8 ヘザートン公爵家 お兄様と名物料理
「やっだーーなんてかわいいの!! よくきてくれたわね」
朝からテンションマックスなのは、私のお母様ベアトリス・ヘザートン公爵夫人だ。
「お母様、ユージェニーがびっくりしていますわ」
「あらごめんなさいね、うふふ」
「はじめまして、ヘザートン公爵夫人。ヴァイオレットさんと仲良くさせていただいています、ユージェニー・グラントと申します」
「やーだー、そんなにかしこまらないで? 私はヴァイオレットの母、ベアトリスよ」
「ごめんね、ユージェニー。お母様はかわいいものに目がないの」
「うふふ、だってこんなにかわいい子が遊びに来てくれたら、誰だって嬉しくなっちゃうでしょう?」
いや、お母様のはテンション高すぎです。
「こんなところじゃなんだし、応接室へ案内してちょうだい」
執事に案内され、三人で応接室に入るとお茶が出された。
「こんなにかわいい子がうちの娘の友達だなんて、もっと早く連れてきてくれたらよかったのにぃ」
「えぇと、光栄です」
優さん、ちょっと引いてる。
「私ね、このあとお茶会に呼ばれているの。あ〜ん、もっとユージェニーちゃんとお話したかったぁ!」
「ユージェニーちゃん……」
「ね、今度はゆっくり私ともお茶会をしましょうね!」
「わ、わかりました」
「うふふ、じゃあ行ってくるわね。ユージェニーちゃんごゆっくり〜」
「ありがとうございます、お気を付けて」
「お母様、いってらっしゃい」
鼻歌を歌いながら、お母様は出ていった。
「なんかごめん、騒がしくて」
「すみれさんはお母様似ね」
「え、どこが!? あんなにテンション高くないわよ!」
心外だわ! ぷんすこ。
「だって、うちのロジャーを見た時と反応が同じなんだもの」
「あ、」
たしかに、ロジャーに対してかわいいかわいい言ってたわ。
「かわいいものに目がないのよ」
私は開き直った。
「お褒めいただき光栄ですわ」
「ふふっ」
私達はお茶を飲んでひと息ついてから、邸の中にある図書室へ向かった。
◇◇◇◇
「やぁ、君がヴァイオレットのお友達だね。いらっしゃい」
図書室に着くと、お兄様が出迎えた。
「こちらは私の兄よ」
「はじめまして、フレデリック・ヘザートンです」
「はじめまして、ユージェニー・グラントと申します。今日はお招きありがとうございます」
お兄様は、三歳年上の十九歳。今年の三月に学園を卒業して、今は父の補佐として領地経営を学んでいるところだ。私と同じ銀髪だけど、瞳はタンザナイトのような青紫色のイケメンだ。我が兄ながら、モブにしとくのはもったいない。
「ヴァイオレットから聞いているよ。本が好きなんだって?」
「ええ、そうなんです。ヘザートン家の図書室が凄いと聞いて、楽しみにしていたんですの」
「そうか。うちは父も俺も本が好きで、蔵書が増えていく一方でね」
「素晴らしいですわ! 見せていただいても?」
「ああもちろん! 俺が案内しよう」
さっそく話が盛り上がってるようだわ。
フフフフフ、私の狙い通りね。このふたりは絶対に気が合うと思ったんだー。
優さんはトレバー様と婚約解消をすると言っていたけれど、貴族の令嬢にとって婚約解消後はどうしても傷物扱いをされがちで、次の縁談も条件がいい人からはあまり来なくなる。私、次こそ優さんに幸せになってもらいたいの!
そこで登場するのが、うちのお兄様よ。頭よし、顔よし、性格よし、地位も次期公爵だ。侯爵令嬢である優さんともつり合いはとれている。そしてなにより趣味が合う! 一日中本の話をしていられるんじゃないかしら。
「これ読んだことあるかい?」
「いえ、どんなお話なんですか?」
ほらね、ふたりで二階に上がってるけど、初めて会ったとは思えないほど打ち解けているわ。ヤバい、ニヤニヤが止まらない。
優さんがうちにお嫁入りしたら、私のお義姉様になるのよね。お母様もかわいい娘ができたって猫可愛がりすると思うわ。それに私と優さんが姉妹なら、ロジャーだって私の弟みたいなもんでしょ! やった! うれしー私あんなかわいい弟が欲しかったのぉー! もう、一石何鳥よこれ?
