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安楽椅子ニート 番外編26

「あ、あの、湯沢さん。あの、ちょっとよろしいですか?」

「・・・どちら様でしょうか?」

「あ、生活課の木崎です。・・・岸本の、同僚の。」

「ああ。・・・それで、何です?」

「そんなに嫌そうな顔しないで下さいよ。岸本の事で、ちょっと、お話、よろしいですか?」

「・・・特に話す事はありませんけど。・・・あの、岸本さんから何か、言われてきたんですか?」

「あ、いえいえ。そういう事ではなくてですね。あの、私用の件で口を挟むつもりはないんですけど、私用ですから、ただ、ちょっと、」

「・・・・」

「上長からちょっと、言われまして、」

「生活課として、言いたい事があるって事ですか? 言いたい事があるなら、はっきり言って下さい。私も暇じゃぁないんで、出る所、出たいんなら、出ますよ?」

「まぁあの、その、喧嘩腰にならなくても。別に、岸本を庇うとかそういう事は毛頭ないんで。」

「なら、なんですか? 私も忙しいんで用件をおっしゃって下さい。」

「上長が言うには、状況?状況だけ、分からないかなぁって言ってまして。」

「・・・・だったら、そちらの岸本さんに聞けば済む話じゃないですか? わざわざ僕に聞かなくても。」

「・・・まぁ、そうなんですけどね。」

「はぁ。生活課の皆さんを同じ様な目で見たくありませんが、どうも、あなた方は要領を得ない。・・・・分かりました。ダラダラ話してても埒が明かないんで、十分だけですよ。十分。本当に、僕はおたくらと違って暇じゃないんで。」

「ああ、ありがとうございます。」



「どうぞ。コーヒーが冷めないうちに。私、岸本と同課で働いています、木崎です。上司でもないんで、何か、権限があるわけでもないんですけど、課長から、話、聞けたら聞いてこいって言われまして。」

「・・・・・生活課も暇なんですね。」

「耳が痛いです。・・・・実は、岸本がですね、暴力を受けたから訴える、なんていきまいておりまして。」

「はぁ?」

「あ、いや。その、落ち着いて下さい。岸本が、岸本が、言っている事を言っただけなんで、他意はないです。そのまんま、言っただけです。」

「本当に頭がおかしいんですか、おたくの岸本さんは? 元はと言えば、岸本さんが、小西さんに付きまとったのが原因ですよ? 訴えるならまず、岸本さんの方でしょう?違いますか?」

「ですから、ですから、湯沢さん。ただ岸本が言っているだけですから。・・・・・まぁ、あの、それで、課長も困ってしまいましてねぇ。小西さんでしたっけ?女性職員の? 課長が聞いた話だと、小西さんは何も知らないって言っているんですって。」

「何も知らない?」

「ええ。小西さん、総務ですよね。それで、総務の部長が、うちの課長に話してくれたそうなんです。・・・・湯沢さんが岸本を殴った、と。これはこれで事実としてある訳で。向こうの部長が言うには、岸本が小西さんに向きまとっていた、って話なんですよね。」

「その通りですよ!それが事実じゃないですか!」

「事実の確認としてうちの課長が、岸本に聞いたんです。ほら、怪我してるから。それなりに理由を。そうしたら、交際しているって言ったらしいんですよ。・・・小西さんと。」

「はぁ?」

「ま、あの、その、交際って言っても、どのレベルの交際かは知りませんよ?俺も、課長の受け売りで話しているだけなんで。 岸本は、小西さんと付き合っているって言ったらしいです。」

「いい加減にして下さいよ!彼女は、岸本さんに付きまとわれて迷惑しているって、俺に言ってきたんですよ?何が付き合ってるだ!いい加減しろよ! おたくの岸本は頭がどうかしているんですか?」

「落ち着いて下さい。落ち着いて。・・・湯沢さん、落ち着いて。

俺もね、こういう間に入って、話を聞くの嫌なんですよ。当人どうしでやってもらいたいんですよ。・・・本当は」

「・・・・」

「・・・ただ。」

「・・・・」

「ただ、訴えるとか訴えないとか、おまけに、課をまたいで騒動、おこしちゃってるから。」

「騒動?」

「ええ。・・・・・課長部長としてはなるべく、内密に事を済ませたかったんですが、当の岸本が喚き散らしましてね。おまけに、怪我をしている事実もありますし。あの、湯沢さんの方には、直属の長から、なにか、お達しはなかったですか?」

