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第9話「つい、返事してしまう」


朝の通学路は、いつもと同じ景色だった。


コンビニの前で立ち止まる人。

駅へ急ぐ人。

スマホを見ながら歩く学生。


――なのに。


(……あ、またや)


古都音は、口元をきゅっと結んだ。


『今日は、風が強いな』


「ほんまそれ」


――言ってしまった。


ハッとする。


(あかんあかんあかん)


周りを見る。

誰も、古都音を見ていない。

誰も、話しかけた様子もない。


(今の、完全に独り言やん……)


足早に歩き出す。


けれど、声は止まらない。


『この道、少し荒れてきた』

『踏まれるのも、悪くはないが』


「知らんがな」


……また、口が動いた。


(無意識ツッコミ、怖っ……!)


後ろを歩いていた人が、ちらりとこちらを見る。

古都音は、反射的にスマホを耳に当てた。


「うん、うん、そうそう」


誰とも繋がっていない通話。


(……私ヤバい人やと思われてへんやんな……?)


大学に着いても、安心できなかった。


キャンパスのあちこちから、微かな声が聞こえる。


古いベンチ。


『ここも、随分軽くなった』


自販機。


『昔は、もっと硬貨が落ちてきた』


「知らんて」


つい、口が動きそうになるのを必死でこらえる。


そんな中――

中庭の端に立つ、大きな樹。


何十年もここにあるような、太い幹。

根元には、簡易的な水入れ。


その前を通りかかったとき。


『……今日は、女人が水を入れてくれた』


古都音の足が、止まる。


『肥やしも、少しばかり』


『名も知らぬ者だが……』


『まだ、気にかけてくれる人間が、いるらしい』


声は低く、穏やかだった。

嬉しさも、寂しさも、混じらない。


ただ、事実を確かめるような――ひとりごと。


「……そっか」


思わず、口から零れた。


次の瞬間、我に返る。


(あっ)


慌てて、周囲を見る。

幸い、近くに人はいない。


大樹は、それ以上、何も言わなかった。


(……返事、あかんのよな)


無視ではない。

踏み込みすぎない、距離。


そう、自分に言い聞かせて歩き出す。


そのとき。


前を歩く学生が、ワイヤレスイヤホンをつけたまま、楽しそうに喋っているのが目に入った。


「あー、うんうん」

「それなー」


(……あ)


古都音の頭に、電球が灯る。


(あれや)


(あれやったら、独り言でも電話してるように見える!)


(ていうか、神様たちにも――)


“今は聞こえてませんよ”って、顔できるやん。


昼休み、売店でイヤホンを買った。


白くて、小さなやつ。


装着して、軽く試す。


「……あ、もしもし?」


(完璧)


そのまま、構内を歩いてみる。


『あの子、ひかっているな』


(聞こえるけど)


口は動かさない。


『変わった気配だ』


「はいはい」


イヤホンに触れて、通話中のふり。


誰も、不思議そうに見ない。


(……これ、めっちゃええやん)


安心感が、胸に広がる。




夕方。


再び、中庭の大樹のそばを通る。


今度は、何も言わない。


ただ、枝葉が風に揺れるだけ。


古都音は、足首の結い紐にそっと触れた。


(全部、拾わんでいいんやね)


(つい、返事してしまうけど)


(それでも……)


イヤホンをつけたまま、空を見上げる。


『……面白い子がいる』


遠くで、誰かのひとりごと。


古都音は、今度こそ返事をしなかった。


そのまま、歩き出す。


――この世界は、賑やかで。

――そして、少しだけ、切ない。




次回は3/20金曜日に更新予定です。

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