番外編 隣国への旅(1)
「わ~暖かい! むしろ暑い!」
「国境を越えたからね。領地まではあと三日かかるよ」
私は今、ネイサン先生のご家族にお会いするため、先生と一緒に馬車で隣国へ向かっている。先生の故郷グリーングラス公爵領は南の端、海があるんですって。森さんの領地以来の海だから、凄く楽しみにしているの。
「ねえ先生、いつ前世を思い出したんですか?」
「僕も、聖フォーサイス学園の入学式の日だよ。十五歳で留学したから、君達と同じパターンだね」
「あの校門には何かあるんですかね?」
「ん〜単純にゲームのオープニングの場所だからかな。デジャヴが引き金になったというか」
「なるほど」
「僕はゲーム開始までだいぶ時間があったからね。早く思い出せてよかったよ」
「それで留学先でそのまま教師になったと」
「一応教師になる努力はしたんだよ? ゲームの通りにしないと君に会えないから」
そっか、私に会いたかったんだ。ふふっ、七歳も年上なのにかわいいな。
「先生、ロリコン?」
「違っ! ちゃんと君達は実年齢より大人っぽく描いてるだろ!」
「ふふっ冗談ですよ。縦ロールの悪役令嬢にしないでくれて、ありがとうございます」
「するわけがない。僕はストレートヘアが好きなんだ」
そう言うと、私の髪を一房掬いチュッと口付けた。なっ、なんてことをするの!? どこの王子様だ! 照れるじゃない!
ハァ、いつになったらイケメンに耐性がつくんだろう……
◇◇◇◇
「まあまあ! よくいらしてくれたわね」
「長旅で疲れただろう。ゆっくりしてくれ」
グリーングラス公爵家に到着すると、ご両親が揃って出迎えてくれた。思っていたより熱烈歓迎だわ。すんごい数の使用人達が並んでいる。
「初めまして。隣国の公爵家より参りました、ヴァイオレット・ヘザートンと申します」
「お父上からも丁寧な挨拶状をいただいているよ。私はパトリック・グリーングラスだ。こちらこそよろしく」
「私はキャロライン・グリーングラスよ。お会いできて嬉しいわ!」
ふわ〜先生のご両親だけあって、美形ね〜。先生はどちらかというと、お父様似かな。お父様の方が少し目元が精悍だから、優しい目はお母様似ってことね。あら? 後ろにもうひとり美形の青年がいらっしゃるわ。
「初めまして、僕は弟のマーティン・グリーングラスです。姉上って呼んだらいいかな?」
「あ、姉上? ですが、私の方が年下だと伺っています。ヴァイオレットとお呼びください」
「わかったよ、ヴァイオレット。よろしくね」
「いきなり呼び捨てか」
あら、ネイサン先生がむくれてるわ。だけど、年上の方から姉上だなんて落ち着かないもの。
それより、マーティンさんも先生と似ているわ〜この家族、キラキラしてて眼福!
「もう、帰って早々ケンカしないの! さあさ、みんなでお茶でも飲みましょう」
お義母様に促され、私達は家族用の居間へと移動した。このお邸も広いわ〜どこの宮殿だよ。
「も〜私びっくりしちゃったわよ! いきなりネイサンが結婚するなんて言い出すんだもの。今までお見合いを勧めても全部断ってきたから、てっきり結婚する気がないのかと思っていたわ」
初っ端からお義母様のテンションが高い。この方が王妹でオリヴィア様の叔母様ね。
「そうだな。留学もそんなに乗り気ではなかったのに、入学した途端『僕はこちらで教師になるから、国には帰らない』って言い出すし。仕事に生涯を捧げるつもりなのかと思っていたよ」
「先生、そうなの?」
「まあ、うん」
なんとも先生の歯切れが悪い。
「うちは息子が三人いるから、次男がひとりくらい帰ってこなくてもまあいいかって、好きにさせてたのよ。そしたらまあ、こんなにきれいなお嬢さんを連れて帰ってくるなんてね! お母さん嬉しいっ!」
ちょっとうちのお母様やルイーザ小母様と同じ匂いがするわ。顔合わせしたら仲良くなれそう。
「ヴァイオレットさん、仲良くしてちょうだいね。私には娘がいなかったから、かわいい娘が増えて本当に嬉しいのよ」
「はい、お義母様」