「・・・・いえ。いまのところ。」

「ひいて考えれば、只の喧嘩ですもんね。目くじら立てる方がおかしいって感じですもんね。」 

「訴えるってどういう事ですか? おたくの岸本が僕を訴えると、そう、言っているんですか?」

「ですから、湯沢さん。落ち着いて下さい。裁判とか、そういう話は俺も正直わかりません。岸本が言っているだけで。・・・・それで、湯沢さん。これは俺の、生活課でお世話になっているお客さんの話なんですがね。」

「いきなり、なんですか?」

「聞いた話で恐縮なんですが、岸本の件と似た話を、聞いたものなので、参考になればと思い、話させて下さい。」

「はぁ?本当、どういう了見ですか?おたくら、生活課っていうのは?」


「まあまあ、聞いて下さい。瀬能さんっていう人がいましてね。瀬能さんが高校生時代の話なんですが



瀬能さん。瀬能杏子さんと言うんですが、当時、高校で一番の美少女だったそうです。私は実際に見た訳ではないので、何とも答えようがありません。加えて、顔や容姿が端麗なだけでなく、スポーツも万能、勉学も優秀。非の打ち所もない完全無欠の美少女でした。・・・・・・ご本人がそう言っているのでそうなんでしょう。

その瀬能さんが高校三年生の時、クラスの女子生徒から嫌がらせを受けたました。

嫌がらせって言葉は便利な言葉で、いくら高校生とはいえ、警察が介入したら、傷害事件を問われても不思議ではない案件だったそうで。

いじめという言葉も、その本質を隠してしまいますが、嫌がらせという言葉も、実態とかけ離れていると思いますね。

ここで、学校や教育委員会の隠ぺい体質を言ったところで、関係なくはありませんが、本題から逸れてしまうのでスルーしまが、とにかく瀬能さんは高校生の時、嫌がらせを受けた、という事です。

当初、2、3人の女子生徒が、瀬能さんを無視しはじめ、次第にその数が増え、最終的に、クラス全員の女子から、無視、仲間はずれ、陰口、学校から配られるプリントを瀬能さんにだけ渡さない、破り捨てると言った、女子特有の陰湿な嫌がらせを受けました。


ですが、犯人はすぐ分かりました。


学校で二番目、瀬能さんの次に美少女な生徒。名前は狛江灯子。仮に、仮に狛江灯子としておきましょう。

狛江灯子も瀬能さんに負けず劣らず、顔立ちが良く、運動も勉強も優れており、生徒から一目置かれていました。いわば学校のマドンナ。どの学校にも一人はいる、ヒエラルキーの頂点にいる女子生徒です。どの生徒からも慕われ、尊敬され、また、教師からの信頼も厚い生徒です。その狛江灯子が嫌がらせの犯人でした。

狛江灯子は表向き、品行方正な生徒で通っていましたが、後に判明しますが、煌びやかな表の顔とは別に、裏では派手な、異性との交際が明らかになります。


クラスの女子全員から嫌がらせを受けると、何が困るかというと、時々授業で行われるグループ分けです。誰も瀬能さんとグループを組んでくれなくなります。それまで友達だと思っていた生徒までも、自分もその嫌がらせの対象になってしまうのが怖くて、瀬能さんを無視するようになります。瀬能さんは、その友達と思っていた女子生徒に憐れみと同情を感じたと言っていました。



瀬能さんが何故、犯人が分かったかと言うと、クラスの女子生徒、一人一人を丁寧に観察した結果でした。クラスを一つの集団と置き換えた場合、集団の一人をのけ者にする。村八分にするという行為は、言い換えれば、団体行動です。団体が一致団結して、一人を排除する行為です。これは、団体で同じ動きをしなければ、その効果が失われてしまいます。

統率力が求められる、行動なのです。

何が言いたいのかと言えば、団体で行動するにあたり、非常に優れた統率力を持つ指揮官が必要となります。誰でも良いというものではありません。

そう考えれば、自ずと指揮官が浮かび上がってきます。

それとは別に、実際の嫌がらせの行動を観察する事で、答えを補強しました。指示、命令というものは、伝言ゲームであるので、命令が伝播していく行為です。最終的に、全員に命令が届いた時、犯人が浮かび上がりました。

