9 魔法学実習 どうやったら飛ぶの?
「ねぇ優さん、魔法使える?」
ここはいつもの中庭のベンチ。午後からの授業が不安になって、お弁当を食べながらつい聞いてしまった。
「あーそっか、午後から魔法学の実習があるんだったわね」
「それよ! 私あまり魔法が得意じゃなくて……」
「今日は自分の得意な魔法で、的に当てるんだったかしら」
私が出来ることと言ったら、手から少し氷が出せるというもの。グラスに入れたらひんやりしたドリンクが作れる、そんな時にぴったりサイズの氷だ。
あとは、手から少し風が出てくる。前世の扇風機で言うなら弱くらいの風なので、暑い夏はちょっと涼しい。
「夏はすごしやすそうね」
「でも大した攻撃力はないわ。優さんは?」
「ゴロッとした石が出せる」
「それを的にぶつけたら凄いじゃない!」
「いや、ゴロッとそのまま地面に落ちるだけ。漬物石にもならん中途半端なサイズのやつ」
「……うん、他は?」
「火が出せる。ライターくらいのやつ」
「サバイバルに良さそうね。かまど作って焚き火ができそう」
ふたりでスンッとなったわ。いくらヒロインの引き立て役の悪役令嬢だからって、残念すぎる。せっかく魔法がある世界なんだから、もうちょっとカッコいい魔法が使いたかったわ。
現実ってこんなもんなのね、ハハハ。
◇◇◇◇
「みんな揃ってるか? 今日の授業を始める」
ここは学園敷地内にある、魔法訓練場。魔法をぶっ放しても大丈夫なようにかなり広い。
周りも壁やフェンスに囲まれていて、まるで前世の野球場みたいだわ。もちろん白いベースはないけども。私達は実習用のローブを羽織り、横一列に並んで先生に注目した。
「今日はあの的に向かって、それぞれの得意魔法を当ててもらう。もちろん、真ん中に当たらなくても大丈夫だ。どれくらいの物が出せるのかを見るためだからね。前回の授業で取ったアンケートを元に、アドバイスしながらやっていこうと思っている」
授業をするのはもちろん魔法学のネイサン先生だ。
「ちょっと手本を見せるよ」
そう言うと、ネイサン先生は片手を真っ直ぐ前へ伸ばした。ドンッという音が聞こえたかと思ったら、二十メートルほど先にある的の真ん中に穴があいていた。
えっ、はやっ! なんも見えんかった! みんなもどよめいている。
「今のは簡単な風魔法だ。空気の塊を飛ばして的に当てただけ」
いや、『だけ』とかそういうレベルの速さじゃなかったよ? やっぱり攻略対象は一味違う。
「じゃあ、そちらから順番にやってみて」
そう言うと、ネイサン先生がパチンと指を鳴らした。的は元通り穴がない状態に戻っている。おぉ〜すごい。
クラスメイト達が順番に的に向かって魔法を打っていく。みんなそれぞれ全く違う魔法で面白いな。氷の矢のような物を当てる子、カミナリを当てる子、消防車の放水みたいに大量の水を当てる子、泥団子のような物を当てる子、火の玉を飛ばす子などなど。
「うん、いいね。力の調節が上手くなれば、もっと大きな塊が出せるよ」
「君は将来、騎士志望だったかな? 剣に魔力を込めると、もっと威力が出せるかもしれない」
なんて、ひとりひとりにネイサン先生のアドバイスが続く。
「ねぇ優さん、私達大丈夫かしら」
「うん、私のゴロッとした石、絶対あんな遠くまで届かないわ」
「私のかち割り氷もよ。なんでみんな飛ばせるの?」
「どうやったら前に飛ぶのか、不思議でしかたないわ」
だよね〜、人には向き不向きってもんがあるのよ。前世アラサーだもの、知ってた。
「じゃあ次、ユージェニー・グラント。前へ」
「はいっ」
「ユージェニー、頑張って」
大丈夫、ポンコツ具合は私も同じよ! ひとりだけ恥をかかせたりしないわ!
優さんが右手を前に出す。もう片方の手も右手の肘に添えた。
「えいっ!」
――ゴロン
……うん、頑張った! 頑張ったよ! 五十センチは飛んだよ!
なんでみんな困惑の表情でざわつくのよ! ユージェニー頑張ったじゃない!
「もう一回やってみてくれる?」
「……はい」
「えいっ!」
――ゴロン
ほらっ、さっきより十五センチは記録が伸びたわ! しかもさっきよりひと回り石が大きいわよ!
「なるほど」
ネイサン先生があごに手を当て、考え込んでしまったわ。
「君は、たしか小型の火も出せたよね。それ見せてくれない?」
「はい」
「えいっ!」
――ポッ
あ、人差し指から火が出てる。うん、まごうことなきライターサイズの火ね。遭難した時には、みんな感謝するわ!
