番外編 隣国への旅(2)
今日は念願の海へ行く日。昨夜は早めにベッドに入ったからか、いつもより早く目が覚めてしまったわ。私はひとりで着られるワンピースに着替え、中庭を散歩することにした。
外に出ると向こうからカキーンキーンという音が聞こえた気がした。何かしら?
「あっ、ネイサン先生とマーティンさんだ」
庭のひらけた場所で、ふたりが模造剣で打ち合いをしている。先生、剣なんて使うんだ……しばらくボケーっと眺めていたら、気付いた先生が剣を下ろし私の元へ駆け寄った。
「ヴァイオレット、おはよう」
「ネイサン先生、おはようございます」
先生がふわりと笑う。イケメンって朝から眩しいわね。額の汗がキラキラしている。
「先生、剣なんて使えるんですね」
「まあ、一応ね。貴族男子のたしなみってやつ?」
そういえば、胸とか腕とか意外と逞しかったな。やだ、変な意味じゃないわよ。
「ヴァイオレット? 顔が真っ赤だよ」
「気のせいよ〜!」
「おふたりさん、朝からイチャつかないの。目の毒だよ」
「じゃあ見るな。ヴァイオレットが減る」
減らない減らない。先生も人前で抱きしめるのはやめてくれー。バタバタともがいてなんとか先生の腕から抜け出した。
「マーティンさん、おはようございます」
「ヴァイオレットおはよう。僕に会いに来てくれたの?」
「そんなわけあるかー! 婚約者の僕に会いに来たんだ!」
この兄弟、面白いな。イケメンふたりが漫才してるみたい。
「早く目が覚めたので、お庭をお散歩していたんですの」
「そうか、今日はふたりで海に行くんだろ? いいなー」
「お前は来るなよ。絶対だぞ」
「はいはい、分かってますよ。ヴァイオレット、楽しんできてね。じゃあまた」
「ありがとうございます」
先生、マーティンさんはもう行ったわ。ガルルって威嚇しないの。全く、なんの心配をしてるんだか。
「先生、やっぱりヤンデレかな?」
「えっ、これってヤンデレなの?」
「わかんないけど、独占欲が強そうな気はしますね」
「そうか……気を付けよう。監禁ダメ絶対」
ブツブツ言い出しちゃった。気にしてるのかな?
「先生、心配しなくても大好きですよ」
「ヴァイオレットぉーー! 僕も大好きだ」
うっ、そんなにギュウギュウ抱きしめられると苦しい。婚約してからキャラ崩壊してませんかね?
◇◇◇◇
「今日はプライベートビーチに行くよ」
「そんなのがあるんですか! 公爵家凄い」
朝食の後、馬車に乗って海岸へ向かった。プライベートビーチだって。貴族って凄いわねーあ、私も貴族だった。つい前世の庶民感覚で見ちゃうのよね。
馬車から降り立つと、プライベートビーチには公爵家の別荘が建っていた。
「水着は持って来てる?」
「はい。もう服の下に着てきたので脱ぐだけです」
「そうか、楽しみだな」
へ? 楽しみって水着が? でもこの世界の水着って……
「なにその、海女さんスタイル」
「水着ですけど?」
「しかもほっかむりまで! どういうこと?」
「うちの国では普通の海遊びスタイルですけど?」
だって、うちの国の海って北のファニング領くらいしかないもの。そこの人が『これが普通』って言うんだから間違いない。これが我が国の海遊びスタイルだ! 今日は日差しの強い南国仕様でサングラスも着用している。
「じゃあ逆に、この国の水着ってどんなのですか?」
「スクール水着みたいな、あまり派手じゃない水着。貴族の女性はそれに長いパレオみたいなのを巻くかな」
「へー、うちの国にはそういうやつは売ってませんね。あまり泳ぐ機会がありませんし」
「ビキニはないだろうけど、まさか海女さんだとは思わなかった!」
「先生、意外といやらしいですね」
「僕だって男だぞ」
開き直ってるよ。先生は前世とあまり変わりがないような、黒い膝丈のいわゆる海パンってやつを履いている。
うっ、うっすら腹が割れてる。バーナード様のは何とも思わなかったのに、先生だとドキドキするわ。大人の色気ってやつかしら?
「今日は仕方がない。次はこちらの水着を用意しておこう」
「私は別にこれで――」
「用意しとく!」
「はい」
押し切られてしまった。そんなに期待していたのか。この水着、日焼けしなくていいのにー。
別荘のテラスからは、直接海に出ることができるみたい。窓からのぞくと、私有地だからか本当に誰もいない。
「ステキー! 青い海、白い砂浜に椰子の木! これぞビーチって感じ!」
「きみの国の海は違うのかい?」
「森さんの領地の海は、迫力満点の東尋坊ですね」
「それで崖パイか……」
「だけど、磯遊びができてすごく楽しかったですよ。岩場に梅干しもあるし」
「海に梅干しってシュールだな」
うん、あれには私も驚いた。この世界の日本食材って、ほとんどが変なところにあるんだもの。
「ここには何か珍しい食材はないんですか?」
「ん〜あるよ。食べたい?」
「はい! 食べたいです!」
「じゃあ、後で食べられるよう言っておこう」
ネイサン先生は公爵家から同行したメイドに何か頼むと、私の手を取り砂浜へ出た。
ザザーン ザーー ザザーン ザーー
海の音が全然違うね。足の下の砂を波がさらっていく感覚が、懐かしいわ。
「ネイサン先生、海の水が気持ちいいです」
「そうか、それは良かった」
突然先生が水を掬うと、私の方にバシャっと掛けてきた。
「やっ、冷たい! もう、お返し!」
「うわっ、こんなに掛けてないぞ」
あ、これこれ。恋人達のキャッキャウフフ。
だけど、想像してみて? 片や腹筋の割れたイケメン、片や派手な花柄のスカーフでほっかむりをした海女さん水着の令嬢。笑えるだろう?
