68 卒業式(2)
「さて、三人の令嬢の希望通り、婚約は解消または破棄された」
レイモンド殿下が講堂に集まっている人達に向かって宣言された。
すると、座り込んでいたトレバー様がにわかに立ち上がり、喚き始めた。
「婚約破棄をした令嬢なんて、もうまともな結婚など出来ないぞ! どこかの訳あり子息か年寄りの後妻が精々だ。ユージェニー、それでいいのか? 今ならまだ僕が――」
「ああ、それなら心配いらないよ。私が婚約者候補として名乗りを上げよう」
そこに颯爽と現れたのは、我が兄フレデリック。イケメンの登場に会場は色めき立った。
「ユージェニー・グラント嬢、出会った時からあなたに求婚する日を夢見ていた。やっとだ! どうか私フレデリック・ヘザートンと結婚していただけますか?」
「フ、フレデリック様!?」
突然の求婚に、優さんも驚いて狼狽えている。しかし、保護者席のルイーザ小母様とソフィアお姉様の方を見ると、ふたりは微笑んで頷いた。
「グラント侯爵家にも許可は貰った。あとは君の気持ち次第だと」
「まあ! そんなところまで話が進んでいたのですか?」
「どうしても、君が欲しかったから。強引なのはわかっている。だが――」
「ええ! 喜んで!」
優さんはお兄様の手を取ると、満面の笑みで求婚を受けた。よかった! 上手く行ったわ!
それを見ていたジェフリー様は、鼻で笑うと森さんの方へ言い放った。
「ふっ、たかだか子爵家の娘では、こうはいかないだろうな」
「彼女への無礼は許さないぞ!」
そう言いながら出てきたのは、私達のクラスメイトで魔法薬倶楽部部長のティモシー・オルコットさん。
「僕も君に求婚するよ。モリー・ファニングさん、これからもずっと一緒に魔法薬を作っていかないか?」
「わ、私なんかでいいのですか? 婚約者から馬鹿にされるような女ですよ?」
「あいつの見る目がないだけだ! 君ほど優秀で優しい人はいない。好きなんだ」
「オルコットさん……ありがとうございます。私で良ければよろしくお願いします」
「嬉しい……君だけなんだ、僕の話を楽しそうに聞いてくれるのは。大事にする」
オルコットさんは森さんを力強く引き寄せると、ギュッと抱きしめた。森さんたら、顔が真っ赤じゃない。
良かった良かった、みんな納まるところに納まったわ。これでもう何の心配もいらないわね。私は、ほとぼりが冷めるまで領地にでも――
「ヴァイオレット・ヘザートン嬢、僕も君に求婚する」
「へっ?」
ひとりで感慨に浸っていたところに、思いも寄らないセリフが聞こえてきた。誰に求婚するって? 聞き間違いかと思ってキョロキョロしていると、
「君だよ、ヴァイオレット」
「わ、私ですか!?」
「他にもヴァイオレット・ヘザートンって人はいるのかい?」
クスクスと笑いながら壇から降りてきたのは、ネイサン先生――
「もう、今日から教師と生徒ではなくなった。これで堂々と君に気持ちを打ち明けられる。君が好きだ。僕と結婚してほしい」
「うそっ」
思いも寄らない人から、思いも寄らない事を言われている。結婚? 私とネイサン先生が?
「ヴァイオレットさん、彼の身元は私が保証するわ。だって、あなたが婚約解消したら、彼を新しい婚約者候補として紹介しようと思っていたんだもの」
「オリヴィア様!」
ずっと黙って見守っておられた、オリヴィア妃殿下が立ち上がってにっこり微笑む。
「彼は私の故郷の公爵家の人間よ。私の叔母の息子。要するに私の従兄ね」
「えぇっ!?」
ネイサン先生がオリヴィア様の従兄? てことは、先生のお母様は王妹ってこと?
「一応、隣国の貴族の端くれだよ。次男だけど」
あんたも次男かーい! 王妹の御子息なんだから、端くれとかいうレベルではなく高貴なお方じゃないのよ!
