70 社交界デビュー 最終話
5/13セリフを若干修正しました。
お茶会ですら面倒くさくて避けていた私達も、成人年齢の十八歳になり、学園も卒業して学生でもなくなった。さすがにこれ以上、社交界デビューを引き延ばすわけにはいかないのよね。
この国の社交界デビューは大体十六歳から十八歳あたり。成人式のように決まった日はなく、どの夜会でデビューしてもいいのだ。
なのでせっかくならと、王宮で行われる王家主催の夜会でデビューすることになった。私と優さんがデビューするならと、ひとつ年下の森さんも同じ日にデビューすることになったの。
卒業式でド派手な婚約解消劇を繰り広げる羽目になった私達三人は、保護者に貴族も多数出席していたため顔も知られてしまった。『だったらもう開き直って三人でデビューしちゃいなさいよ』と、うちのお母様とルイーザ小母さまの鶴の一声で決まったのである。まあ確かに、バラバラにデビューしてコソコソ噂されるより、三人固まっていた方が心強いわ。
エスコートはそれぞれ新しい婚約者がしてくれる。優さんはフレデリックお兄様、森さんはオルコットさん、私はネイサン先生。
まだ婚約者がいない令嬢は、兄弟や親戚などの歳が近い男性がエスコートをする。社交界は貴族の出会いの場でもあるので、デビューしてから婚約者を探すのもアリなのだ。
「君の社交界デビューをエスコート出来て、本当に嬉しいよ」
「フレデリック様、私も嬉しいです。素敵なアクセサリーもありがとうございます」
「あぁ、ユージェニーによく似合ってるよ」
見つめ合いながらこんな甘々な会話を繰り広げているのは、優さんとフレデリックお兄様。優さんの胸元と耳には、お兄様の瞳と同じ青紫色のタンザナイトが輝いている。お兄様ったら、独占欲丸出しね。
その隣には森さんとオルコットさんもいる。
「私、夜会に出席するのは初めてなので緊張します」
「僕が一緒にいるから大丈夫だよ。後でダンスを申し込んでもいいかい?」
「もちろん、だけど人前でダンスをするのも初めてなんです」
「あの筋肉とは踊らなかったの?」
「ええ、一度もそんな機会はありませんでしたね」
「よかった! 僕が君の初めてのパートナーか」
「お手柔らかにお願いします」
オルコットさんも、あの自信なさげな雰囲気から少し変わった。ずっと片思いをしていた相手が自分を選んでくれたんだもの、自信もついて頼もしく婚約者をリードする男性に見えるわ。
「君は婚約者と一緒にいるのに考え事かい?」
「ふぇっ?」
拗ねたような表情で私を見るのは、婚約者となったネイサン先生。イケメンは拗ねても格好いいんだな。
「えっと、デビューのエスコートが先生で良かったなと思って」
「僕も良かったよ。あのクソ野郎からエスコートされる君を見たら、怒りで滅していたかもしれない」
ちょっと、笑顔でとんでもない事を言ってるわ。しかもこの人の魔力なら本当にやれそうだし。
「きれいだ、ヴァイオレット」
「あ、ありがとうございます」
美形から言われると照れるわ。デビューをする女性は、全員白いドレスを纏っている。ベールなしのウエディングドレスみたいで皆初々しい。
「今日は僕から離れちゃ駄目だよ。デビューしたての子に不埒な事を目論む輩もいるからね」
「こわっ! 分かりました。ずっと一緒にいます」
「ふふっ、まあそんな事はさせないけどね」
この人、目がマジです。王宮を阿鼻叫喚に陥れるのだけは止めてください。
「本日デビューの皆様、男爵家から順にご案内致します」
王宮の案内人が、私達がいる会場横の控室に知らせにきた。お父様やお母様達はすでに入場していて、最後に今日デビューする私達が迎えられるのだ。私達を含め二十人ほどの令嬢が緊張したような面持ちになった。
「いよいよね」
「私達、お先に行ってますね。ティムさん行きましょう」
「あぁ。モリーさん、お手をどうぞ」
三人の中で一番初めに入場するのは、子爵家の森さんだ。オルコットさんに手を添えるとガチガチになって歩いて行った。
「モリーさん、頑張って! あの子ガチガチね、大丈夫かしら」
「オルコットさんもいるし、なんとかなるでしょ」
控室から顔を出して見ていると、会場からは案内人の声が聞こえてくる。
「モリー・ファニング子爵令嬢、ティモシー・オルコット伯爵令息ご入場!」