単純な話です。伝播の順を逆に辿っていけば、犯人に辿り着くからです。


元々、統率力がある存在。そして、それを観察から裏付けた結果、犯人は狛江灯子でした。


犯人は分かりました。ですが、瀬能さんは、その原因に思い当たる節がまるで思いつきません。ナンバー2の美少女がナンバー1の座を奪う為にそのような浅はかな嫌がらせをやったとは、到底思えませんでした。

犯人を見つけるより、原因を探す方が苦労したと、言っています。

いくら美少女同士とはいえ、仲が良いわけでもなく、部活やクラブが同じという事もなく、恨まれる理由が思い当たりません。本人が言っているんで怒らないであげて下さい。



ですが、女と女が辛辣な関係になる原因は、大抵、決まっています。・・・男です。

男が絡む話でしか、女どうしが揉める事はありません。女という生き物は、そういう生き物だからです。


男がらみだと的を絞って考えてみても、特に、思い当たるものがありません。狛江灯子の男を瀬能さんが奪ったのなら、本人も自覚があるし、証拠になる人物もいますから、すぐ見当がつきます。

瀬能さんは本当に思い当たる事が、何一つありませんでした。

理由がないのに、嫌がらせを受けているならば、それはもう、本能的なもの、人間として自分の事を嫌っているとしか、考えられませんでした。それならば、それで、瀬能さんも、開き直って徹底的に戦争しようと考えました。



戦を企てていた矢先、不意に思い出したんです。

妙に馴れ馴れしく、至近距離で、話しかけてくる男子生徒の存在を。

男として興味がなく、何なら、人間としても眼中にいれていなかったので、思い出すのに時間がかかりました。そう言えば、最近、やたら親しくもないのに、親しそうに接してくる、厚かましい男子生徒がいたな、と。

時系列で考えてみても、この、厚顔無恥な男子が登場してから、狛江灯子の嫌がらせが始まりました。ならば、確定です。

この男子生徒が原因であると。


正直、瀬能さんは厄介な事に巻き込まれたと、落胆しました。自分に何の落ち度もなく、事故に巻き込まれたようなものだからです。

女子生徒が、好きな男子生徒が、他の女に、ちょっかいをかけている事の腹いせ。迷惑極まりない。はた迷惑だと憤りました。



あの、本当の本題はここからなんですけど、瀬能さん、その主犯である狛江灯子に直接、接触しました。

そもそも瀬能さん、前提条件として嫌がらせに屈服する類の人間じゃないんです。無視されたり、プリントを捨てられたり、そういうのは実働部隊が行うもの。言うなれば雑魚。雑魚に何されても、別段、痛くも痒くもない。仮に直接、暴力行為を受けたとしたら、これ幸いに、正当防衛を理由に、完膚なきまでに叩き潰すつもりでいたようですから。なんでも、本当の合気道を習っていたそうで。ご存知ですか、本物の合気道。戦国時代、合戦において、刀や鉄砲がなくなり丸腰になってしまったとしても、甲冑を着た武将をも、その真髄を心得ていれば、いともたやすく投げ飛ばしたと聞きます。合気道とは実戦の戦場でこそ真価を発揮する、無双の殺人術。

瀬能さんは物騒な事が好きな人なので、喧嘩になったら、女子供でも容赦しないでしょう。そういう事にならなくて、残念がっていましたが。

それでそう、狛江灯子が一人になる瞬間を狙って、音楽準備室で、二人きりで相対することにしました。音楽準備室は他の生徒が滅多な事でやって来ない事と、大きな声を出して外に漏れない、その二点で選択しました。


ええ。驚いたのは狛江灯子の方です。嫌がらせをしていた人間が、笑みを湛えて、自分に近づいてくるのですから。きっと想像ですが心底、恐怖した事でしょう。


狛江灯子は後ずさりしながら、震える声で叫びました。「何の用よ?」と。

そんな事は気にも留めず、狛江灯子の顔面まであと数センチという所まで近づいて、瀬能さんは言いました。「それはこっちのセリフよ」

もう窓際まで追い詰められて、狛江灯子の逃げ場はなくなってしまいました。瀬能さんの、出現と常軌を逸した行動に、完全に飲み込まれてしまいました。体が震えだし、止めようとしても止まりません。

耳元で囁くように、瀬能さんが言います。「最近、私の周りを、目障りな羽虫が飛んでいるの。それに耳障りな羽音。あれ、あなたの男?」深い深い地鳴りのような唸り声が頭に、直接、聞こえてきます。