「それに、ヘザートン公爵からも求婚の許可は貰っている」
「いつの間に!?」
「学園祭の時かな。ほら、テラスでカレーを食べた時にヘザートン公爵にご挨拶させてもらったんだ」
えっと、確かにお父様もネイサン先生もいたわね。でもいつ? 気付かなかったわよ。
「君達がお化け屋敷の方に行っていただろ? その間に話をしたんだ」
「じゃあ、お父様も――」
「ああ、君さえ良ければ認めると。王宮でも何度かお話をさせてもらったよ」
わ〜、完全に外堀を埋められているわ。でも不思議ね、それが全く嫌じゃないの。
「先生、いつから私のことを?」
ネイサン先生は私の耳元に顔を寄せて言った。
『前世から』
その言葉は日本語だった。やっぱり、先生も転生者だったのね! 叫びそうになった私の唇に自らの人差し指を当て言った。
「それで、返事は? はい? イエス?」
「もう、それ選択肢がないも同然じゃないですか」
「うん、嫌? 先にプロポーズしてくれたのは君だよ?」
プロポーズなんてしたっけ? ……あ、したかも。先生が魔法で女神みたいな美人に変身した時に。ふたりとも女だったけど。
「……いい、ですよ」
可愛げのない返事をしてしまったのに、先生はパァっと顔いっぱいに喜色を浮かべ、私を縦に抱っこした。
「ヴァイオレット、僕の手を取ってくれてありがとう」
「わ、わ、先生怖いです〜」
そのままクルクル回るのはやめてください! 会場は割れんばかりの拍手が鳴り響いていた。
「お前達は追って処分が決められるだろう。それまでは謹慎しておけ」
レイモンド殿下がそう言われると、呆然としたままのバーナード様達三人は、レイモンド殿下の側近に促され会場を後にした。
「お集まりの皆さん、愚弟がお騒がせして済まなかった! 少々時間は押したが、これで卒業式は終わりだ」
レイモンド殿下のお言葉に、またも拍手が巻き起こるのだった――
◇◇◇◇
ここは『いにしえの古文書解読研究会』の部室。ここへ入れるのも今日が最後ね。
その部室に、優さん、森さん、ネイサン先生、フローラと私の五人が揃った。全員日本からの転生者である。
「おふたりとも、ご卒業おめでとうございます。断罪されなくて本当によがっだでずぅ〜」
「「モリーさん、ありがとう」」
森さん、最後はむせび泣いている。うん、本当によかったわ!
だけど、これだけは確かめておかなくちゃ――
「ところで、先生。あなたはいったい何者なんですか?」
「僕? 隣国の公爵家のじな――」
「そっちじゃなくて! 前世ですよ。日本語を話してましたよね?」
「ああ、そうだね。前世は君たちと同じく日本人だ」
「「「やっぱり」」」
優さんが名探偵のような顔をして聞く。
「じゃあ、ゲームをやり込んでた人ですか? それで推しのヴァイオレットを助けてくれたとか」
「やり込んではないな、何回か試しにやってはみたけど。僕はゲームを作った側の人間なんだ」
「まさか、シナリオを書いた人ですか? それでストーリーを色々と変えられたんじゃ」
「いや、僕はキャラクターデザインを担当したんだ。ほらね」
そう言うと、サラサラと紙に私達の顔を描いてみせた。優さんが身を乗り出して言う。
「うっま! こんなに上手いのなら、例の本の挿絵も先生がやれましたよね」
「え〜だって描いたらバレちゃうじゃん」
まあ、そうでしょうけど。
「私達には教えてくれても良かったじゃないですか〜」
森さんが不服そうに口をとがらせた。本当それよ! そうしたらここまで苦労はしなかったのに。
「君達が色々と動いていたのは分かっていた。だけど万が一失敗したら困るだろう? だから僕は別で動いて、確実に断罪返ししてやろうと思って。君達を破滅させたくなかったんだ」
「断罪返し……」
ネイサン先生、男には容赦ないな。断罪回避なんて甘っちょろいもんじゃなかったわ。
「まあ、成功して良かったじゃないか」
そう言ってネイサン先生はパチンとウインクをした。悔しいけど、顔がいい。
「あの……」
フローラがおずおずと手を上げ、控えめに話に入ってきた。
「皆さんは、先程から何の話をしているのですか? 元日本人だって事以外さっぱり分からなくて」
「えっ、あなたフロプリをやってたんじゃないの?」
「ふろぷり……ですか?」
「『フローラ〜花の乙女とプリンス達〜』っていう、あなたがヒロインの乙女ゲームよ。やったことない?」
「すみません、初耳です」
「マジか!」
こんな事があるの? 優さんが申し訳無さそうに聞いた。
「えっと、あなたの前世の最後を覚えてる? 名前とか歳とか亡くなった時とか……」
「私は『はな』という名前の女子高生でした。最後は横断歩道で車に巻き込まれて……隣りにいた女の人が庇ってくれたんですけど、たぶんその人と一緒に亡くなったと思います」
「え?」
ちょっと待って、それ私の最後と同じじゃない?
