69 とうとう見つけた
卒業式から1か月が経った。あの後、私達元悪役令嬢三人の新しい婚約は異例の速さで結ばれた。おそらく、レイモンド殿下とオリヴィア様が動いてくださったのでしょう。他の貴族から横槍を入れられないように……とすぐに王家からの承認を得られた。
『真実の愛の裏側』のお陰で、私達も社交界で傷物扱いされずに済んだ。あくまでも裏切った側が悪いという風潮になったみたいよ。
私の方は、まだグリーングラス公爵家にご挨拶に行けていないけれど、オリヴィア様が勧めた相手という事で隣国の方でもすんなり話は通った。一年ほどの準備期間を経て、結婚式を迎える予定よ。
優さんは……フレデリックお兄様の溺愛ぶりときたら、こちらがむず痒くなってしまうほど。まあ、優さんも幸せそうだからいいか。私達は友達から姉妹になれるんだものね。ロジャーとだって親戚になるのよ! お母様も『ユージェニーちゃんが娘になるなんて! ロジャーもほぼ息子みたいなものよね〜』と喜んでいた。領地の庭師ボブ爺も、ロジャーが親戚になるって聞いたらひっくり返るかもね。
姉妹といえば、オリヴィア様も『ヴァイオレットさんと姉妹にはなれなかったけど、従姉妹になれるわ!』と、喜んでおられた。隣のレイモンド殿下が『策士……』と呟いていたのは、聞かなかったことにしよう。
後から聞いてびっくりしたのが、ネイサン先生とレイモンド殿下が学生時代の同級生だったこと。隣国からこちらへ留学していたネイサン先生とは、学園で仲良くなったそうだ。道理で、卒業式のとき断罪返しの手際がいいと思ったわ。最初から話が通じていたのね。
その断罪返しをされたバーナード様、トレバー様、ジェフリー様の三人は、辺境騎士団への入団を国王陛下から命じられた。
『その筋肉を国民のために役立てろ』とのこと。幹部候補ではなく、一般の騎士からの出発だそう。辺境だけあって生半可な事では務まらない。『しごかれて、根性を叩き直して貰え!』と、送り出されたようだ。バーナード様とトレバー様はしゅんとしていたそうだけど、ジェフリー様だけはなぜか張り切っていたらしい。たぶん、筋トレし放題だからかなーと。餞別に『一日だけ胸毛がボーボーになる薬』は返してあげたそうだ。
「ヴァイオレット嬢には長い間辛い思いをさせてしまい、済まなかった。あいつは昔から思い込みが激しく、視野が狭い。勝手に決められた婚約者だからとへそを曲げ、君の内面を見ようともせずきつく当たった。だが、あいつも間違いに気付くきっかけになったと思う。環境を変え、少しは大人になって帰ってきてくれたらいいのだが――」
レイモンド殿下は、バーナード様を見捨てたわけでは無さそうだ。兄からの愛のムチというところかな。
そうそう、攻略対象達が筋肉バカになったのはバグじゃなかったの!
「ああ、あれね。『筋肉はモテる』って内容の本を一冊書いて、あの三人が読むように仕向けたんだ。格好いいマッチョの挿絵付き」
ネイサン先生――だから一冊から自費出版できる業者に伝手があったのね。なんでそんな事をしたのかと聞いたら、
「だって、ヴァイオレットとバーナードがバグってくっついたら困るから。打てる手は何でも打とうと思って。まさかあんなにハマるとは思ってなかったけど」
ですって。長期計画すぎる! どんだけ前からやってたんだろう……ハッ! まさかヤンデレキャラも――
「そこは僕をモデルにしていないからね? ただのキャラ付け。僕は監禁なんてしないから」
「ほんとにぃ〜?」
「だって街でデートしたいじゃん」
「お、おう」
ひとまず安心。ちゃんとお外には出られるみたい。
お外といえば、学園のクラスメイト達とも交流は続いている。お兄様がテーラーへ服を作りに行く時はユージェニーと一緒について行ったり、ミレナさんのお父さんにカレーパンの作り方を伝授したり、ジェシカさん達とカフェでお茶をしたり。アニーさんから頼まれて、商店街の新メニューの提案もしたわ。お肉屋さんにコロッケの作り方を教えたら、商店街の名物になっているらしい。
そして森さんは、春休み中にオルコットさんの領地へ挨拶に行くと言っていた。オルコットさんが卒業式前に両親への根回しを済ませていたようで、薬草を栽培する家のお嬢さんなんて願ったり叶ったりだと、会う前から大歓迎だったらしい。数年後オルコット伯爵家が王都に薬屋を開く計画があるそうで、ゆくゆくは次男であるオルコットさん夫婦に任せたいとのこと。オルコットさんも次男かーい!
