婚約者が王女に私のことを愚痴るので彼らの中では聖女が悪役らしい
悪役聖女、そのとき頭に浮かんだ言葉はそれだった。なんでも、婚約者の男が聖女であり、貴族の爵位を持つ聖女に身柄をがんじがらめにされているといったストーリーから始まるもののようだ。
悪役令嬢は驚くほど流行ったのは知っているけれど、悪役聖女とはこれまた変な肩書きだ。助けるイメージが必要な聖女が悪役を背負うなんて。
わがままで婚約者に据えたと思われ、苦しそうに誰かに言っているが、婚約者の男の義理の父親から送られてきた承諾のサイン入り契約書が手元にある。動かぬ証拠だ。決して無理矢理サインさせた記憶はない。お互いの責任者が話し合って、悪くないと判断したから婚約は不可もなく結ばれたのだ。
決してわがままを言って発言が影響してたから選ばれたわけでも、婚約者に添えられたわけでもない。それなのに、婚約者の彼はどうやら別の女に一目惚れしてしまったらしい。
よりにもよって王の娘の王女に。聖女と王女を仲違いさせたいとしか思えないほどの考えなしだ。婚約者の男であるコンスリンは王女に会うたび今日の聖女のわがままなエピソードをポロッと漏らす。
守秘義務にサインしているので、明らかな違反行為だ。敵対しているわけではないが、他組織の人間に何があったか教えることは許されていない。ただの酷いことエピソードを語っていたとして、他の女に婚約者の愚痴を言うことがまず不誠実だ。
これでは誰でも良い気分はしないだろう。そもそも、内容は正直そこまで言われることでさえ、真偽がわかりにくいものばかり。誇張されているときもあるし。
買い物に連れ歩かされたり、なんて愚痴は女の方の酷いわがままじゃない。婚約者と街中を歩き回ってあれこれ連れ回すなどどこの婚約者もやっていることだ。単なるデートの話をまるで可哀想な目に合っている被害者のように変えるなど、矛盾している。
まあ、本人が嫌がっている限り真実以外の何物でもないのかもしれないけれど。それにしたって、身内に言うのなら別に好きにすればいいが、血縁関係ではない好みの女に言いつけるなどが、前提としておかしいのだ。友人に愚痴るのとは訳が違う。
怪我をしたのに治療を後回しにされた、なんてことを語っていたという話を仕入れた時は呆れた。かすり傷でも気を遣って治癒を使おうとしたら「こんな傷に勿体無いです」と先んじて治療を拒否したのは彼の方だと言うのに。
最初はあったことを言うだけだったのに、今はその話を誇張して被害者になるために仕込んで、やったこととされたことがどんどん乖離している。
あれしろこれしろ、という高飛車なわがままなんて精々ちょっと甘やかされた子供なら、範囲内の行動だ。異常でも常軌を逸脱している奇行をやっているわけでもない。相手の仕事を邪魔したこともないし、呼び出してここに居ろ、会話しろ、なんて言ったこともないというのに。
聖女として、仕事を優先させることの大事さを理解しているのだから。騎士の仕事をしている彼へ今日は何をしてきたのか、程度の質問でさえコンスリンは王女に「婚約者が仕事を聞いてきて疲れる」と言っていたらしい。お喋り好きな侍女から聞き出した情報だ。
この程度の質問は、どこの婚約者でもやっていることだろう。なんなら、友人同士でも交わし合うと思うほどのよくある言葉のはず。話題を作るために聞いているというのに、それさえ無理矢理聞き出されて、無理矢理内容を言わされる聖女の癇癪とわがままに変換するとは驚きである。
逆に王女の方は、騎士の男の職場が王城なのをいいことに個人的に呼び出しているのだから、どちらが私的なわがままなことをしているのかと、さらにわけがわからなくなる。
権力をフルに使っているくせに。質が悪いことに、仕事中なのにコンスリンは嬉々として彼女のところへ、仕事をほっぽり出して向かうのだと聞いている。他の騎士たちからも、不満の声が小さく出始めているとか。
確かに転生したと気付くまでの自分は、多少強めのわがままな聖女であることは認めよう。認めるけど、浮気をだからしていいわけじゃない。
婚約者が酷いからといって浮気を容認するのならば秩序がなくなる。どこからが酷いのか、酷くないのかという境界線などは人によって違うので浮気なんて言い訳でやれてしまう。
現にルイニアの婚約者だって、色々酷いと愚痴を言う割にこちらと全く会っていないというのに、なぜか王女へ告げる悪口が出来上がっているのがその証拠である。
ここ最近話してもないし手紙も書いていないのだ。どこに最近も〜なんて言葉があるのか疑問だ。王女との話し合いに出せる話題がそこで出るのか、無理筋過ぎる。
今日も今日とて話は矛盾が孕むものばかり。祝賀会への出席はパートナーとすることになっているのだが、彼は王女に「聖女が隣にいると気後れするんです」と言っていたらしい。
「いや、目の前にいる王女に愚痴っておいてそれは無理がある」
報告書につい突っ込んだ。婚約者の聖女には肩が凝るのに、婚約者でもない王女には気後れしていないらしい。便利な表情筋と便利な発作である。王女に気後れしないくせに、聖女に気後れするわけがないだろう。人間として、比較する対象の上限が振り切れてるのかあの男は?