森さん達が入場したのか、大きな拍手が響いている。良かった、無事に入れたみたいだわ。順に伯爵家、侯爵家と令嬢達がパートナーと共に案内されていく。
「次はユージェニーよ」
「ええ、大丈夫。大丈夫よ」
優さんは手の平に『人』という字を書いている。その前世の緊張をほぐすやつ、懐かしいな。
「行こうか、ユージェニー」
「フレデリック様、お願いします」
ふたりは手を取ると、会場へと向かった。
「ユージェニー・グラント侯爵令嬢、フレデリック・ヘザートン公爵令息ご入場!」
優さん達も無事入場した。最後は私達ね。ふぅー、緊張する。
「ヴァイオレット、リラックスだよ」
「無理です。人前で注目されるのに慣れていないので」
「劇で注目されていたじゃないか」
「人数が違うわ!」
今日は国中の貴族が集まる王家主催の夜会なのよ! 学園とは規模が違いすぎる! だけど、有無を言わさず順番はやってくる。
「ヴァイオレット・ヘザートン公爵令嬢、ネイサン・グリーングラス公爵令息ご入場!」
私は令嬢アルカイックスマイルを顔に貼り付けた。
扉が開くと大勢の拍手に迎えられ、私達は入場する。『大丈夫だよ』と言うように、ネイサン先生がキュッと手を握ってくれた。前を向いたままだけど、手袋越しでも伝わるその気持ちが嬉しい。会場の両側にはすでに入場していた貴族達が並び、真ん中にデビューしたての私達が並んでいった。よかった、躓かずに歩けたわ。
奥の少し高い所には王族が座っていらっしゃる。国王・王妃両陛下と王太子・王太子妃両殿下だ。バーナード様は辺境から帰っていないみたい。国王陛下が立ち上がると、会場は静まり挨拶をいただく。
「今夜は、新しく大人の仲間入りをした令嬢方を迎えられて嬉しく思う。どうか皆も温かく導いてやってくれ」
また大きな拍手が起こり、夜会が始まった。私達は入場した順番そのままに王族へとご挨拶に向かった。男爵家子爵家などは、自己紹介と淑女の礼をしてアッサリ終わることが多い。王族も頷いて終わりとか、稀に『頑張りなさい』などお声掛けがある程度。森さんもそれに倣って挨拶をする。
「モリー・ファニングと申します。お目に掛かることができて光え――」
「ああ、ファニング嬢か。君の家は実に面白い薬を作るね」
森さんが挨拶をしていると、先日正式に立太子されたレイモンド王太子殿下が声を掛けられた。
「あっ、あの時の胸毛の薬ね!」
学園祭での騒動を思い出したオリヴィア様も声を上げられた。
「なに? あの胸毛の」
「まあ、胸毛の魔法薬を作った家のお嬢さんね」
国王陛下と王妃陛下も話に加わる。王族の間では、薬草やお米よりも『胸毛薬のファニング家』として記憶されてしまったようだ。まさかお声掛けがあるとは思わなかったんだろうな、森さんはオロオロしている。
「そ、その節はお騒がせ致しまして申し訳ありませんでした」
「いや、構わない。魔法薬の名家であるオルコット家と縁付いたと聞いている。これからも国民のためにいい薬を作っておくれ」
「「ありがとうございます」」
国王陛下から直々のお言葉を賜り、オルコットさんと共に礼をし森さんの番は終わった。その後も順調に挨拶が続き、優さんの番になった。
「ユージェニー・グラントと申します。お目に掛かることができて光栄です」
「うむ、父親と共に米の普及に尽力してくれているそうだな。礼を言う」
「陛下、勿体ないお言葉でございます」
「ユージェニーさん、ソフィアやヴァイオレットさんと共に、あなたも仲良くしてちょうだいね」
「オリヴィア妃殿下、光栄でございます」
「ヘザートン公爵子息も、父の仕事を学んでいると聞いた。王太子の治世を支えてやってくれ」
「かしこまりました。ユージェニーと共にお支えできるよう励みます」
優さんとお兄様も無事に挨拶を終えた。いよいよ私の番ね。
「ヴァイオレット・ヘザートンでございます。お目に――」
「堅苦しい挨拶はよい。ヴァイオレット嬢、王家から望んだ婚約であったにも関わらず、愚息が迷惑を掛けてすまなかった」
両陛下から頭を下げられてしまった。卒業式での顛末は保護者として出席していた貴族によって拡がっていたが、公の場でそうすることによって、改めて私に非がないことを示してくださったのでしょう。
