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悪役令嬢なんてめんどくさいんです〜ヒロインをイジメる暇があったら、異世界ライフを満喫したい〜【本編完結】  作者: 麻咲 塔子


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番外編 ある文官の人生

俺の名前は、ゲイリー・ウォーカー。しがない男爵家の次男として生まれた。

次男という事は家を継ぐわけでもなく、どこかに婿入りするか自分で身を立てるしかない。俺にも自分で店を開くという夢があったが、諸事情で断念。結局、学園を卒業後は王宮の文官として働く事になった。


仕事はそれなりにできたが、何かコネがあるわけでもない。出世はしなくても、地味な部署で定年まで無難に勤められたらそれでいい。楽しみなんて食べる事くらいしかなかった。


文官になって数年後、見合いで知り合った二つ年下の男爵家の娘と結婚した。特に際立った容姿ではないが、明るく愛嬌のある女性だった。彼女も次女だったので継ぐ爵位もない。あまり身分にこだわりのない俺には、むしろその方が気楽だった。


結婚から二年後、女の子が産まれた。そのまた三年後には男の子も産まれた。ふたりはすくすくと成長し、俺もかつて学んだ王都の学園に進んだ。学園は、貴族も平民も平等に学ぶことが出来る。ふたりは友人を作り楽しく通っていたようだ。


子供が在学中は、妻と一緒に学園祭へ行った。学園内を歩くと色んな事を思い出し、とても懐かしく感じた。いつもお世話になっていたカフェテリアに行きたかったが、学園祭の間は休みのようだった。本当に残念だ。もう一度あの幻のスープを飲みたかったのだが……



子供達が独立した後は、また妻とふたりの生活に戻った。彼女は貴族の娘にしては珍しく、料理ができた。俺がボリュームのある食事が好きなのを分かっていて、毎日美味い物を食べさせてくれた。平凡だが、幸せな生活だったと思う。



六十歳で文官の仕事を定年退職することになった。ずっと支えてくれた妻に、最後の出勤日には花を買って帰った。ご馳走を作って待ってくれていた妻に花を渡し、長年の感謝の気持ちを伝えると涙を流して喜んでくれた。


若い頃は自分の運命を悲観し、愚痴るばかりで生きる意味を失った時期もあったが、妻のお陰で穏やかで温かい家庭を築くこともできた。過ぎてしまえば、こういう生き方も悪くないと思えた。


それから一年後、俺の中ではとっくに忘れかけていた記憶を呼び起こす出来事があった。

王家に第二王子が誕生したということが発表されたのだ。国中お祝いムードに包まれたが、俺だけは複雑な気分を味わうことになった。


――その王子の名は、『バーナード・ガルブレイス』――



あの前世を思い出した時から、ずっと探していた名前だ! まさか王宮を辞した翌年に、その名を聞く羽目になるとは思いも寄らなかった。


そう、あのゲームのメイン攻略対象がこのタイミングで産まれたのだ。だとするとゲームの開始まであと十七年もある。ハハッ、いくら探しても見つからないはずだ。六十年以上も時間軸がズレていたのだから。


だが、あの頃ほどの落胆は無かった。ただ縁がなかっただけのこと。ゲームのイベントを生で見るという夢は叶わなかったが、日本で一度死んだはずの俺がまた新しい人生を歩めたのだ。それで十分ではないか。

あの頃にゲームの内容を書き留めた日記帳も、何度かあった引っ越しの時になくしてしまっている。もう内容もうろ覚えだ。今更イベントを追いかけようとは思わない。これからは妻とのんびり暮らしていけたらそれでいい。



退職後は、妻と毎日散歩をし商店街で買い食いをしたり、カフェに寄って甘い物を食べたりするのが楽しみになった。




◇◇◇◇


あれから十数年、相変わらず日課の散歩は続けている。お陰で足腰も丈夫になり、あと数年で八十歳になるというのに、俺達夫婦はすこぶる健康だ。


新聞では連日、第二王子の婚約解消のニュースで賑わっていた。ああ、もうそんな時期かと思ったが、どうも俺の記憶とは少し違う。悪役令嬢は断罪されて、国外追放や修道院入りになるルートだった気がするが、『あくまでもヘザートン公爵令嬢に非はない。これまでの献身に感謝する』と王家から発表されている。しかも婚約解消したのに、第二王子とヒロインとの婚約発表もない。どういう事だろう……?


とはいえ、高貴なお方の事情は庶民には関係ない。次第に話題は違うものに移り代わっていった。


最近は、商店街に見たこともない新しい食べ物が登場するようになったと、話題になっているそうだ。気になって仕方がない妻と一緒にお菓子屋さんへ行くと、そこに売っていたのはなんとまんじゅうだった!