「そんなに嫌なら解消させてあげた方が優しさ?」
報告書から顔を離して護衛の聖騎士へ話しかけた。
「そうだな。慈悲深い聖女になってやってもいいんじゃないか?」
聖騎士で団長を務めている男がさらりといいことを言うので、採用することにした。彼とは聖女になった時からの担当者なので、所謂幼馴染枠だ。こちらの性格も熟知しており、やり易くって助かっている。
「聖女は解放するのも仕事だ」
彼は余韻が残るような、いい声で囁いてくる。近くにいるわけではなく、部屋の隅にいるのに美声が耳に入ってきてよい娯楽だ。
「いいね。最高」
父に根回ししておき、親たちも把握しているからこそ様子見していて調節しながら今後の行動を見極めているらしいが、他所の女が唾をつけた男をそのままにしないで欲しい。ばっちい。
汚物はいらないから、捨てるしかない。拭いたハンカチを洗わずに置いておくなど、貴族や聖女が持つ持ち物に相応しくないだろう。汚れたら洗うか買うか。今回は綺麗にしてもすぐに汚されるわけで。なら、いっそのこと物を丸ごとあげてしまえばいいのだ。
さらに仕込みのために聖女としての仕事を増やして、評判をガンガン上げた。王家や王女たちに届かないような仕事や、届くまでにタイムラグが起こるほどに聖女的活動を私欲で熟す。向こうへ完全に届く前にやってしまえばこちらの高評価を知る前に、ことを仕掛けられるかもしれない。多分ね。
たまに婚約者を義務の範囲で交流に呼ぶ。彼の方から誘わないくせに王女に「婚約者は自分を呼ばない。なにかやろうとしているのかもしれない」なんてことを憶測で言い始めている。憶測じゃないが、適当な口だけ当てずっぽうなのはわかった。
手紙のやり取りもなくなったくせに、手紙も送ってこないくせになにを一方の有責のように言っているのだろう。呆れてしまう。それに彼からもらう物も差があるのを知っている。
ルイニアからは自分で選んだ物で、彼からのものはそのとき有名な話題のものであり、こちらのことを考えたものではない手抜きだ。
王女にこちらからのプレゼントをわざわざ見せて、自分の好みとかけ離れているということを遂に言い出す。話題がなくなり、困った末に重箱の隅を突くような真似をし始めたのか。
「王女様が呼んでいるから少し離れる」
「そう」
パーティの日に王女に呼ばれたから、と離れていく子息を愚か者を見る目で見送る彼の父親。ルイニアの父親は、蔑んだ目で義理の父を見るとそれ見たことか、と顎で指差す。
「これでも、我々と婚約を結び続けたいと?あまりにも馬鹿にしておりますね」
父が嫌悪の香りがする顔で相手を睨む。仮の義理父はこちらを見て、助けを求めるように見てくるが鼻で笑った。高飛車聖女の妄想をしている息子を止めなかった責任を負うのは、親の役目だ。
その日、ひっそり婚約関係は解消された。言うも言わぬも止めはしないと告げたが、どうやら子息にちゃんと真実を言ったらしい。よく直ぐに言えたなぁ、と父親の心を考えると悔しくて堪らなかったに違いない、と憐憫を抱く。
呑気にうちに突撃してきた婚約だった男は、哀れを誘う声音で王女に無理矢理呼び出されて今まで、身も心も囚われていただけなのだと今更な理由を言い出す。笑わなかったのはあまりにもアホ過ぎたからだ。
「婚約関係ではないのだから、もう来ないのが普通だと思う」
「話を聞いてくれ」
なぜ、自分たちと婚約が破棄に近い解消をしたのか父親に言われなかったのか、と試しに問いかけると。
「王女とは男女の仲じゃない。話を聞かせてくれと言われて仕方なくそこに行くしかなくて」
「脅されてたとか?弱みでも握られていたとか?」
「実は……」
息をするように嘘をつく。王女にあることないことを語り続けて、信じてもらえて可哀想と思われる快感を知ってしまった彼。アドレナリンが今出ているのだろう。
