。スーツを着て、どこぞのマフィアなんではないかと思わせた。男は無言で僕の腕をつかむと、そのまま部屋の中へ引きずり戻した。僕も、元警察官とだけあった腕っ節ではどこぞの誰にもと、鷹をくくっていたのだが、結局それは役に立つことがなく僕はそのまま男のなすがまま部屋の中へ。男は僕にじっとしていろという動作をした後、携帯で仲間と思われる者と電話をしていた。電話をしてから数分と経たないうちに、何人かのスーツ姿の人がこの部屋に入ってきた。中には女性もいた。スーツ姿の人たちは僕の手足を縛ると、正座をするように僕に命じた。僕は素直にそれに応じた。さっきから反撃の機会をうかがっているのだが、この者たちはなかなか反撃のチャンスをくれない。誰も何もしゃべらずともきちんと統率のとれた者たちである。この者たちは部屋に入ってから一言もお互いに会話をすることなく、ことを進めている。僕に命令する時のみ口から言葉を発した。
人数は4人。男3人に女1人。僕を縛り、正座するよう命じた後、それぞれが部屋の四隅に立った。女が懐から何かを取り出した。見たところ小さな銀色のケースのようである。女はふたを開け、中から注射器を一本取り出した。それから一緒に入っていた液体を注射器に注いだ後、僕に向かった注射器を差し出した。
「これを、僕自身で刺せと?無茶な話があるか。」
僕はそう言いたかった。しかし、言えなかった。気付いた時にはすでに僕は女から注射器を受け取り、腕にその針を刺していた。僕の右腕はゆっくりと注射器のピストンを押し込んでいく。僕はそれを嬉しそうに眺めていた。後で気づいたのだが、このとき、僕の目の前に立っていた男二人は何か呪文のようなものを唱えていた。これが催眠術だと知ったのは、もう、僕の意識がこの世界に無くなった後のことである。