欠点こそかけがえのない「その人」をつくっている。そして、欠点の反対側に長所があるのではなく、欠点とはそのまま長所になりうるものです。
人は誰しも、一度は考えたことがあるだろう。
――自分の人生に価値はあるのか、と。
俺は二十五年間、生きてきて、その答えを一度も見つけられなかった。
勉強もダメ、運動もダメ、仕事もできない。
周りからは「無能」と呼ばれ、いつしか自分でもそう思い込むようになった。
そしてある日、俺の人生は唐突に幕を閉じた。
「また明日考えよう」と呟いた、その“明日”が訪れた瞬間に。
だが、そこで終わりではなかった。
むしろ――ここからが始まりだったのだ。
無能の烙印を押された俺の、二度目の人生。
ゼロから始まる物語が、いま幕を開ける。
『ステータスを表示します』
頭の中に、何者かの声が直接響いた。
その瞬間、俺の目の前に光のパネルが浮かび上がる。
( 無能力 )
「堀江蓮様の総合ステータスは、すべて0となります。
詳細なデータを表示しますか?」
……は?
「ふざけるな……!」
胸の奥がズキリと痛む。
嫌な予感はしていた。俺は元の世界でも無能で、何をしてもダメだった。
でも――ここでも、か?
理不尽すぎる。
転生したんだと、目が覚めた瞬間から分かっていた。
なのに、新しい人生までもが“無能力”で始まるって……。
「俺は……幸せにはなれないのか……っ!!!」
涙が溢れ、握りしめた拳が震える。
――そのとき。
「違うよ、蓮くん。」
背後から、澄んだ声がした。思わず振り返る。
そこにいたのは、言葉を失うほど美しい女性だった。
金色の光をまとい、宙に浮かんでいる。
長い髪は風に揺れ、瞳は夜空よりも澄んでいた。
「誤解しているようね、蓮くん。」
女神は微笑みながら、ふわりと降り立つ。
その姿を見た瞬間、胸の奥に渦巻いていた絶望が、不思議と和らいでいくのを感じた。
「……あなたは“無能”なんかじゃない。」
女神の声は、心に直接染み込むように響いた。
「でも……ステータスは全部ゼロで……」
俺の声は震え、涙で視界が滲む。
女神は首を横に振り、そっと俺の頬に手を添える。
触れた瞬間、温かな光が全身を包み込み、呼吸が楽になる。
「蓮くん。ここは天国。まだ“転生先”じゃないの。
本当のあなたが生きる世界は、この先に用意されている。
ゼロから始まるのは、“無能”だからじゃない。
あなたにしか歩めない道を作るためなの。」
俺は言葉を失った。
ゼロから始まるのが……俺だけの道?
女神は柔らかく微笑みながら、さらに告げる。
「安心して。今度こそ――幸せになれるように導くわ。」
俺は思わず、喜びの笑みを浮かべた。
だが、女神は静かに首を振り、言葉を続ける。
「だけど、その前に――蓮くんには一つ、試練を与えなくてはなりません。」
「し、試練ですか……?」
「そう。試練。あなたがこれまで生きた“現世の時間”を遡り、もう一度生きてもらうわ。
もちろん安心して。人生を形づくった“主要な部分”だけよ。
そして、もう一度ここに戻ってきてもらう。その時、私はあなたに一つの質問をする。
その答え次第で、あなたの進む道が決まるの。」
「ちょっ……質問って、何を――」
「質問は無しよ。さあ、行きなさい。」
次の瞬間、女神は柔らかく微笑んだまま、俺の溝落ちにそっと手を当てた。
「うぐっ……!」
体がよろけ、そのまま後ろに倒れる。
だが、そこに地面はなかった。
床は消え、ぽっかりと口を開けた穴が現れていた。
「な、なんだこれっ……!」
俺は必死に手を伸ばす。
「いやだっ!!!」
女神の姿を掴もうとするが、その輪郭はどんどん遠ざかり、光の中に溶けていった。
――気づけば、暗闇の中に沈んでいた。
ここは……水の中?
身体を包むのは、不思議な温かさ。息苦しさはない。
むしろ、懐かしい心地よさすらある。
そして――どこからか、歌声が聞こえてきた。
優しく、遠くで響くような……子守歌みたいな旋律が。
『元気に産まれてくるのよ♪』
微かに聞こえた声は、母の声だった。
ま、まさか……母のお腹の中なのか!?
そう気づいた瞬間、ぐらりと揺れが走る。
「……なえ! ……だい……ぶか! ……車! ……救……!」
遠くてはっきりしないが、父の声だ。
必死に呼びかけているのが分かる。母の身に何かあったのだろう。
それから数時間後――
水の中に、光が差し込んだ。
2000年7月12日 15時58分。
堀江蓮。俺は――この世に誕生を果たした。
……俺は、また生まれてしまった。
ゼロのまま、過去へ逆戻りするように。
どうしてだ?
なぜ俺は、また時間を遡らなきゃいけない?
女神は“試練”と言ったけど、それが一体なんなのか、答えは見えないままだ。
せっかく死んだのに。
せっかく無能な人生を終わらせたのに。
それでも俺は、もう一度歩かされる。
無能として、赤子として――再びこの世界で。
……これは、俺が幸せになるための道なのか。
それとも、ただの悪戯みたいな運命なのか。
分からない。
だけど、進むしかないんだろう。
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ここまで読んでくださりありがとうございます!
主人公・堀江蓮くん、まだ何が起こっているのか分からず混乱真っ最中ですね。
「無能から始まる転生」と言いつつ、いきなり“過去をやり直す”という展開。かなり変化球なスタートになったと思います。
今後、蓮が体験するのはただの回想ではなく、“試練”として意味を持つものになります。
女神から与えられた問いに、彼はどう答えるのか――ぜひ続きを見届けていただければ嬉しいです。
次章は、彼が最初に直面する「赤ちゃん時代の一場面」から始まります。
どうかお楽しみに!