「フフフッ。嘘つき」
「えっ。なんで」
「王女と何を話したのか、私も父も全部知ってるの。あなたのお父さんもね。全部調査されてるのにも気付かず随分と人の悪口を言ってくれたもんだわ」
「な……ちが、うん……だ」
言い訳をしようとするが、すでに全て知られている中で語っても墓穴を掘るだけ。王女はどう言うつもりで彼を所望したのかわからない。
聖女が選ぶからちょっと良さげに見えただけなのか、もしかしたら本気で男をすきになったのかも。どっちにしろ聖女を悪く言って燃えていく恋愛に清い結末はありえない。
どれだけ酷いことをされていようと、どれだけ理不尽な相手だろうと。こちらにだって選ぶことができないのは同じだということを、いつ理解してくれるのか待っていたがもういい加減にしてほしい。
「王女と私の悪口を言い合って親睦を深めるなんて、あなたの恋愛観って変わってるんだね」
襟を触りながらなんとなしに口にすると、さらに顔色を悪くする。悪いことをしていた自覚あり、と。
「違う……なにか言わないと満足してもらえないから」
「それ、私になんの関係があるの?」
「君の婚約者になったから呼び出されるようになったのに、捨てるのか」
こちらが悪いという責任転嫁に呆れてしまうが、こういう人であることはわかっていたから驚きはほぼない。
「捨てる?私を選んでと王女に言われて、赤くなってたのに?嫌なら青ざめるのが拒否の反応をするんじゃないの?私は脅されていたら、出されたものだって喉を通らないんだけど」
王室で出される高級な茶も菓子もシェフの料理も、完食していたと知っている。弱みを握られていたにしては王女より早く食べ終わっていたし、終始笑ってもいた。
「私と過ごす時は会話も少ないし早く帰りたがる。脅してもないしあなたの嫌なこともしてないのに、変ね」
彼が言葉をどんどん無くしていく。元々この婚約に納得などしていなかったのが、うかがえる。しかし、だからと言って周りから羨ましく思われる婚約を手放すつもりはチリもなかった。
そうしていたら、王女にも横槍を入れられて、二人の高貴な立場の女に取りあわれるような超モテ期に浮かれたのだ。ルイニアはワガママな高飛車だっただけで、別に好きなわけじゃなかったんだけど。
その割に手紙や会話をしない。女を相手にするには経験も話術もない人。興味がないからこそ、こんなことができたとも言える。
「待ってくれ」
「婿入り先は王家にしたら?私はあなたなんていらないから」
王女への婿入りは決まったようなものなのだろう。噂になっているし、王も淡い恋にさせることはないだろう。王の娘はそれなりに大切にされている。
噂になるほど会っているとなれば、婚約相手がいなくなれば直ぐに打診が来ているか、来るだろうことも予想できていた。
王家に入りたくない理由はなんとなくわかる。王女もルイニアと同等に高飛車な性格なのだ。男に対しては優しくしているが、それは聖女の婚約者だから優しくしていたという部分、好きになり始めている男への態度なのかもしれない。
しかし、婚約者ではなくなり恋の障害をなくした状態で今後も婚約者になった男と過ごせば粗が見えてくる。そして、正常になり、前の女の悪口ばかり言っていた騎士のはずの男の性格の悪さをふとした瞬間に、彼女は思い出すだろう。今までの数々の行き過ぎた存在しない行動をチクる姿を。
ワガママ気質で自分大好きな女はきっと、目の前にいる男への評価が、自分にはとてもではないが釣り合わないと気付くときがあるかもしれない。
それとも、気付かず興味を無くして捨てようとするかもしれないが、王家や王女に苦情を送り、連名で婚約者を散々呼び出した事実を証拠に抗議をしておいたので、おいそれと婚約を解消できない。