「ねえ先生、なんで関係者が次男ばっかりなのよ」
「それは僕も謎」
前世のシナリオを書いた人に聞かないと分かんないってことね。
そして今日、森さんから緊急招集がかかった。転生者全員を集めてほしいとのこと。オルコットさんの実家で何かあったのかしら……ともかく、我が家に集まってもらうことにした。
森さん、フローラ、ネイサン先生は新学期が始まっているから、学園が終わり次第うちに来てもらうことになっている。ユージェニーは午後のお茶の時間から来てくれて、おしゃべりをして待つことにした。
「お兄様とは上手くいってる?」
「ええ、こんなに良くしてもらっていいのかしら?」
「いいのよ。今までがおかしかったんだから」
「そっか。あ、ダンベルとかリストバンドはトレバー様にお返ししたわ」
「婚約指輪を返すみたいな感じ?」
「婚約破棄したのに、ペアのダンベルなんて持っているわけにいかないわよ」
「それもそうね」
「若干、漬物くさかったけど」
「オウ……」
「お嬢様、お客様がいらっしゃいました」
「ありがとう、こちらにお通ししてね」
執事に案内され、森さん、フローラ、ネイサン先生が入ってきた。ネイサン先生はちゃっかり私の隣をキープした。距離が近い近い! みんなの生暖かい目がつらい。
「それで森さん、なにかあったの?」
「とうとう見つけたんですよ! これです!」
優さんに促され、森さんはカバンから出したものをドンっとテーブルに置いた。
「これ……売店のクッソ不味い疲労回復ドリンクじゃない」
「あ、」
ネイサン先生が、思わず出た声を手で押し込んだ。なんだ、怪しいな。
「これ、実は作っていたのがオルコットさんの実家だったんですよ!」
「えぇ!? 本当に?」
「ご挨拶に行った時に、お土産として沢山渡されたんで飲んでみたんです。そしたら――」
「そしたら?」
「これが醤油でした!」
「「ええーーーー!」」
なんと、あれだけ見つからなかった醤油が、学園内の売店に売っていたなんて! そこらの薬屋にも売っているらしい。なんだこれ、幸せの青い鳥パターンか?
「成分を調べたら確かに薬草から出来ているんですけど、味は醤油なんです」
「そりゃ、『味が濃すぎて飲めたもんじゃない』って売店のおばさまも言うわね」
ん、あれ? たしかネイサン先生も持っていたわよね。
「先生、もしかして知ってたんですか?」
「うん、だから『飲んでみる?』って勧めたのに、三人とも断るから」
「醤油って言ってくれたら味見してましたよ!」
「だって、僕が醤油を知ってたらおかしいでしょ? 転生者だって隠してたのに」
「うう……」
それはそうだけどぉー! 醤油があったらもっと料理の幅が広がっていたわ!
