第3章 初めての厄 ~守るための力~
放課後の校門を出ると、空が妙に赤く染まっていた。神宮寺さきは鞄を肩にかけ、いつものようにため息をついた。今日はクラスメイトの女子・あかりと少し話せたのが、唯一の収穫だった。肩のコンが耳をぴくぴく動かす。
「……来た」
「え?」
さきが振り返ると、校舎の裏手から黒い霧のようなものが這い出していた。人の形を歪に模した影。目がなく、口だけが裂けたように開いている。
「それが……厄?」
コンが小さく頷く。
「下級の『影喰い』だ。人の不安や孤独を喰らい、増殖する。お前が転校してきたことで、匂いが濃くなったらしい」
影喰いはゆっくりと近づいてくる。近くにいた生徒の影が、勝手に伸びて絡みつく。悲鳴が上がった。さきは思わず叫んだ。
「やめなさいよ!」
左手首の狐の紋章が熱くなった。赤い光が脈打つ。コンが肩から飛び降り、地面に着地すると同時に体を膨張させた。白い毛並みが輝き、九つの尾が広がる。巨大な狐の姿に戻ったコンは、牙を剥いて影喰いに向かった。
「下がれ、さき」
「待って! 私も……!」
さきは自分でも驚いた。逃げたいはずなのに、足が動かない。クラスメイトの怯えた顔が、胸に刺さる。コンが一閃。尾が鞭のように影を切り裂くが、影喰いは分裂して数を増やした。
「ちっ……増殖型か」
さきは左手首を握りしめた。紋章から熱が全身に広がる。
「コン! 私に力を貸して!」
コンが振り返る。赤い瞳に驚きが浮かんだ。
「お前……本気か?」
「本気も何も、放っておけないでしょ! あの子たち、怖がってるんだから!」
コンは低く笑った。嬉しそうに。
「よし。なら、受け取れ」
赤い光がさきを包む。視界が鮮やかになり、体が軽くなった。制服の袖から、狐の耳のような幻影が現れる。髪が風になびき、赤いドレスの幻が一瞬重なる。さきは息を吸い、両手を広げた。
「来なさい……!」
影喰いが一斉に襲いかかる。さきは直感で動いた。左手首を掲げると、赤い光の糸が飛び出し、影を絡め取る。
「これで……終わり!」
光の糸が締め上げ、影喰いが悲鳴のような音を上げて消滅した。残った黒い霧が、風に溶ける。周囲が静かになった。生徒たちは呆然とさきを見ている。さきは膝をつき、息を荒げた。力が抜けて、狐の耳の幻も消える。コンが小型に戻り、さきの肩に戻ってきた。
「……よくやった、初めてにしては」さきは苦笑い。
「怖かった……でも、なんか、嫌じゃなかった」
コンは尻尾を優しくさきの頰に触れさせた。
「それがお前の力だ。契約の代償ではなく、お前自身の覚悟が呼んだもの」
さきは空を見上げた。赤い夕焼けが、優しく二人を包む。
「これからも……守るよ。コンも、私も」コンは赤い目を細めて、静かに頷いた。
「ふん。生意気な相棒だな」さきは小さく笑った。
「それが、私たちの絆でしょ?」
校舎の裏から、あかりが駆け寄ってきた。
「さきちゃん! すごかった……今のは何!?」
さきは慌ててコンを袖に隠した。
「え、えっと……気のせい! 幻覚!」
コンが袖の中でくすくす笑う声が、さきにだけ聞こえた。夕陽が沈む中、二人の影が長く伸びた。
これが、さきが「守る」ことを初めて選んだ夜だった。