王は無理に叶えようとして、解消をしようとするかもしれないが、呼び出して聖女との関係を邪魔したことを流布しておいたので耳に挟んだ人たちや、把握している貴族たちだっている。
どうするかによっては、王家はそういうことをしておいて見て見ぬふりをして、壊したあとに悪びれなかったことも皆、覚え続けている。なんだったらさらに酷いことを、他の婚約関係を壊すかも。乗っ取りもするかもしれない。
王家が今後、好きな人が婚約してるからと奪い取ることをヨシとした事実が一つ、前例としてできてしまったのだ。終わりにはさせない。元婚約者も悪いが王女を放置していた王家も悪いのだ。
コンスリンはそこまで想像できているのか、知らないが。もうなんの関係もないので、執事たちに出て行かせるよう指示すれば、まだぐちぐち言い募らせる。元婚約者に言ってもやってやれることはない。父親に助けてもらえればいいのに。聖女の権力を当てにするとは、狡いやつだったということに他ならない。
出ていく男は気づかなかったがヒルデガもここにずっといたし、会話も全て聞いていた。長年護衛だったから家具扱い、アンティーク扱いでもしていたのだろうな。
「最後にすがる相手がお前とは」
「無知なんだよ」
ふうと息を吐くと彼に座るよう足す。男はゆるりと座り新しい飲み物を出されて、礼を言いながら飲む。
「穏便に済んでよかったな。次の婚約者は直ぐ決めるのか?」
「お父様はあなたにしたがってるけどね。私情が入りすぎる気がして」
「あいつの次なんだから、周りの目はあいつよりマシ、誰でもよく見える」
一番目が酷すぎる場合、次は多少なにかあってもよく見えるという心理だ。ヒルデガは楽しそうに美声を余すことなく披露して、軽くカップを上げた。ルイニアのことが好きと前々から言葉にしないまま瞳だけで伝えていたことは、最近気付いたもののどうすればいいのかわからないまま今に至る。
「私ワガママなんだけど、知ってるよね?」
「知ってる。ワガママだが、子供にも大人にも治療の手を抜かないところが一番の長所だ。それだけで、あとは気にならない」
長年そばにいたので、こちらの嫌なところを知り尽くしているのだ。ルイニアも知り尽くしているのでお互い様。
ルイニアの婚約式よりも王女とコンスリンの婚約式が先にあり、招待状が届いた。よりにもよってルイニアたちに送ってくるなんて。円満な関係であるアピールに利用する気がありありと感じ取れる、香ばしい采配。婚約者のヒルデガと参加することにした。怖いもの見たさが九割だ。
「コンスリン様、お話が面白くないので別のにしてくださいませ」
王女のダメ出しが婚約者のお披露目の場から聞こえてくる。
「そんなことを言われても」
ルイニアの悪口で固められたセメントは早くも崩壊の兆しがあった。
「あ、ルイニア」
あちらの元婚約者が呼びかけたが、たかが王女の婚約者が現聖女の自分を様つけ無しで呼ぶ不敬に、不愉快であるという表情を浮かべた。周りはそれを汲み取って、聖女に嫌われて王女に邪険にされている王家の婿への評価を最低と判断する。
ルイニアは今ヒルデガと小旅行に行く予定を話し合うことに忙しく、王家のおためごかしとほつれたものを直すためだけに早められた催しなど、興味の範囲外。
「お揃いのカフスとイヤリングが素敵ですわねぇ」
早速、褒められたイヤリングのデザインを自慢しながら、腕を組んで微笑み合う二人の姿は目立つ。仲睦まじく過ごす婚約者たちの差に周りの参加者たちは華々しく盛り上がった。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。悪口で盛り上がってたのに急に冷めて片方が聞き飽きてしまったルートです