「や〜ん! お義母様だって」
隣のお義父様をペシペシ叩きながら悶えていらっしゃる。あなたが一番かわいいです。
「あとは長男夫婦がいるんだが、あいにく王都で仕事があってね。結婚式の時に紹介するよ」
「ええ、お義父様。お会いできるのを楽しみにしておきますわ」
メイドの給仕が終わると、みんなでお茶を飲み一息ついた。
「そうそうヴァイオレットさん、オリヴィアともお友達なんですって?」
「ええ、王宮に通っておりました時に、よくお茶に誘っていただきました。もう王子妃教育は終わりましたけど、今でも仲良くしてくださっていますわ」
グリーングラス公爵家にも、私が第二王子の婚約者だったことは伝わっている。傷物どころかむしろ立派に教育を受けた令嬢でお買い得だと、オリヴィア様からも推薦があったらしい。本当はポンコツなんだけどな。
「僕よりもお茶をした回数が多いかもしれない。オリヴィアばかりずるいよ」
「あら先生、これからお茶などいくらでも飲めるでしょう?」
「でも、学園で毎日会えなくなった」
「兄上、駄々っ子かよ」
マーティンさんがクスクスと笑う。本当に、どっちが年上がわかんなくなるわ。あら? 中身の年齢では私が年上か。まあ、年下もかわいくていいわよね。
「ネイサンがベタ惚れなのはよく分かった」
「そうね、従妹にまで嫉妬するなんてよっぽどよ」
「あんな兄上は初めて見たよ」
やだ、ご家族から指摘されるとなんだか恥ずかしいわ。
「ふたりは教師と生徒だったんだろう? 生徒に手を出すなんて、意外とやるね兄上」
「まだ出してないぞ。在学中もちゃんと我慢してた」
「がまん? えっと、私が全く気付いていなかったくらいですから、本当に何もなかったんですよ。ネイサン先生は真面目な先生ですから」
「うーん、それもちょっと寂しいけど。ヴァイオレットは鈍感すぎる」
えー分かんないわよ。普通にしてたわよね?
「何かありましたかしら?」
「魔法学実習の時に結構接触してたんだけど、ドキドキしなかったの?」
「うぇっ? バックハグとか、あれわざとだったんですか?」
「うん」
「じゃあ、バレンタインにチョコを欲しがったのも?」
「もちろん、わざとだよ」
いい顔で笑ってるわ。こんの〜イケメン攻略対象め! ドキドキしてたわよ!
「もうどさくさ紛れじゃなくても、触れられる立場になったからいいけどね」
サラッと何言ってるんだ、このセクハラ教師め!
「ヴァイオレットさん、顔が真っ赤よ」
「うあ〜恥ずかしいですっ」
「あらあら、仲のよろしいことで」
お義母様達からニヤニヤされちゃったじゃないの。もう! 先生のお馬鹿!
ご挨拶も済み、滞在するお部屋に案内されるとネイサン先生もついてくる。メイドが扉を少しだけ開けて下がると、部屋にふたりきりになった。
「先生、仕事に生涯を捧げなくてよかったんですか?」
「違うよ! 前世の記憶が戻って、君が入学するのを待っていただけだ」
「えっ、ありがとうございます。あと、私が卒業して寂しかったんですか?」
「うん、授業がなくても倶楽部では会えていただろ? 毎日ヴァイオレットが足りない」
私を抱き寄せると、肩にグリグリと頭を擦り付けた。なんだこのかわいい生き物は。思わず頭をよしよししちゃった。
「結婚したら毎日会えますよ」
「じゃあもう今日結婚しよう」
「それは無理です。貴族は色々と段取りがあるので」
「チッ、流されてくれたらいいのに」
あ、かわいくなかった。腹黒策士だわ。
「マーティンにもあまり近づいちゃ駄目だよ」
「なぜですか?」
「あいつはフロプリ続編の攻略対象だからな」
「えぇーーー!? そうなの?」
「ああ、続編はこちらの国が舞台なんだ。知らなかった?」
「リリース前に死んじゃったんで!」
まさかの新事実が発覚した。それで食いしん坊日記の主も、ネイサン先生が公爵家の人だって知ってたのね。
「あいつも顔はいいから」
「ふふっ、先生以外の人に興味は無いですよ」
「ああもう、好き過ぎる」
そう言うと、先生はまた私をギュッと抱きしめた。