「それ、花籠町の交差点?」
「そうです! なぜヴァイオレット様がそんな事を知っているんですか?」
「その庇った女の人、私だわ」
「「「ええーーー!!」」」
「じゃあ、ヴァイオレットと一緒に亡くなったから、こっちに引っ張られちゃったのかしら」
「そうかも……フローラさん、巻き込んでごめんなさい」
「いいえ! 私はまた高校生になれて嬉しいんです。本当ならあそこで終わっていたはずなのに、ヴァイオレット様のおかげで新しい人生を生きられるんですから。むしろあの時は庇ってくれてありがとうございました」
「どういたしまして?」
フローラがペコリと頭を下げる。あれ、結局助けられなかったのにお礼を言われちゃったわ。
優さんが話を続ける。
「あなたも、はなさんでフローラなのね。前世の名前と似ているわ」
「それもそうですね。皆さんもですか?」
「私は前世はすみれでヴァイオレットよ」
「私は前世は優香でユージェニー」
「私は前世は森でモリーです」
「そっち!?」
フローラが思わず突っ込んだ。いい反射神経だったわ。
「そういえば、ネイサン先生は?」
「僕は……根井だ」
「先生もそっちかーい!」
根井さんがネイサン。そのまんまやないかい。
「そりゃそうだよ。元々僕をモデルに作ったキャラなんだから」
「そうなんですか?」
「ディレクターが、ひとり大人のキャラがいるけど、僕の顔がイメージにピッタリだからって」
「えっ、じゃあ前世もこんなお顔なんですか」
「そうだな。前世は黒目黒髪だけど、ほぼこんな感じ」
「んまー前世もイケメンさんだったんですね」
優さんが口元に手を当ておばちゃん臭い反応をしていた。興味津々といった顔で続ける。
「それでそれで? 最後はいくつだったんですか?」
「ゲーム終了時の年齢と同じだ。先月二十五歳になった」
「「「まさかの年下」」」
「えっ、君たちいくつなの?」
「二十八歳」
「三十歳」
「二十七歳」
「十六歳」
「「「若っ!」」」
「とにかく、攻略対象達も全部僕が描いたキャラだけど、男に興味はない」
「あぁ、でしょうね」
「僕的にフロプリでは悪役令嬢に力を入れていたんだ。特にヴァイオレット、君は僕の理想を形にした最高の悪役令嬢なんだよ」
「「ヒュ〜〜」」
「ちょっ、からかわないでよ」
熱くなった顔をパタパタと手で扇ぐと、優さんと森さんがニヤニヤしている。
「会ってみて中身まで面白い子だったから、絶対に助けなきゃと思っていた」
「それはどうも、ありがとうございます?」
褒められたのかな? とりあえずお礼を言っとこう。
「本当に助けられてよかった。これからもよろしくね、未来の奥さん」
「も、もう! こちらこそお願いしますわ!」
そんないい顔で、恥ずかしいことをサラッと言わないでよ!
「助けてくれてありがとう、先生」
私は小さな声で呟いた。
ヴァイオレットがプロポーズ→34話参照