変だけどいいのいいの、誰もいないプライベートビーチだし。思いっきりキャッキャしちゃうわ。
「はーもう、びちゃびちゃじゃないですか」
「海なんだから当たり前だろう? もうちょっと中に入ろう」
先生は私の腰に手を回し、海の中へ入って行った。
「先生、あまり深い所は怖いです」
「じゃあこの辺で。ほら、大丈夫でしょ?」
私は先生の肩に手を置く。わー浮いてるわ。先生は足が着いているから、私を腕で囲って支えてくれた。
「ヴァイオレットと一緒に来ることができて嬉しい」
「海女さんスタイルでも?」
「うん、海女さんでもヴァイオレットなら嬉しい」
先生は私のサングラスを頭の上にずらし、おでこ同士をコツンとするとふわりと笑った。やだ、至近距離で顔がいい。
私が呆けていると、そのままゆっくりと近付き口付けをされた。
「ネ、ネイサン先生?」
「キスくらい許してよ。この先は結婚まで我慢するから」
「は、はい」
先生は嬉しそうに笑うと、またひとつ私に口付けた。
◇◇◇◇
海から上がると、別荘に昼食が用意されていた。
「泳ぐと疲れるから軽めにしてもらったんだ」
「ありがとうございます。おいしそう」
テーブルにはサンドイッチやフルーツなどが用意されていた。
「あと、例のものを」
「かしこまりました」
執事がお盆にコーヒーカップを載せて戻ってきた。それをソーサーに載せ私の目の前に置く……ちょっ、この匂いは!
「味噌汁!?」
「当たりー」
え? なんで味噌汁がこんなところにあるの?
「この国には味噌があるんですか?」
「うん、ミッソ椰子っていう椰子の実の中に入っているんだ」
「ミッソ椰子……」
執事が椰子の実を半分に割った物を持ってきてくれた。前世の椰子の実は中に水が入っていたけれど、この国のものにはみっちり味噌が詰まっていた。
「うわ〜本当に味噌が詰まってる」
「さっきビーチに椰子の木があっただろう? あの実だよ」
「これ、うちの国に植えられませんかね?」
「暖かいところじゃないと育たないかもね」
「じゃあ、森さんちの温室に植えてもらおう」
私はコーヒーカップに入った味噌汁を飲んでみた。んん〜なぜかカツオ出汁が効いている。具はない。
「美味しいです!」
「そうか。こちらでは朝のカフェで飲むんだ。食事というより飲み物だね」
「それで具なしなのね。コーヒーカップに入っているのも納得です」
私達は、味噌汁とサンドイッチという組み合わせで昼食を食べた。変な組み合わせな気がするけど、不思議と美味しかった。
◇◇◇◇
後日、街に連れて行ってもらったら、本当にカフェで味噌汁が売っていた。パリの朝みたいにカフェオレとクロワッサンではなく、オシャレな街でカップに入った味噌汁とパンを食べる人達。シュールだ。
このミッソ椰子をみんなへのお土産にしよう。優さんや森さん、それにフローラも喜んでくれるかな。
「僕と婚約して正解だっただろう? 味噌も見つかったし」
「そうですね。でも味噌がなくても先生と婚約できてよかったですよ?」
「うぐっ、なんてかわいいことを。僕をころす気か」
ネイサン先生、耳を真っ赤にしてブツブツ言ってる。大丈夫かしら?
「味噌も見つかったし、醤油もあった。これで色んな和食ができますね」
「僕は生姜焼き定食がいいな」
「いいですね。向こうに帰ったら一緒に作りましょうね」
「楽しみだ」
帰ったら優さん達と集まって、和食パーティーでもやろうかしら。みんなで集まるのが楽しみ!
もうお酒も飲めるし、居酒屋メニューでもいいわね。
「あー、また友達と集まることを考えてるでしょ」
「なんでわかるの!?」
「なんとなく? まあ、君たちのワチャワチャは僕も見ていて飽きないから、いいけどね」
あ、それはいいんだ。ヤキモチを焼くのは男性限定らしい。
「そのかわり、僕も入れてよね」
「もちろん!」
きっと、結婚をしても子供ができても、優さんや森さん達との友情は変わらないんだろうな。
この世界で生きている限りはずっと……
読んでいただき、ありがとうございました。
番外編は一旦ここで終了です。謎は大体回収できたんじゃないかなと思います。
新作の執筆に入っていますが、落ち着いたら他の話も書くかも……。
またその時は読んでくださると嬉しいです。