「頭をお上げくださいませ! 私こそ至らなくて申し訳ありませんでした」
「あなたはとても良くやってくれていたわ。全部バーナードが悪いのよ。ごめんなさい」
「王妃様……」
「オリヴィアの従兄である、グリーングラス公爵子息と婚約が整って安心したわ。幸せにね」
「ありがとうございます」
バーナード様とよく似たきれいな顔で、少し切なそうに王妃様は微笑まれた。
「ネイサン、ヘザートン家が持つ伯爵位を譲り受けると聞いたが、それはフレデリックの子に取っておけ」
「どういう意味ですか? レイモンド殿下」
「お前に殿下とか言われると気持ち悪いな。俺の側近は断られてしまったが、相談役にはなってくれるんだろう?」
「まあ、授業があるし研究にも時間を使いたいので渋々ですが」
ネイサン先生、王太子殿下に対して友人同士の気安さになっている。苦笑いをしたレイモンド殿下が、キリッと顔を作り直して切り出した。
「そこでだ、先日の防犯カメラ研究の功績に対して、爵位を授けようと思う」
「は?」
「誰も見たことがない画期的な魔道具を開発したのだからな。王太子の相談役としても相応しい爵位『魔法伯』を授けることにする」
「「ええ〜!?」」
そんな話聞いてないわ! 魔法伯と言えば、爵位は伯爵と付いているけれど辺境伯と同じく侯爵相当の高位に当たる。
「これからも、我が国の魔法の発展のために頼むぞ」
「……はい。謹んでお受け致します」
陛下にまで言われてしまっては、もう断るすべもない。ネイサン先生は後日叙爵式をもってグリーングラス魔法伯家を興すことになってしまった。
「やられたな」
「先生、大変なことになっちゃいましたね」
「まあ、名前だけだろう。領地なしの名誉職だよ。僕はそのまま学園に残るわけだし」
「そうですね。特に変わりはないか」
最後の私達の挨拶が終わると、華やかな音楽を楽団が奏で出す。ちょっと気取ってネイサン先生が手を差し出した。
「ヴァイオレット嬢、私と踊っていただけますか?」
「はい、喜んで」
先生に手を取られ、ホールの中央に向かった。他のデビューした令嬢達も、それぞれパートナーと一緒に踊りだす。
先生と踊るのは初めてだけれど、きちんとリードしてくれるからとっても踊りやすいわ。足を踏まれる心配もない。
優さんも森さんも、とても楽しそうに踊っているのが見えた。
「余所見とは余裕だな」
「先生とは踊りやすいから、安心して余所見ができるんですよ。ほら、優さんも森さんも幸せそうでよかったなーって」
「ヴァイオレットは?」
「もちろん幸せですよ。悪役令嬢の私にこんな日がくるなんて思っていなかったです」
国外追放か修道院、最悪の場合は娼館落ちになるはずだったんだもの。三人で足掻いてよかったわ。その三年間も、思い返せば結構楽しかった。色んな発見や体験も出来たし。
だけど異世界にはまだまだ知らない事がいっぱいありそうで、ワクワクする。せっかく生まれ変わったんだもの、ゲームには出てこなかった事も楽しまなくちゃ勿体ないわ。
「いつか、先生の生まれ育った国にも連れて行ってくださいね」
「もちろんだ、どこにでも連れて行ってあげる。一緒に幸せになろうな」
「はい!」
曲が終わると、ネイサン先生はギュッと私を抱きしめた。
もう私達を悪役令嬢だと思っている人は誰もいない。優さんも森さんも好きな人と結ばれ、私も元攻略対象のネイサン先生と結婚します。
原作ゲームとは全く違う結末になったけれど、ひとつくらいこういうエンドがあってもいいわよね?
ゲームが終わった後も、まだまだ私達の人生は続いていくのだから……
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
こんなに長いお話を書いたのは初めてで、果たして読んでくれる人はいるのだろうか……と不安になったりもしましたが、毎日リアクションが付いているのを見てとても嬉しかったです。
感想をくださった方もありがとうございます。ブクマやお気に入りユーザー、評価をつけてくださった方々も、応援していただき本当にありがたいです。
あと四話ほど、本編に入れられなかったエピソードを番外編として書いております。別作品の執筆と並行して推敲作業に入りますので、少し間が空くかもしれませんがまた読んでいただけると嬉しいです。