狛江灯子はその事を一瞬で理解しましたが、瞳孔が開いて、視線を定める事が出来ません。「何を言っているの?」と苦し紛れに言ってみましたが、それは、火に油を注ぐのと同義だと言う事に彼女は気づきません。

臍の上のあたり、みぞおちの下あたり、骨も何もない所を、静かにぐっと押されます。声に出ない悲鳴を狛江灯子が上げました。臍の上あたりを瞬間的に強く押されると、声が出せません。人間、声を出すには普通、息を吐く必要があるからです。物理的に腹部から上に肺を圧迫したものだから、肺の空気が一瞬で外に出てしまったのです。それが声にならない悲鳴。・・・声も出ませんし、呼吸も出来なくなるんですよ。

酷い事しますよね、瀬能さんも。


「人間は人間の言葉をしゃべるから、人間同士、会話が成立するの。私、羽虫に知り合いはいないのよ?羽音を立てられても、耳障りだし、そもそも、目障りなのよ?」

「あ゛あ゛あ゛・・・・」しゃべろうとする狛江灯子に合せて、強く、腹に拳を押しあてます。また、しゃべれなくなります。「あ゛」人の声じゃない声をあげますが、構わず瀬能さんが言います。

「私、人間しか興味がないの。あなたと違って、羽虫に特別な感情を持ち合わせていないの。

聞いたわよ。あなた、羽虫も愛せる博愛主義者なんですって? 多くの人をその御心で愛しているのでしょう?素晴らしい事だと思うわ。」

狛江灯子は横目で、瀬能さんの顔を見たのだけれど、一度もまばたきをせず、自分を凝視している黒目をみて、心臓の動きが加速していくのが分かりました。心臓の動きは、人間の生死に直結する生理現象ですから。余計に呼吸が出来なくなります。

瀬能さんは狛江灯子の足の付け根あたりを、ゆっくりと膝で圧迫していきます。足の付け根には、太い神経と動脈、静脈が通っていて、生物として、損傷があったら非常に危険な場所です。そこをまばたきもせず、ずっと狛江灯子の目を見ながら、圧迫し続けます。

「・・・それから、私、あなたの事、嫌いじゃないのよ? 知ってる?女ってねぇ、快楽に終わりがないの?頭の中からドーパミンとエンドルフィンが溢れ出て中毒症状になるそうよ? 二度と私を忘れなくなる。イキ狂っても体が私を求めるの。死ぬまで私を体が求めるの。心が拒否してもね。狛江灯子さん・・・・・男で満足できない体にしてあげるわ。あはははははははははははは あはははははははははははははははははははははははは」

足の付け根にあった膝を離すと、狛江灯子の膀胱から、尿が勝手に出てきました。あまりの恐怖に、脊椎神経が反応し、圧迫されていた膀胱が開放され、内包されていた尿が、漏れ出てしまったのです。

もう足に力が入らず、立っている事が出来ません。狛江灯子の目には、大粒の涙が流れていました。嗚咽する事も叶いません。

「狛江灯子さん。保健室に連れて行ってあげる。私は優しいから・・・・この事は内緒にしておいてあげる。二人だけの秘密。あははははははははははははははははは あははははははははははははははははははははははははははははは」



おぼつかない足取りの狛江灯子を瀬能さんは、保健室まで運び、かいがいしく介抱したそうです。介抱という名の下に、陰部も秘部も、それこそ裸にされ、抵抗する気すら失い、彼女の自制心はズタズタにされました。

それはそれは狛江灯子にとって凄惨な時間だった事でしょう。戦時下で同じ事を捕虜に行ったら、ジュネーブ条約違反で、有罪ですよ。人権無視の大罪です。

既に、失禁した時点で心が折れていた狛江灯子は、聞いてもいないのに、洗いざらい白状しました。3人いる恋人の一人が、瀬能さんにちょっかいをかけている事を知って、自分以外の女に浮気をしていると思い、自尊心が傷つけられた恨みで、嫌がらせをした、と話しました。3人も恋人がいる、三股をかけているという自分を棚に上げて、その中の一人が、軟派心で瀬能さんに近づいた事が、許せなかった。他の女に、男を取られるのが許せなかった。何より、自分は三股の浮気をしていても、男が同様に、何股も股にかけて浮気をして、その中の女の一人だったという事も、許せなかった。その許せない憤怒の矛先が、何故か、男に向かず、瀬能さんに向いたのは、それが女の真理だと思います。