まさか、この世界で和菓子に遭遇するとは思わなかった。七十数年振りのあんこは、とても懐かしい味がした。妻も気に入ったようなので、また買いに行く事にしよう。


商店街を抜けて広場に出ると、テントが建ち並び何かのイベントをしていた。


「あなた、何かやっているようですよ。見に行ってみましょう」


妻に引っ張られるように広場に行くと、何かの試食会をしているようだった。テーブルセットがいくつも置かれ、沢山の人が座っている。

エプロンを着けて三角巾を頭に巻いた若い娘さんが、俺達にも声を掛けてくれた。


「おじいさん達も良かったら座ってくださいな。試食は無料ですから」

「まあ、いいのかしら?」

「ええ、できるだけ沢山の人に食べて貰いたいから是非!」


ワクワクした様子の妻につられて、俺もテーブルについた。先程声を掛けてくれた娘さんがお盆を持って戻ってくる。


「なんの試食会なの?」

「この白い物は『お米』と言うんですよ。元々は隣国の穀物なんですけど、去年から我が国でも栽培を始めたんです」

「お米だって!?」

「あら、おじいさんご存知なの? 今日はおにぎりと卵とじをかけた物にしてみましたの」


目の前に置かれたのは、小さな白いおにぎりと、小ぶりの茶碗ほどの器に入れられたもの――


「まさか、カツ丼?」

「ええ、どこかで聞かれたんですか? これは豚肉に衣を付けて揚げた物を、めんつゆという調味料で味付けして卵でとじた料理です」

「めんつゆ! めんつゆがあるのか!」

「ええ、ヘザートン領の特産品なんですよ。今まで領内でしか出回っていなかったのですが、今度商店街でも売り出すんです」

「まさか醤油もあるのか?」

「まあ、おじいさんよくご存知ですね。醤油はこれですよ」


娘さんがエプロンのポケットから取り出したものは、昔学園で見たクッソ不味いと噂の疲労回復ドリンクの瓶だった。


「これが、醤油?」

「ええ、めんつゆは甘めなので、もう少し濃い目がよければ煮る時に少し混ぜるといいですよ。疲労回復効果があるので、ちょっと元気になるし」

「ハハッ、醤油も昔からあったんだな……」


親切に教えてくれた娘さんにお礼を言おうと、顔を上げて固まってしまった。この顔は……っ!


「ヴァイオレットー! ちょっとこっちもお願い!」

「はーい! じゃあおふたりともごゆっくり」


ああ、そうだ! 悪役令嬢ヴァイオレット・ヘザートン! 


「ユージェニーさん、次のおにぎりも出来ましたよ」


あちらにいるのは、同じく悪役令嬢のユージェニー・グラントとモリー・ファニング! 町娘のような服装をしているが、れっきとした貴族の令嬢達がこんな所で何をしているんだ? 国外追放はなかったのか?


「あなた、ぼんやりしてどうしたんですか?」

「えっ、あぁ、すまない。冷めないうちにいただこうか」

「ええ、とってもいい匂いがしますね」


ずっと食べたいと思っていたカツ丼。スプーンで掬って口に入れる。


「美味い……美味いな」

「ええ! 初めて食べましたが、とっても美味しいですね。玉ねぎも入っているわ」


もう二度と食べられないと思っていたのに、まさかこの歳になって食べられるなんてな。


「お嬢さん、このお米はどこで手に入るのかしら?」

「もうすぐ王都でも売り出しますよ。商店街で炊き方講座もする予定なんです」

「まあ本当に? 主人が気に入ったみたいだから、この料理を作ってあげたくて」

「あらっ、仲良しなんですねぇ。商店街のお肉屋さんで豚カツも売ってますよ。めんつゆも色んなレシピ付きで売る予定です」

「それは是非買わなくちゃ! 教えてくれてありがとう」

「いえ、気に入って貰えて嬉しいです。よかったら、このノートに感想を書いてもらえませんか? 今後の参考にしたいので」

「ええ、もちろん。協力させてもらうわ」


妻はとても丁寧に感想を書いていた。俺も一言書かせてもらおう。


「あら、あなた。いくら通訳の仕事をしていたからって、こんな時まで外国語を使わなくても……誰も読めないでしょう?」

「大丈夫だ。誰かひとりくらいは読めるだろう」



◇◇◇◇


「お父様、今回も沢山の感想を書いてもらいましたわ!」

「ヘンリー小父様、食べてくださった方々にも好評でしたわよ」

「あんなに行列ができるなんて思いませんでしたね」


「三人ともありがとう。料理の指揮をとってくれて助かった、ノートは今から確認するよ。お茶を準備させるから、ゆっくりしていってくれ」

「小父様、ありがとうございます」

「お言葉に甘えて、お邪魔いたします」



◇◇◇◇


「ノートの感想でも概ね好評のようだな。カレーもそうだったが、ご飯にかける系は流行るかもしれんぞ。ん? これはなんだ。外国語か暗号か? 近隣国の言葉ではない。もしや古語か……試しにあの三人に聞いてみるか」




「ユージェニー、お茶の最中にすまない」

「あらお父様、どうなさったの?」

「この文字は古語かな? 倶楽部活動で見た事はないだろうか」

「小父様、どれですの?」

「これなんだが……」

「「「日本語!」」」

「しかもこの筆跡に見覚えが……」




『人生で一番美味いカツ丼だった。ありがとう、ごちそうさま。』


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― 新着の感想 ―
まだご存命だったかー!!よかったー!
あの日記の主が気になっていました。もし生きていたら彼女たちの料理が食べさせてあげたいとも思っていました。 だから今回の話にとても嬉しく思いました。有り難う
やだもうこれ泣いちゃう…!! 80過ぎてふるさとの食べ物を食べられるだけでも感動するのに、あれだけ食べたかったカツ丼を食べられたんだもの…嬉しかっただろうなぁ〜!!! ぜひ冬にはおでんを食べさせてあげ…
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