「お嬢様? ヴァイオレットお嬢様」
「へっ?」
「大丈夫ですか? なにやら考え事に集中されておられたようですが」
やだ、執事にニヤニヤしてたのがバレたかしら。
「大丈夫よ。なにかしら」
「そろそろお昼の時間でございます。食堂へご案内してもよろしいでしょうか?」
「あら、そうね。お願いするわ」
いつの間にそんなに時間が経ったのかしら。妄想してたらあっという間ね。
「ヴァイオレット、放ったらかしてごめんね。つい夢中になっちゃって」
「いいのよ〜! うちの図書室は楽しめたかしら?」
「えぇとっても! フレデリック様が色々と面白い本を教えてくださったわ」
「それはよかったわ」
「気になる本があるなら、遠慮なく借りて帰ってくれ」
「フレデリック様ありがとうございます! 嬉しい」
いい感じいい感じ。フフフフフ……
「ヴァイオレット、なに変な顔をしてるんだ」
「お兄様、なんでもありませんわー。さっ、食堂へ参りましょう」
◇◇◇◇
「こ、これは!」
「うちの領地の名物料理で、そうめんと言うんだ」
「今日は天ぷらと合わせてみたの。召し上がってみて」
優さんが固まっている。うん、びっくりするよね。そうめんだもん。
「ユージェニー嬢?」
「あら、ごめんなさい。珍しい物だったからびっくりしてしまって。とっても美味しそう!」
「このめんつゆという汁に浸して食べるんだ。領地では皆啜って食べるんだが、慣れるまではちょっと難し――」
「ズズズッ」
「上手いな」
「ユージェニーどう? どう?」
「おいひぃー!」
「でしょでしょ! 天ぷらも食べて!」
「この天ぷらというのは小麦粉の衣をつけて油で揚げた料理で、最近ヴァイオレットが考案したんだ。そうめんにも合うよ」
「揚げたてサクサクー! おいひぃー!」
優さん、目がうるうるしてるわ。よかった、喜んでもらえて。
「口に合ったようで安心したよ。あまり王都では出回っていないから、馴染みがないよね」
「いいえ、なんだか懐かしい味がしますわ。夏休みのおばあちゃんの家にいるような」
「? そうかい?」
「麺つゆが出来るってことは、公爵領には醤油や出汁があるんですね」
「ううん、ないわ」
「ショウユが何かわからないけど、これはめんつゆの実の果汁だよ」
「は?」
わかる、その気持ちとってもわかるわぁー。意味がわからんよね。
「公爵領に昔から自生している木の実でね。レモンのように絞って使うんだ。今まであまり使い道がなかったんだけど、そうめんに合わせてみたら殊の外合ったんだよ。それまでそうめんはトマトソースなんかで味付けして食べていたのに、今じゃ皆めんつゆの実の汁に浸けて食べてるよ」
「見た目は茶色いオレンジって感じよ。絞った果汁を瓶詰めにして領内では売ってるわ」
「あぁ、そういえば、先日侯爵家からいただいたお米という穀物で、ヴァイオレットが親子丼というのを作ってくれたんだ。めんつゆの果汁と卵と鶏肉と玉ねぎが絶妙な味わいで――」
「親子丼!!」
「そうなの、お兄様はおかわりしてたわね。料理長も斬新な組み合わせだって興奮していたわ」
優さんが、親子丼親子丼ってブツブツ言い出した。目がいっちゃってる。
「お土産にめんつゆの瓶詰めを持って帰るといい」
「本当ですか!!」
「あぁ、領地から送ってきたのがあるんだ」
「嬉しいです! ありがとうありがとう!!」
優さんたら、お兄様の手を握ってブンブン振ってるわ。
「あとね、ぽんずの実ってのもあるから持って帰って」
「ま、まさか」
『もちろん、ぽん酢しょうゆよ』
『まじかぁーー!』
口元を隠し日本語で囁いた。優さん、とっても嬉しそう。
午後からも図書室へ行った。途中三人でお茶をしたけど、私が入る隙なんてないくらい本の話で盛り上がっていたわ。
「今日は本当にありがとうございました」
「まだまだ話し足りないな。ユージェニー嬢、ぜひまた遊びにおいで」
「えぇ、このお借りした本もお返ししないといけませんし。ヴァイオレットも、素敵な昼食をありがとう」
「うふふ。これ、そうめんと麺つゆとぽん酢ね」
「お土産までありがとう!」
優さんが乗った馬車を、名残惜しそうに見つめたお兄様が呟く。
「ユージェニー嬢は、誰か決まった人がいるのだろうか」
「残念ながら今は婚約者がいるわ。宰相の次男よ」
「あの第二王子の側近で、ダンベルを持って王宮を歩いている眼鏡野郎か!」
トレバー様何やってんのよ……
「でも上手くいってないの。お兄様にもチャンスはあるわ!」
「なに? それは本当か」
「ええ、だけど今はまだその時じゃないわ、あと二年と少し待って! そうしたらチャンスが巡ってくるから」
「お前を信じよう。あと二年ちょっとか……」
「それまではいいお友達でいて。直接的に口説いてはダメよ。ユージェニーが不貞を疑われて不利になるから」
「わかった。節度を守って、だが親しくなれるよう努力しよう」
「お兄様ならやれるわ!」
フフフフフ、お兄様のやる気に火が着いたらこっちのもんよ!