第12章 永遠の赤い糸 ~これからも、ずっと~
古の厄が完全に消えてから、数ヶ月が経った。神社には、再び穏やかな日常が戻っていた。
石灯籠の火は優しく揺れ、朱の鳥居は朝陽に輝く。
さきは毎朝、境内を掃除し、お稲荷さんを作り、コンに報酬を払う。ただ、少しだけ変わったところがあった。さきは、時々ぼんやりする。
学校の友達の名前を一瞬忘れかけたり、昨日食べたご飯の味を思い出せなかったり。
でも、そんな時はいつも左手首の紋章を握る。
すると、胸の奥から温かい声が響く。
「さき」
コンだ。
その一言で、霧が晴れる。
記憶の欠片が、優しく戻ってくる。学校では、あかりがいつもそばにいてくれる。
「さきちゃん、今日も一緒に帰ろ!
修学旅行の写真、プリントしたよ~」
さきは笑顔で頷く。
ぼんやりした瞬間があっても、あかりの青いリボンを見ると、すぐに思い出す。
「うん、ありがとう……あかり」
コンは今も、肩に乗ったり、膝に乗ったり。
小型の白い狐として、さきの日常に溶け込んでいる。夜になると、二人は縁側に座る。
さきはコンを抱き上げ、銀髪を風に揺らしながら言う。
「コン……今日も、ちょっと忘れちゃったところがあった。
でも、あんたの声で全部戻ってきたよ」
コンは赤い瞳を細めて、尻尾を優しくさきの手に絡める。
「当然だ。
俺がお前の記憶を預かっている。
忘れても、俺が思い出させてやる」
さきはコンを胸に押し当てた。
「ありがとう……
私、全部忘れてもいいって思ってたけど……
今は、忘れたくない。
あんたとの時間も、みんなとの時間も、全部」
コンは低く笑った。
いつものツンとした声に、深い優しさが混ざる。
「ふん……生意気な相棒だな。
だが、それが俺の望みでもある」
さきは空を見上げた。
星が綺麗に瞬いている。
「コン、これからも……ずっと一緒にいてくれる?
私が年を取って、髪が白くなっても……
私が全部忘れても……」
コンは体を膨張させ、巨大な九尾の姿に戻った。
さきを背中に乗せ、ゆっくり境内を歩き始める。
「約束しただろう。
何百年経っても、何千年経っても……
俺はお前の名前を呼ぶ。
『さき』と、何度でも」
さきはコンの背中で、涙をこぼしながら笑った。
「うん……
私も、呼ぶよ。
『コン』って、何度でも」
朱の鳥居の下で、二人は止まった。
月明かりが、赤い紋章を優しく照らす。さきはコンに寄りかかり、静かに呟いた。
「大好きだよ、コン。
私の相棒」コンは九つの尾を広げ、さきを優しく包み込んだ。
「……俺もだ。永遠に、相棒」
夜風が鈴を鳴らし、星が二人の絆を祝福するように瞬いた。記憶は薄れても、心は繋がっている。
赤い糸は、決して切れない。神宮寺さきと九尾の神・コンは、これからもずっと――
朱の鳥居の下で、共に生きていく。