次の日から瀬能さんへの嫌がらせはピタリと止みました。嫌がらせなんて、こんな陳腐なものかも知れません。

する方も、される方も、たまたま。たまたま、些細なボタンの掛け違いで起きてしまうものなのです。

いずれにせよ、狛江灯子は瀬能さんと恋人とは何もなかった事が分かり、誤解は解かれました。男女間のあらぬ誤解も晴れて、その後も、瀬能さんは楽しく高校生活を送ったそうです。



「・・・あなたのお客さんは、高校生時代、素行が悪かった、という話ですか?」

「え? 湯沢さん、しっかり聞いてました?俺の話?」

「嫌がらせの仕返しをしたっていうのが特に印象強いですが、その、嫌がらせをした女も、3股をかけているし、事実を確認しないで、勝手に逆恨みして嫌がらせをしていたんでしょう? 僕には到底、理解できる話ではないです。世も末だと思いました。もう、話は終わりですか? 僕はこれで失礼します。」

「ちょっと、ちょっと待って下さい。」

「僕は十分だけと言いましたよね?」

「まだ、まだあと、四分、あります。四分。湯沢さん、座って。座って。・・・・座って。はぁ。もう、落ち着いて。」

「・・・仕方がないですね。あと四分ですよ。」

「ああ、ありがとうございます。・・・・もう時間もないので言いますけど、湯沢さん。岸本と小西さんの件で、ボタンの掛け違いと言いますか。・・・事実誤認はありませんか?」

「事実誤認?」

「ええ。先程の瀬能さんの話で、女が嫌がらせを行い、女がそれを仕返しをしました。女と女の関係です。原因は男でした。狛江灯子の男のはずなのに、瀬能さんにあろうことかちょっかいを出した。それがきっかけで嫌がらせが始まった。今回、岸本、小西さん、湯沢さんの件では、男と女。女と男。そして、男と男の関係になります。・・・・まったく構図が一緒じゃないかなって思って。」

「じゃ何ですか、僕と岸本が揉めた原因は、小西さんだと言いたいんですか? 小西さんは被害者なんですよ? 話にならない。あ、木崎さん。あなたはまだ話が通じる人かと思ったが、違うみたいだ。」

「それはこっちのセリフですよ、湯沢さん。あなたは岸本と違って、話せば分かる人だと思っていたけど、見込み違いでした。残念ですよ。」

「僕と、おたくの岸本と一緒にする気ですか?」

「まあ今のところ、どっちもどっちというのが私の感想です。男も女も、年齢を問わず、異性が絡むと、色眼鏡で見てしまうものですね。・・・・・湯沢さん。お尋ねしますが、あなた、小西さんの何なんですか?恋人?でもないでしょう?」

「ええ。恋人じゃないですよ。違いますよ。」

「では、何でそんなに小西さんに肩入れするんですか?」

「だから、おたくの岸本が小西さんに、付き纏っているからですよ。」

「その話はどなたから聞いたんですか?」

「は?・・・・・小西さん本人ですよ。生活課の岸本に付き纏われて困っているって。」

「それで、湯沢さんは正義感で、小西さんを守った、と?」

「ええ、まぁ、そんな所ですよ。僕もね、最初は、穏便に済ませたかったですよ。会社の人間が、部署は違えど、女性に付き纏っているんですよ? 小西さんは迷惑している。だから、そんな不毛な事は止めるように言ったんです。いずれ警察沙汰になったら、岸本さんだって、只じゃ済まないでしょう?やめるなら今のうちだ、上長にも報告しない、ただ、小西さんの付き纏い行為は一切止めろと、言ったんです。そうしたら、逆上して。

もう、話になりませんでしたよ? 僕の事を、小西さんの恋人とか浮気相手だとか、被害妄想じみた事を言い出したので、これは手に負えないと思いました。」

「そういういきさつがあって、岸本を殴った、と。」

「結果的にそうなりす。」

「岸本は、小西さんと交際していると主張しています。」

「はぁぁ? それがおかしいんですよ?真っ当な頭なら、そんな、妄想、出てきますか?」

「まあ聞いて下さい。岸本が言うには、交際をはじめてもう半年。休みの日にデートに行ったりする仲だと言っています。交際を裏付ける証拠もあります。証拠というにはお粗末ですが、二人で撮った写真がありました。岸本のスマートフォンには残っていました。」

