008
2/20と2/27分が更新できずに過ぎてしまったので、その分今日(2/28)は2話更新しています。
では、008(今日2話目)です。
第7話「結い直すということ」
翌朝、古都音は少し早めに目を覚ました。
目覚ましをかけたわけでもない。
ただ、目が覚めてしまった、という感じだった。
昨日の帰り道のことが、頭のどこかに引っかかっている。
はっきりと思い出せるほどの出来事ではない。
夢だったと言われたら、そうかもしれない、と思える程度の曖昧さ。
それでも――
胸の奥に、小さな石のような感触が残っていた。
「……やっぱり、行こう」
独り言のようにそう言って、身支度を整える。
朝の空気はひんやりとしていて、境内へ続く道はまだ人影が少ない。
いつもの小さなお社。
古都音は深呼吸をして、静かに一礼した。
鈴を鳴らす音が、朝の空に澄んで響く。
「おはようございます」
それだけ言って、手を合わせる。
願い事は、今日は浮かばなかった。
少しの沈黙のあと、やわらかな声がした。
『……来たんだね』
はっとして顔を上げる。
そこに立っているのは、いつもの女神だった。
派手な装いではない。
光が強いわけでもない。
けれど、不思議と目を離せなくなる存在感。
『昨日のこと、気になっていたでしょう』
責める調子ではない。
問い詰めるでもない。
ただ、事実を確認するような声。
古都音は、少しだけ困ったように笑った。
「……気のせいだと思おうとしたんですけど」
「気のせいにするには、引っかかってて」
女神は、ふっと息をつく。
『そう。だから、今日来た』
それは、選択ではなく、流れの確認のようだった。
『あなたはね、もともと“聴こえやすい”』
『今までは、点みたいなものだった。でも昨日で線になった』
古都音は首をかしげる。
「線……?」
『気づかないまま通り過ぎることが、難しくなってきている』
女神はそう言って、古都音の足元に視線を落とした。
『このままだと、少し危ないの』
その言葉は、脅しでも忠告でもない。
天気予報を告げるような、淡々とした調子だった。
『力を与えるつもりはない』
『あなたを“特別”にする気もない』
女神は、はっきりとそう言う。
『ただ、整えたいだけよ』
女神が差し出した手の中に、細い紐があった。
生成りを基調に、淡い色が何本も撚られている。
派手さはないけれど、丁寧に結ばれたそれは、どこか懐かしい。
「結い紐?」
『そう。結ぶためのもの』
『繋ぐためじゃない。区切るための結び』
女神は静かに説明する。
『あなたが聴こえてしまうものと』
『あなた自身との、あいだを保つためのもの』
古都音は少し考えてから、問いかけた。
「……それをつけたら、もっと聴こえるようになるんですか?」
女神は、はっきりと首を横に振る。
『逆』
『聴こえすぎないようにする』
『全部の声を、あなたのものにしないために』
結い紐は、足首に結ばれた。
二重に結ばれた形は、ほどけにくく、それでいて締めつけない。
不思議と、重さは感じなかった。
『これは、通訳機みたいなもの』
『言葉が届くようにはなる。でも、答える義務はない』
女神は、古都音の目を見る。
『選ぶのは、あなた』
『行くかどうかも、聞くかどうかも』
少し間をおいて、付け足す。
『だから、友だちでいられる』
その言葉に、古都音は思わず笑った。
「……神様と、友だちって言われると」
「さすがに不思議な気分です」
女神も、ほんの少しだけ微笑んだ。
『私もよ』
結い終えたあと、女神の姿はゆっくりと薄れていく。
『今日一日は、静かに過ごしなさい』
『世界は、すぐには変わらないから』
境内には、朝の風と鳥の声だけが残った。
古都音は足首に触れてみる。
確かにそこに、結い紐はある。
――その帰り道。
道端に咲いた小さな花のそばを通り過ぎたとき、
ふと、胸の奥をかすめるような感覚があった。
「……つなぐ者、か」
声というほどはっきりしていない。
考えが、浮かんだだけかもしれない。
古都音は立ち止まらず、歩き続けた。
「気のせい、かな」
そう呟きながら。
けれど足首の結い紐は、
朝の光の中で、確かにそこにあった。
次回は金曜日3/6金曜日に更新予定です。