「よし、そっちで行こう」
「えっ?」
「その火をね、パンパンって単発で出してみて。前に向かって鉄砲を打つイメージだよ」
「やってみます。えいっ! えいっ!」
――パン! パン!
小さな火の玉が的に二つ当たった!
「わっ、出来た!」
「ね、石の方も違うやり方で使えると思うから、それはまた次の機会に」
「はいっ、ありがとうございました」
「ユージェニー! あなた凄いわ! ちゃんと的に当たってる!」
「ありがとうヴァイオレット! まさか火の方が飛ぶとは思わなかったわ」
私達がキャッキャと喜んでいると、
「最後、ヴァイオレット・ヘザートン。前へ」
あっ、すっかり終わった気でいたけど、まだ終わってなかったー! ユージェニーは出来たのに、私だけ出来なかったら……
「ヴァイオレット、あなたなら大丈夫よ!」
「うん、行ってくる」
私は前に出て、右手を前に出した。左手で右手の肘を支えるように掴む。ふぅぅ、とりあえずやってみよう。
「えいっ!」
――カラカラカラ
うん、そうなるよね。かち割り氷が真下に落下したわ。
あら、静かね。クラスメイト達に気を遣わせてしまったかしら。ヤダーー笑ってー! その方が気が楽になるわー!
「君は風が出せたよね? それと組み合わせて氷を出してみてごらん?」
「はいっ、やってみます」
「えいっ!」
――カラカラカラ
あ、一メートルくらいは飛んだわ。さっきよりいいわよね? ね?
「風をもうちょっと細く出すんだ。ほらここの辺りに集中して?」
「えっ」
ちょっ、ネイサン先生がバックハグで私の腕を掴んでるわーー! ひぃ~私、箱入り娘だから男性に免疫がないんだってば! ダンスだって、お父様かお兄様としかしたことないし、バーナード様とだって練習でしか触れたことないんだからねーー! 前世では年相応にあるけど、イケメンに免疫がない恋愛初心者にいきなりバックハグなんて、難易度高すぎるのよっ!
「ほら、集中する」
「す、すみません」
はわ、頭の上に先生のあごが乗ってるぅー! 近い近い、そんなところで囁かないで!
これはただの授業よ! 変なアレじゃないから、落ち着けヴァイオレット! ふぅ。
「えいっ!」
――ヒュンヒュンヒュン
バチバチバチと音がして、的に氷が当たる。貫通はしなかったけど、ちゃんと的には当たった!
「飛んだわ……」
「ほら、出来た」
ネイサン先生がふわりと笑った。やだ、顔がいい。
「あ、ありがとうございましたぁ!!」
焦って声が裏返っちゃった! 恥ずかしいぃーー!
「ヴァイオレット、あなた顔が真っ赤よ」
うぅ、そりゃそうよ。
「さあみんな集まって。今日は全員、目標をクリアできたね。みんなそれぞれよかったよ。改善した方が良いところもあるけど、それはまた次回ね」
「「「はいっ、ありがとうございました!」」」
ちょうど終わりの鐘がなって、そのまま解散となった。
「いやぁ、できたね」
「うん、できた。ヴァイオレットも凄かったわ」
「あ、あのっ!」
私達が感想を言い合っていると、三人の女子生徒が話しかけてきた。
なにかしら……ハッ! 悪役令嬢のくせに、ちょっと的に当たった位で調子に乗りやがって。体育館裏まで顔貸しな! みたいなやつ? やだ、どうしよう。
「なにかご用?」
優さんが答えてくれたわ! よかった、考え事をしだすと他がおろそかになってしまうの。
「あの、突然話しかけてごめんなさい。私達、感動したんです!」
「ええ、おふたりは王子殿下やその側近の婚約者様だし、高位のご令嬢だから今まで話し掛けられなかったんですけど」
「あんなに顔を真っ赤にして、魔法を一生懸命頑張っている姿を見て親近感が湧いたというか」
「へぇっ?」
「ガッカリしたんじゃなくて?」
真っ赤になったのは、バックハグのせいだけどな。
「いいえ! お綺麗なふたりが並ぶと気後れしていたんですが、本当は普通の女の子なんだなって」
「ぴょんぴょん跳ねながら成功を喜ぶ姿が、本当にかわいくって!」
「あの『えいっ』ってかけ声も萌えましたわ」
「オウ……」
今までクラスメイトに遠巻きにされていたのは、悪役令嬢だからじゃなくて気後れしていただけなのね!
「普通よ! みんなと何も変わらないわ」
「そうよ、むしろ私達ポンコツなんだから」
「まぁ、ふふ。こんなに気さくな方達だとは思ってもいませんでしたわ」
「あの、厚かましいお願いですが……私達ともお友達になっていただけますか?」
「休み時間にお茶とかしたいです!」
私と優さんは顔を合わせて頷いた。
「ええ、もちろんよ!」
「喜んでご一緒させてもらうわ」
わあっと女子達の歓声があがる。
悪役令嬢達(仮)に、新しい友達が出来ましたわ!