「そんな馬鹿な! 小西さんは僕に、本当に困っていて、怖くて、仕方がないと相談してくれたんですよ?そんなのおかしいじゃないですか?」

「第三者の意見としては、どっちも本当なのでしょうね。」

「どっちも?どっちも本当って、そんないい加減な事、ないでしょう」

「私には、小西さんが色々なものをつまみ食いしているようにしか見えません。」

「・・・つまみ食いって」

「小西さんもあなた方も別に結婚しているわけではないから、法的に、何か事後処理もありませんし、好きにすればいいと思います。交際は個人の自由ですから。ただ、そのつまみ食いも程々にしておかないと、取り返しのつかない事になるってだけの話ですよ。・・・岸本みたいな奴に、ちょっと、軽い気持ちで声をかけてみたら、本気にされちゃって逃げられなくなってしまった。そんな所じゃないでしょうか。」

「・・・・・」

「岸本はあれで、仕事は真面目なんですよ。一本気って言えばカッコイイですが、単純なバカなんで、女の冗談を真に受けてしまった。女の方も、真に受けられてしまって逃げられなくなってしまった。彼女にとったら、付き纏われているに相違ありません。」

「・・・・・」

「岸本は真剣に交際している、つもりだったんですよ。彼女からしてみたら、面倒くさい男に付き纏まとわれている、そう思ったのでしょうが。そして、あなたの登場です。・・・・・あなたも、彼女の話を真に受けてしまったんじゃないですか?」

「僕が? じゃ、あの話は嘘だったって事ですか?」

「嘘じゃありませんよ。歴として付き纏われていたのは事実ですから。そして、付き纏いの相談をしたのも事実。全部、本当の事なんですよ。そうです、些細なボタンの掛け違い。」

「・・・・・・」

「私はまだ小西さんに話を聞いたわけじゃないので、おおよそ推測の域を出ませんが、また、明日、小西さんに事情を聞く予定です。彼女も本当の事を言うでしょうけどね。おまけに、自分は悪くないとか言いそうだし。」

「・・・・僕はどうしたらいいんですか?僕はどうしたら」

「社内での、男女間の揉め事ですから本来ならば、目をつぶる話でしょうけども、あなたは、岸本を殴ってしまった。この行為は事実です。岸本次第では処分の対象になる可能がありますから、それは、承知しておいて下さい。ああ、なるべく穏便に済ませるように岸本を説得しますけどね。ただあいつは馬鹿だから納得いくかどうかは分かりません。湯沢さん。・・・・あなたも真面目過ぎたんです。暴力沙汰さえ起こさなければ問題にはならなかったのに。」

「ああ。・・・・なるほど。先程、話されていたお客さんの話ですね。相手を傷をつけないように、力を行使する。ああ、僕にそういう頭があればなぁ。」

「ええ。証拠がなければ、第三者は何も言えませんから。」

「・・・・・いやぁ。いい、社会勉強ですね。僕はまだまだ未熟だ。」

「それはお互い様ですよ。

ああ、そうだ、さっきの瀬能さんの話に続きがありましてね。


瀬能さんが、狛江灯子と対峙した時、「あなたが嫌がらせの犯人でしょう?」とあえて問わなかったそうです。瀬能さんは頭の回転が速い人だから、狛江灯子が嫌がらせをした犯人だと、理論的に、説明する事も可能でした。

ですがあえてそれを行いませんでした。

何故なら、女という生き物は、理論的に策を練り上げ、王手で逃げ場を失くしたとしても、そして王を取ったとしても、感情論に話をすり替えるからです。

であるならば、最初から、感情に訴えた方が、女と会話をするのは手っ取り早いのです。有無を言わさぬ圧倒的な存在感と威圧感で、場を制圧した方が、話が早いからです。

女は狩猟時代からコミュニティを共同で運営するのが主な仕事で、その名残が現代人にも色濃く残っており、協調性、共感性を自然に行えると言われています。瀬能さんはあの一件で、狛江灯子との間に、上下関係を構築してしまった為、一生涯、狛江灯子は瀬能さんに頭が上がらなくなってしまったのです。・・・・一生、子分という事です。

従順な子分が出来たんですから、学校生活、楽しかったのは当然でしょうね。」


※本作品は全編会話劇です。ご了承下さい。

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