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第4話「神さまと雑談をした」


午後の光は、さらにやわらかくなっていた。

木漏れ日は細く伸びて、社殿の影をゆっくりと地面に描いている。


二人は、さっきと同じ場所に立っていた。

話が終わったはずなのに、なぜか帰る気にならない。


沈黙を破ったのは、女の人のほうだった。


「……ところで」


「はい?」


古都音が顔を上げる。


「少し、雑談をしてもいい?」


「雑談……ですか?」


「ええ。大した話じゃないのだけれど」


そう言って、女の人は困ったように笑った。


「最近ね、あちこちで小さな“ズレ”が起きているの」


「ズレ?」


「人の気持ちと、場所の役目と、祈りの向きが、少しずつ噛み合わなくなっている」


古都音は眉をひそめる。


「……それって、悪いことなんですか?」


「すぐに困るほどではないわ」

「ただ、このまま放っておくと」

「“大事にされてきたもの”が、静かに消えてしまう」


女の人は、社殿の屋根を見上げた。


「お祭りが形だけになったり」

「理由を知らないまま、やめられてしまったり」

「守っていたはずの場所が、いつの間にか、誰のものでもなくなる」


古都音は、胸の奥がざわつくのを感じた。


「……神様でも、どうにもできへんこと、あるんですか」


思わず出た言葉。


女の人は、少しだけ驚いたように目を瞬かせ、それから、静かにうなずいた。


「あるわ」

「“選ぶ”のは、いつも人だから」


「私たちは、促すことはできても」

「代わりに決めることはできない」


風が吹いて、境内の木々が一斉に揺れた。


「だからね」

「時々、とても困るの」


「どうしても、こちら側の声が届かない場所があって」


古都音は、ぎゅっと指先を握った。


「……それ」


少し迷ってから、口を開く。


「それって」

「私が行って、何か力になれたりしますか?」


女の人は、はっとしたように古都音を見る。


「……どうして、そう思ったの?」


「なんとなく、ですけど」


古都音は照れたように視線を逸らす。


「さっきの話」

「“見てる”んやなくて、“見てくれてる”って言葉が、ずっと残ってて」


「ほっといたら消えてしまうもんがあるんやったら」

「誰かが、ちゃんと“気づく”役は要るんちゃうかなって」


一瞬の沈黙。


女の人は、じっと古都音を見つめていた。

その目は、試すようでもあり、確かめるようでもあった。


「……あなた」


「はい?」


「本当に、変わった子ね」


古都音は苦笑する。


「さっきも言うてはりました、それ」


女の人は、くすっと小さく笑った。


「ええ」

「でも……悪くない」


少し間を置いて、静かに言葉を続ける。


「実はね」

「あなたには、昔から“聞く力”があった」


古都音は目を丸くする。


「え?」


「完全ではなかったけれど」

「時々、聞こえていたでしょう?」

「気のせいだと思って、流していた声」


心臓が、どくんと鳴る。


「……あります」


小さく、正直に答える。


「だから、提案があるの」


女の人は、まっすぐに古都音を見た。


「あなたに、“すべての神様の言葉を聞く力”を渡したい」


「力、と言っても」

「何かができるようになるわけじゃない」


「ただ、話せるだけ」

「聞こえて、伝えられるだけ」



「……翻訳機、みたいなもの?」


古都音がそう言うと、女の人はうなずいた。


「ええ。その通り」


「八百万の神様」

「土地の神、樹の神、石に宿るもの」

「付喪神も、仏の像も、お地蔵様も」


「すべて、線引きなく」


古都音は、息をのんだ。


「……それ、めっちゃ日本っぽいですね」


「そうでしょう?」


女の人は、少し誇らしげに微笑んだ。


「あなたは、旅をする」

「神様の声を聞き、人の声を聞き」

「必要なら、ただ“そこに行って、見る”だけでいい」


「それを、あなた自身の言葉で、持ち帰る」


古都音は、ゆっくりとうなずく。


「……大学のレポートにも、出来そうな…」


「ふふ」

「現代的でいいわね」


二人の間に、穏やかな空気が流れる。


「無理に引き受けなくていい」

「これは、お願いじゃないから」


女の人は、そう言ってから、少しだけ声を和らげた。


「……でも」

「もし、行きたいと思ったら」


「そのときは」

「ここに、また来なさい」



木漏れ日の中で、鈴が小さく鳴った。



古都音は、深く息を吸って、顔を上げる。


「……行きたいです!」


はっきりと、そう言った。



女の人は、ゆっくりとうなずいた。


「そう」


「じゃあ」

「旅の始まりね」


その瞬間、空気がやさしく震えた。


――古都音の中で、何かが“つながった”音がした。




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