光、解けて
ほうと吐き出す息が白く、雨粒に押し殺されて掻き消える。視界の奥にある眩く光るメリーゴーランドが、ブリキのくせに温かみを持った生き物のように動いていて、雨までもが黄金の体躯を真っ黒な私の瞳から逸らした。この酷く冷えた夜と同じ色をした傘の中には、あの黄金の雫は入ってこない。小さな子供がびしょ濡れの髪を揺らしながら、真っ白な馬に乗る。それを見つめる母親は優しい顔をしていて、雨など気にせず、火が灯された蝋燭を思い出させるように、瞳には金色が住み着いていた。大きなテーマパークにはいつだって甘いポップコーンの香りが元気にはしゃいでいて、親子や恋人たちの繋いでいる手の隙間をするりと駆けていく。そんな仄かに温い光景を、私は傘を握りながらじっと見つめている。少しづつ雨足が強くなってきて、人はどんどん笑顔のままに遊園地を闊歩している。私だけが傘を差しているのに、冷たい宇宙の中にいるのだと強く思わせられた。
「あなたの、その、そういう所が...!」
無理やりシールを剥がした後みたいに、恋人の言葉の残滓がべったりと耳から離れない。まだ片手に残る少しの温かさを取り払うように、風は強く流れた。記念日の遊園地。水溜まりに浮かぶ輝きたちが、バラバラと波紋によって引きちぎられる。綺麗なものが綺麗なままで居続けるのはとても難しいことで、どんなに素晴らしい一日でも、たった一度のすれ違いが全てを呑みこんでしまう。楽しげで温かな雨の世界を見ていると失明してしまいそうで、膝が震えて水溜まりの壊れた光に屈服する。あの光には、明確な悪意があった。どこまで行っても幸せだけが詰め込まれた真っ赤な風船が、逆さまに落ちていく彗星のように空に登って、雨に落とされる。それなのに、風船は雨を弾いて素っ頓狂な笑い声を上げた。自分の外にあるどんな悲しみも、踏み潰されたチュロスも、忘れられた玩具も、その全てが享楽的なパレードの音楽に包まれる。自分以外のあらゆるものが肯定されているようで、もう耐えきれなかった。雨と幸せを弾く傘だけが私の手を握って、私はそれを手放すことが出来ない。本当はもっとほかに、今握るべき手があったはずなのに。けれどこれを手放してしまえば、傘を放棄してしまったら、私はあの世界に一人捨て置かれてしまう。もうとっくに、一人なのは理解できていた。それでも、雨が頬を伝うことで壊れてしまう心があると、直感で私は確信している。気がつけば、私は遊園地の出口へ足を進めていた。明かりに背を向け、逃げるように遊園地から抜け出す。
「.....ごめん、色々。言いすぎた。」
出口から出てすぐ、クイッと服を引っ張られる。その拍子に、私は傘を落として私を引いた手の方へと視線が移ろう。鉄柵の奥に見えるメリーゴーランドを背景に、彼女はいた。バツが悪そうに視線を落とした彼女は、びしょびしょに濡れて凍えている。また少し、雨が強くなる。遠くにある光を少しでも身に付けようと、大粒の宝石たちはめいっぱい世界に落ちていく。そうして小さな光を全身に浴びて、ようやく私は濡れるべきだったことに気がついた。バシャっと水溜まりを踏み荒らし、彼女を全力で抱きしめる。体は指先まで冷たくて、頬も真っ赤に染め上げられていた。雨は止まないまま、遊園地を包み続ける。すっと宝石が真っ赤な頬をなぞって、温かい二人の光が肌の上で交わった。