「ヒントは他にもあげてたんだよ? 王立図書館の日記とか」
「ちょっ、なんでその日記を知ってるの!」
「まさか、あの黒塗りの隠蔽魔法って――」
「うん、僕」
「先生かーい! 何やってくれてんですか!」
森さん、見事なツッコミだわ。
「だって、あの日記の主が余計な事を書いてるからさー。『隣国にグリーングラス公爵家は存在した』って。僕が公爵家の人間だっていうのは、続編にしか出てこないのに。危うく僕の正体がバレるところだった」
「だからって隠さなくても……ところで、あれはいつ読めるようになるんですか?」
「もうなってるよ。卒業式の後に解けるよう設定しといたから」
「そうですか……で、醤油のヒントとは?」
私は話を戻した。どんどん脱線してるからね。
「ほら、カフェテリアで醤油味のスープが出たってやつ。たぶん調理していたオバさんが、疲労回復ドリンクを飲もうとして鍋にこぼしたんだろうね。それでバレないように誤魔化したのかと」
「いや、そんな回りくどいヒントじゃ分からん!」
「ふふっ、ごめんね。これからは好きなだけ醤油が飲めるね」
「飲みません! 料理には使いますけど」
「薬草由来ですが、普通に料理に使えますよ。ちょっと元気になるし」
なんだそれ、最高じゃない。
呆気にとられているフローラが、おずおずと話に入ってきた。
「この世界にも日本の調味料なんてあるんですね。前に、おにぎりとかカレーも作られてましたし」
「そうなの、探すと結構あるのよ」
フローラにも、めんつゆや梅干し、海苔の話などをしてあげた。
「ええっ、それじゃあ王都では普通に手に入らないってことですか?」
「なぜかみんな地方で細々と作っているのよね。手に入った時はお裾分けするわ」
「わあ、嬉しいです!」
「そうそう、オルコット領の白滝川でしらたきも見つけました。春になると上流から流れてきて、漁の網に引っ掛かるからって厄介者扱いされてましたよ」
「なんですって!? 私が食べてあげるのにー」
あ、やっぱりあったんだ。優さんが悔しそう。まあ、そのうち食べられるでしょう。
「そうだ、聞いてください。私にも女の子のお友達が出来たんですよ」
フローラが嬉しそうに報告してくれた。生徒会の筋肉達のせいで、他の子達からは遠巻きにされていたらしい。
「『いにしえの古文書解読研究会』に入ってよかった! おかげで新しく三人も出来たんです」
そう、フローラは私達が作った『いにしえの古文書解読研究会』に生徒会と兼部したのだ。てっきり私達の代で終わるかと思われた倶楽部は、思いの外部員が増えている。
三年生は森さん、二年生はフローラ、一年生は森さんの妹のケイティさん、優さんの従姉妹のアンジェラさん、それにオルコットさんの妹さんまで入ったそうだ。
私はついジト目になって言った。
「先生、女子がいっぱいで良かったですね」
「ん? みんな僕じゃなくてモリーさん目当てだよ。ケイティさんとオルコットさんは魔法薬倶楽部と兼部だしね」
「森さんモテモテなのね」
「男子にはモテませんけどね」
いいじゃない、森さんにも素敵な婚約者がいるんだから。
「そういえばフローラさん、卒業式の日に言っていた気になる人ってだあれ? その人とは上手くいってるの?」
優さんの質問にフローラが顔を赤くした。
「いいえ、実は一度しか会ったことがないんです。入学式の日に転けそうになった私を助けてくれた素敵な人達がいて、ずっと探しているんですけど……」
「「「あ、」」」
元悪役令嬢三人は気まずく目を合わせた。
「えっと、ごめん。それ私達だわ」
「ええ〜!? 男子生徒でしたよ?」
フローラにもカクカクシカジカしておいた。
「そうだったんですね。ヴァイオレットさんのお兄さんを見て、あの時の人に似てるなーと思っていたんですよ。ふふっ、でも私の見る目は間違いなかった。やっぱり素敵な人達でしたもん」
いやだ、そんな照れるわ。この子、人たらしの才能もあるんじゃない? さすがはヒロイン、かわいいわー。
私達が女子でイチャイチャしていると、ネイサン先生が入ってきた。
「ねえヴァイオレット、さっきヤキモチを焼いたの?」
「この世界には餅なんかありませーん」
「ふふっ、かわいいな。君以外に余所見はしないからね」
やだもう、みんながニマニマしてるじゃない。先生もその甘い目はやめて! 顔が良すぎるのよ。余計なことを言う先生の口に、一口サイズのまんじゅうを突っ込んでやった。