7 王立図書館(1)
私達の所属する倶楽部『いにしえの古文書解読研究会』は、週に一度くらいのゆるいペースで続いている。私には王子妃教育(という名の習い事)もあり、毎日は活動出来ないから。
ネイサン先生も仕事が忙しく来られない日もあり、優さんとふたりだけの日ものんびりと楽しく活動していた。
今日は放課後に、優さんとふたりで王立図書館へ来ている。
うわ、二階三階まで吹き抜けになっていて天井が高い。その壁面全てが書棚、所々にハシゴやらせん階段なども設置されている。一階にも沢山の背の高い書棚が設置されてて、まるで迷路のようだわ。二階と三階には対面にも行けるよう渡り廊下まで掛けてあるの。読書や調べ物ができる机にはアンティークっぽいランプが置いてあって、落ち着いた雰囲気ね。所々に銅像や石膏像なども飾ってあるから、まるで美術館みたい。
「うわぁ〜壮観ね!」
「国で一番の図書館だもの。国内で発行された本のみならず、国外の本やよくわからない古文書までありとあらゆる本が置いてあるわ」
前世の外国映画で、こんな感じの図書館を見たな。素敵……一日中でも居られそう。
「さあ、例の書物を見に行きましょう」
そう、今日の目的はこの『いにしえの古文書解読研究会』発足のヒントになった、以前優さんが見たという日本語の書いてある書物だ。
「確か、閲覧はできるけど貸し出しは禁止になってる奥の書庫にあったのよ」
優さんについてその書庫まで行く。それはロマンスグレーの司書さんのいる場所の奥にあった。
「お嬢さん、今日も来たのかい」
「えぇ、入っても大丈夫かしら?」
優さんは司書さんとも顔見知りのようだ。さすが読書好き、よく来ているのね。
「どうぞ、ここのは貸し出しは出来ないけど読むのは自由だよ」
「ありがとう」
奥の部屋にも、沢山の書棚がある。部屋も結構広いわね。所々に机と椅子が置いてある。
「これこれ、あったわ」
優さんが持ってきてくれた書物は、本と言うより……表紙が厚いノート? 手書きみたい。
「どうも日記みたいね」
「本当ね。前は気付かなかったけど、これ日記帳だわ」
私達は書棚の間にある四人がけテーブルにつき、横並びに座って読むことにした。人のいない書庫ではあるけれど、内容が内容なのでヒソヒソと小声で話した。
『○年○月○日
今日から日記を書くことにする。俺は気付いたらこの世界にいた。
日本人としての記憶が戻ったのは、聖フォーサイス学園の門を潜った時だ。』
「すみれさん、これ!!」
「えぇ、私達と全く同じ状況だわ! 続きを――」
『ここは俺がスマホでやっていた乙女ゲーム「フローラ〜花の乙女とプリンスたち〜」の世界で間違いなさそうだ。調べてみたら、ヘザートン公爵家やグラント侯爵家、ベイリー侯爵家もボールドウィン伯爵家も存在した。王族の名前もガルブレイスで一致している。』
「きっとこの人も転生者ね……」
「そうみたい。しかも結構ガッツリやり込んでいたようね」
「私達みたいな当て馬キャラの家名と爵位まで覚えてるとか、普通にすごくない?」
「ヒロインに嫌がらせする時くらいしか、出てこないのにね」
あくまでもメインはヒロインと攻略対象者達だ。私達は悪役令嬢(仮)だが、所詮脇役でしかない。
「ね、すみれさん、ここの日付けを見て」
「なになに? えっと、六十年以上前ね」
「道理で古ぼけてるわけだ」
でも、あれ? 六十年以上前? なんでだ?
「優さん、この日記は六十年以上前の物だけど、書いたのは明らかに私達と同じ時代に日本で生きていた人よね?」
「うん、スマホとか出てくるし、なにより同じゲームをやってたわけだし」
「なんか不思議だけど、続きを読んでみようか」
『○年○月○日
学園の中でヒロインを探してみたが、それらしい女子生徒はいない。
ヘザートンという家名の生徒はいるが、男だった。王族も学園に入学していない。
ボールドウィンという家名の生徒もいるが、ゲームのキャラとは容姿が違う気がした。』
「でしょうね。六十年前に私達がいたらおかしいもの」
『どういうことだ? ゲームのキャラが学園にいないなんて、なにかのバグだろうか。
俺のこの世界での名前も、ゲームに出てきた覚えがない。恐らくただのモブだ。
まぁ、そこはいい。あのゲームの場面が生で見られるんだからな。
ただキャラがひとりもいないのが気になる。もう少し調べてみよう。』
「モブかぁ……気楽でいいわね」
「私も悪役令嬢じゃなくてモブが良かった」
だって……少なくとも断罪はされないもの。なんかふたりでしんみりしちゃった。
よし! 気を取り直して、続き続き!
『○年○月○日
今日は学園のカフェテリアに行ってみた。
ゲームで見たのと同じで感動した! とりあえずAセットをたのんだ。
メニューは日替わりで、トマトソースのシーフードパスタと生野菜サラダとスープがセットになっていた。
パンも追加すればよかったかな。少し物足りなかった。』
『○年○月○日
今日はカフェテリアでBセットにしてみた。
チキンステーキにつけ合わせの生野菜サラダとベイクドポテト。それにパンが付いていた。
スープも欲しかったな。でも味はなかなか。』
『○年○月○日
今日は売店でサンドイッチを買ってみた。
美味しいっちゃ美味しいんだけど、シンプルすぎる。
きゅうりだけとか、ハムだけとか。
俺はもっと、マヨネーズがガッツリ入った玉子サンドとか肉厚のカツサンドが食べたい。』
『○年○月○日
カフェテリアのメニューが上品すぎる。もうちょっとガツンと腹にたまるものが食いたい。
大盛りカツカレーとか、大盛りチャーシュー麺とか。海鮮丼もいいな。
でもこの世界はしょうゆがないんだった。しょうゆ、なんでないんだよ!』
「こいつ、まともに調べる気がないんかい! 食べ物のことばっかりじゃない!」
「優さんシィー! 落ち着いて」
だいぶキレてるわー。気持ちはすごくわかる。
「この人が食いしん坊なのはわかったね」
「ハァ、今日はもう時間切れね。閉館時間も迫ってるわ」
「そうね、続きはまた今度読みましょう」
私達は大した収穫もないまま、日記帳を書棚に戻し王立図書館を後にした。
「ねえ、優さん。今度は私の家に遊びに来て。私のお父様もお兄様も読書好きで、邸の図書室もちょっとしたものなのよ」
「まぁ素敵! ぜひその図書室に行ってみたいわ!」
「今度の週末はどうかしら?」
「えぇ、大丈夫よ。ありがとう、とても楽しみだわ」
◇◇◇◇
「お兄さん、もうすぐ閉館の時間ですよ」
「はい、大丈夫です。すぐに済みますから」
そう言って、閉館間際の貸し出し禁止書庫へひとりの男が入っていった。