第5章 失われた記憶の欠片 ~君がくれたもの~
深夜の神社。石灯籠の灯りが、朱の鳥居をぼんやり照らしていた。さきは縁側に座り、膝に小さなコンを抱えていた。今日は学校で文化祭の準備が忙しく、帰りが遅くなった。疲れた体を休めながら、星空を見上げている。
「コン……昔の契約者で、一番長く一緒にいた人って、どんな人だったの?」
コンはさきの膝の上で、赤い瞳を静かに開いた。尻尾がゆっくり揺れる。
「……なぜ、そんなことを聞く」
「だって、さっき学校で、あかりに『さきちゃん、最近なんか優しくなったよね』って言われたんだ。
私、変わったのかなって思って……あんたの影響かも、って」
コンは小さく息を吐いた。まるで、古い記憶を呼び起こすような吐息。
「一番長くいたのは……『あやめ』という娘だった。
お前と同じ銀髪で、静かで、強い子だった。
数百年前、この地に大厄が迫った時、彼女は俺の力を借りて全てを封じた。
だが、代償は大きかった」
さきは息を飲んだ。
「代償……記憶?」
「そうだ。彼女は俺に、自分の『大切な記憶』をほとんど渡した。
家族の顔、笑顔、涙……全てを。
最後に残ったのは、俺との絆だけだった。
それさえも、薄れゆく中で、彼女は言った。
『コン、もういいよ。忘れても、君が守ってくれるなら……』」
コンの声が、わずかに震えた。さきはコンを抱きしめた。ふわふわの毛並みが、涙を吸う。
「……あやめさん、寂しかったよね。
私なら、そんなの嫌だ。
全部忘れたくない。コンとの時間も、絶対に」
コンはさきの胸に顔を埋めた。小さな体が、震えている。「人間は脆い。
だからこそ、俺は恐れた。
また、失うことを」
さきはコンを優しく撫でた。
「じゃあ、私が変えてあげる。
契約の代償なんて、全部払わない。
あんたの力、借りる時は借りるけど……私の心は、私のもの。
あんたの心も、あんたのもの。
それで、ずっと一緒にいようよ」
コンはゆっくり顔を上げた。赤い瞳に、月明かりが映る。
「……生意気なことを」
「相棒の特権でしょ?」
コンは低く笑った。いつものツンとした声に、温かさが混ざる。
「ふん……よかろう。
だが、代償はゼロではない。
お前が俺を必要とする限り、少しずつ……お前の『感情』が俺に染み込む。
それが、俺たちの絆になる」
さきは頷いた。
「それなら、いいよ。
あんたに染まる感情なら、全部あげてもいい」
その瞬間、左手首の紋章が優しく光った。赤い光が、二人の体を包む。コンが体を膨張させ、巨大な九尾の姿に戻った。
さきを優しく背中に乗せ、境内をゆっくり歩き始める。
「今日は、特別に散歩だ。
星を見ながら、思い出せ。
お前が今、感じているものを」
さきはコンの背中で、空を見上げた。
星が綺麗で、胸が熱くなる。
「コン……大好きだよ」
コンは振り返らず、静かに答えた。
「……俺も、だ。
相棒」夜風が、朱の鳥居を優しく揺らした。
二人の影が、重なり合うように長く伸びる。これが、さきが「失わない」ことを誓った夜だった。




