番外編 学園長先生と理事長夫人
番外編始めました。
「学園長先生、今年も無事に卒業していきましたね」
「理事長夫人、この学年は色々な事がありましたね」
カフェテリアから出たテラス席。学園長と理事長夫人がコーヒーを手に一息ついていた。
敷地内の桜の木も、つぼみが膨らみ始めている。
「ええ、印象深い生徒が多かった気がしますわ」
「このピザ窯を見るたびに、あの子達を思い出すんでしょうな」
「あちらのかまどは災害時に使うんでしたね?」
「はい、今年から家庭科という教科を増やそうと考えています。料理の仕方を知っていれば、災害時に役に立てるとあの子達が言っていたのですよ」
「貴族の子達も率先して覚えようとしていましたわね」
「時代は変わりました。いつもは使用人任せの貴族にも、知識があるとないとでは違ってくる。それをこれから生徒達に教えていきますよ」
ふたりはコーヒーを一口飲んだ。
「それは良いことです。またここであの賑やかな風景が見られますわね」
「家庭科室もそのうち作りたいと思っていますが、薪で火を熾す方法も知っていてほしいですからね。ここで一度は実習するつもりです」
「講師はもう決まっていらっしゃるの?」
「これから依頼するつもりです。あの子達、引き受けてくれるでしょうか」
「まあ、まさか――」
「ええ、ヴァイオレットさんとユージェニーさんですよ。結婚準備のために家にいるそうなので」
「きっと引き受けてくれますわ! あのふたり、意外と面倒見がいいんですよ」
「そうですな。高位の貴族にしては気さくで、珍しい子達でしたね」
ふたりは同じ事を頭に思い浮かべた。
「ふふっ、あの劇、傑作でしたねぇ」
「まさか男装までするとはねぇ」
「あの時の衣装を見て、同じテーラーで服を作ってもらったんですよ。どうです?」
「まあ、これをあの女子生徒が作ったんですか? 学園長先生、とても素敵ですよ」
「ありがとう。あの子達は、クラスメイトの才能を引き出すのも上手かった」
「いつの間にかクラスメイト達の心も掴んでいましたものね。あの男子達が護衛みたいに取り囲んでいたのには笑いましたわ。本人達はちっとも気付いていないんですもの」
結局、卒業する日までこの暗黙の掟は続けられていた。卒業式で無事婚約解消されたのを見届けると、安心したかのように自然と解散したようである。
「あの窯でお芋も焼きましたねぇ」
「ああ、あの匂いは学園長室まで漂ってきていたんですよ。あの子達が作る料理の匂いには、抗えませんでしたな。いつも珍しい料理をご馳走してくれました」
「あら、他にも何かあったのですか?」
「学園祭の試作でもご馳走してもらいましたが、ネイサン先生を巻き込んで部室でもこっそり料理をしていましてね。ギョウザとかいう、食べたこともない肉料理を作ってくれました。あれは美味かった……また食べたいものですな」
「そのような料理を、どこで覚えてきたんでしょうね? 生粋のお嬢様達なのに」
ふたりは首をひねったが、分かるわけがなかった。きっと、倶楽部活動中に異国の本でも読んだのだろうと結論付けた。
「そうだ、このお菓子を食べてみてくださいな。商店街で見つけた新商品なんですけどね、おまんじゅうというお菓子です。意外とコーヒーにも合うのですよ」
「ほう、一口サイズですな。ん、中に黒くて甘い物が入っていますね。美味い」
「それは、アンコと言うらしいです。豆を甘く煮て潰したんですって」
「なんと、豆を甘くするとは斬新な料理法ですな」
「美容と健康にもいいらしいんですよ。きっと流行りますよ。本当に凄い子達だわ」
「まさか、これも?」
「ええ、商店街のアドバイザー的なこともしているそうです。オジサン達にも気さくに話しかけてくれるからって、娘か孫を愛でるかのように密かな人気者になっていると元美術部の子から聞きました」
「ああ、あのポスターを描いた子か」
『フォーサイスの華』のポスターは、未だに学園長室に飾られている。劇を観て気に入った学園長がポケットマネーで買ったらしい。
理事長夫人が眉根を寄せて続けた。
「あの卒業式で冤罪を掛けられそうになった時に、私も出て行こうかと思っていたんですよ。ずっと見守っていましたからね。あの子達の潔白を証明しなくちゃと思って」
「その必要はありませんでしたね。周りがみんな味方になっていた」
「ええ、あの子達の人柄のおかげか、いい仲間に恵まれましたわね」
「そうですな。あの生徒会の三人も辺境騎士団へ入団したそうですよ」
「あら、そうなんですね。あの三人も悪い子達ではなかったんですが、婚約者が絡むとどうも……一度環境を変えてみるのも、彼らにとっていいかもしれませんわね」
「ふむ、元々カリスマ性はある子だ。己の傲慢さに気付き、省みる事が出来ればまた道は拓けるでしょう。あとのふたりも、案外騎士団が合ってるかもしれませんから」
静かだったテラスにも、廊下からガヤガヤとした生徒達の声が聞こえてきた。
「オバちゃーん! ノートが欲しいんだけど!」
「ハイハイ、ちょっと待っておくれ!」
「おや、もう休み時間かな」
「そろそろ、売店のオバちゃんに戻る時間ですわ。学園長先生、またお茶に来てくださいね」
「ええ、またお話しましょう、理事長夫人」
学園長先生と理事長夫人の秘密のお茶会は、これからも続いていく。




