第2章 学校と狐の両立 ~隠しきれない相棒~
朝の陽光が、田舎の高校の窓を優しく照らしていた。神宮寺さきは制服のスカートを直しながら、教室の席に座った。転校初日。
都会から来た「銀髪の変わり者」として、すでにクラスメイトの視線を集めている。
「はあ……最悪。こんなところで1年過ごすとか、罰ゲーム?」
左手首の赤い狐の紋章を、さきは無意識に袖で隠した。昨夜の出来事が、まだ夢のように感じる。肩に小さな重み。
「ふん。人間の学校など、くだらない」
耳元で小さな声が響く。コンだ。小型狐の姿で、さきの肩にちょこんと乗っている。白い毛並みがふわふわで、赤い瞳が好奇心でキラキラしている。さきは慌てて声を抑えた。
「ちょっと! 声出さないでって言ったでしょ! 周りに聞こえたらどうすんの!?」
「聞こえぬよう、俺の声はお前にしか届かぬ契約だ。安心しろ」
「安心できないわよ……。そもそも、なんで学校までついてくるの?」
コンは尻尾をぴょんぴょん振って答えた。
「契約者であるお前を守るのが俺の役目だ。厄が近づいている気配がある。放っておけん」
「厄って……また脅し?」「事実だ。昨夜の契約で、お前の周囲に『匂い』がついた。厄を引き寄せる匂いだ」
さきはため息をついた。
これが現実。巨大な九尾の神と契約してしまった現実。チャイムが鳴り、ホームルームが始まる。担任の先生がさきを紹介した。
「えー、今日から転入してきた神宮寺さきさんです。みんな、仲良くしてあげてね」クラスメイトの視線が一斉に集まる。さきはぎこちなく頭を下げた。
「よろしくお願いします……」
その瞬間、肩のコンが耳をぴくぴく動かした。
「……ん? 妙な気配」
「え?」
さきが小声で聞き返すと、コンは机の下に素早く隠れた。授業が始まる。数学。さきはノートを取ろうとして、鉛筆を落とした。
「あ……」拾おうと屈むと、机の下でコンが鉛筆をくわえていた。小さな狐が、真剣な顔で差し出してくる。
「これか?」
「ありがと……って、待って! 動かないで!」さきは慌てて鉛筆を奪い取った。周りの生徒が不思議そうにこちらを見ている。隣の席の女子が、にこっと笑って話しかけてきた。
「神宮寺さん、なんか可愛いペット飼ってる? さっき何か白い影見た気が……」
さきは冷や汗。
「え、い、いや! 気のせい! 髪の毛とか!」
コンは机の下でくすくす笑っているのが、気配でわかる。腹立たしい。昼休み。さきは弁当を持って屋上へ逃げた。人気のない場所で、ようやく息をつく。
「もう! あんたのせいで目立っちゃったじゃん!」
コンは肩に戻ってきて、尻尾を振った。
「悪いな。だが、お前が落とした鉛筆を拾ってやっただけだぞ」
「拾う必要ないから! 普通に人間が落としたら人間が拾うの!」
コンは赤い目を細めて、ふっと真剣な表情になった。
「……お前、ひとりでいるのが好きか?」
さきはびっくりしてコンを見た。
「え?」
「さっきから、誰とも目を合わせようとしない。クラスメイトに話しかけられても、逃げるように返事をする」さきは目を逸らした。
「……別に。友達なんていらないし。どうせまた転校するかもしれないんだから」コンは静かに言った。
「人間は、群れる生き物だ。ひとりでいるのは、辛いだろう」
「うるさいな。神様に何がわかるのよ」
コンは小さくため息をついた。九尾の神とは思えない、寂しげな吐息。
「俺も、昔はそうだった。
何百年も、ひとりでこの社を守ってきた。
契約者は来るが、皆、去っていった。
……お前も、そうなるつもりか?」
さきは言葉に詰まった。コンは続けた。
「だが、お前は違う気がする。
生意気で、ひねくれていて……でも、根は優しい」
「な、何言ってんの!? 知らないくせに!」さきは顔を赤くして、コンを軽く小突いた。ふわふわの毛並みが、手に心地いい。コンはくすりと笑った。
「まあいい。
俺はお前の相棒だ。
学校だろうが、厄の現場だろうが、どこへでもついていく」
さきはぼそっと呟いた。
「……ありがと。でも、次からはちゃんと隠れててよね」
コンは尻尾を振って、満足げに頷いた。その時、屋上の扉が開いた。クラスメイトの女子が弁当を持って入ってきた。
「あ、神宮寺さんいた! 一緒にお弁当食べない?」
さきは一瞬固まったが、コンが耳元で囁いた。
「行け。人間の群れに、少し入ってみろ」
さきは深呼吸して、立ち上がった。
「……うん、いいよ」
女子は笑顔で手を振った。コンはさきの肩で、静かに微笑んだ。夕陽が屋上を赤く染める中、さきは初めて――ほんの少しだけ、心が軽くなった気がした。




