67 卒業式(1)
とうとうこの日がやってきてしまった。泣いても笑っても、私達の分岐点はここだ。
「運命の卒業式ね。ちょっと緊張してきちゃった」
「うん、私も。だけど私達、三年間やれるだけのことはやったわ」
「そうですよー絶対に大丈夫です! 何かあったら三人で逃げて楽しく暮らしましょうよ」
「ふふっ、そうね」
「うん、それも楽しそうだわ」
森さんの言葉で少し安心した。そうよ、私達はただの箱入り娘ではなかったわ。前世では社会人をしていたアラサーの大人だから、たとえ平民になってもなんとかなる! もしもの時は逃げたらいいんだ! 実家だって、これくらいのことで潰されるような柔な家じゃない。
ゲームのストーリーには最後まで抗ってやるわ!
「私は参列者席にいますからね」
「ええ、森さんありがとう。行ってくるわね」
「何かあったら、あなただけでも先に逃げるのよ」
「そんなことしませんよ〜ちゃんと三人一緒に笑って帰るんです!」
原作では生徒会役員として卒業式に出席したモリーだが、生徒会に入らなかった森さんは保護者に交じって私達を見守ってくれている。
「よし、優さん行きましょうか!」
「ええ、すみれさん。最後まで頑張りましょう」
◇◇◇◇
卒業式の会場である講堂には、卒業生だけでなく保護者や来賓の方で埋め尽くされていた。
来賓席には、王族代表としてレイモンド第一王子殿下とオリヴィア妃殿下が座られていた。いつもは王族までは来られないが、今年は第二王子が卒業生にいるので保護者代理という側面もあっての参列だ。
我が家からも、お忙しいお父様に代わってフレデリックお兄様とお母様が来てくれている。お兄様には大事な役目もあるしね。
壇上には学園長先生を始めとして、三年生を教えてくださった先生方がおられる。その中にネイサン先生の顔も見えた。
壇の下には、フローラを含む生徒会役員達が揃っている。
この卒業式にヒロイン、攻略対象、悪役令嬢(仮)が全員揃った――
卒業式は式次第の通りに順調に進んだ。最後に、学園長先生のお話がある。
「皆さん、卒業おめでとう。今日のこの良き日に、聖フォーサイス学園を旅立っていくことが嬉しくもあり寂しくもあります。君たちはもう立派な大人だ。社会の一員としてしっかり――」
学園長先生のお話が終わり、司会の生徒会役員が閉式を宣言したところで事は起こった。
「皆に話がある!」
あぁ、とうとう始まってしまった。どんなに抗ってもやはり原作と同じように断罪が始まるのね。バーナード様、トレバー様、ジェフリー様が壇に上がった。
会場はザワザワとしているが、第一王子殿下方は落ち着いておられる。まるで何か起こることを知っていたかのようだ。
「ヴァイオレット・ヘザートン、ユージェニー・グラント、モリー・ファニングの三人は前に出てこい! フローラ、君はこっちにおいで」
私達は前に呼び出された。わかってはいたけれど、公爵家の娘として恥ずかしくないよう出来るだけ優雅に歩いて行った。フローラもオドオドと壇に上がったけど、なぜ呼ばれたのか知らないようだ。
「この三人はそれぞれ俺達の婚約者だ。しかし、それに相応しくない振る舞いの数々、断じて許すことは出来ない。よって、ここで婚約破棄を宣言する!」
私達を指差したバーナード様の言葉に、講堂内がざわめいた。そりゃそうだ、まともな貴族ならこんな所で婚約破棄なんてしないもの。
「理由をお伺いしても?」
「お前達が、生徒会の一員であるフローラに嫉妬し、いじめている所を散々見てきた。民を虐げるなど、王族や高位貴族の妻として相応しくない。そんな事も分からないのか?」
私の問いに、バーナード様は勝ち誇ったように答えた。
「婚約破棄はお受けしますが、私達はいじめなどしておりません。そこは訂正していただきませんと」
「そうです! 私はヴァイオレット様達にいじめられてなんかいません!」
「フローラ、かわいそうに。あいつらに脅されているのか?」
「違っ、そんなんじゃ」
「俺は、フローラと出会い真実の愛に目覚めたんだ。もう邪魔な婚約者もいない。どうか、俺と婚約してくれないか」
バーナード様はフローラを軽く抱き寄せ、王子様然とした笑みを浮かべ求婚した。フローラは心底びっくりした顔をしている。なんで求婚されたのか分からないらしい。泣きそうな顔をして、壇の下にいる私達を見た。
「違う……たす、けて……」
私達三人は目を合わせ頷いた。
『こっちへ来て! 私達はあなたの味方よ』
『絶対に悪いようにはしない! こっちへ』
『そこにいたら勘違いされます! 早くっ』
私達はフローラにだけわかるよう、早口の日本語で言った。
『信じて大丈夫だ! 僕達が絶対に守ってやる』
壇上のネイサン先生も立ち上がって言った。え? 先生も日本語喋れるの?
目をまん丸にしたフローラは私達とネイサン先生を交互に見ると、バーナード様を振り払い、壇から飛び降り私達の元へ駆け寄った。
「私、私、違うって何度も言ったのに、殿下達にはぜんっぜん話を聞いてもらえなくて! 毎日辛かった!」
「えっ、フローラ? 俺の恋人だよね?」
「僕達とずっと一緒にいるって言ったよね?」
「君は俺が守ると約束したじゃないか!」
「そんな約束していません! 私が否定しても『そんなわけないだろう』って全部流されたんです。私には他に気になる人がいると言っても、笑って『冗談だろ』って流すんです。こんなに話が通じないなんて、怖くてしょうがなかった。もう嫌です、助けてください!」
フローラ、そんな怖い思いをしていただなんて。勝手な思い込みで人の話も聞かず、こんな騒ぎまで起こして許せないわ!
「バーナード様、婚約者の私を裏切り冤罪をかけて婚約破棄しようとしたんですか?」
「裏切りではない! 真実の愛だ! そうだろ? フローラ」
ここで会場から大ブーイングが巻き起こった。
「でたわ、真実の愛。結局余所見をしただけじゃないの」
「そんな耳に聞こえのいい言葉で騙されるもんですか! 婚約者を蔑ろにして浮気したってことよ」
「最低ね! おまけに冤罪ですって」
「あの子も一方的に迫られた被害者じゃない。かわいそうに」
女性の声が大きい気がする。本を読んでくれた人達かしら。バーナード様を擁護する声はひとつもない。
「ヴァイオレットさんは悪いことなど何もしていない!」
「逆にいつも言いがかりを付けられていたんだ! クラスメイトはみんな知ってる!」
「殿下はヴァイオレットさんを蔑ろにしていた! 俺達は学園での事は全部見ていた!」
男子達も擁護してくれている。ありがとう……
「うるさいうるさい! 黙れ! 皆その小賢しい女に騙されているんだ!」
「それは聞き捨てならないな」
レイモンド殿下が立ち上がった。壇上に上がられると、なぜかネイサン先生に目配せをした。先生はひとつ頷き前に出て殿下に並ぶ。
「どちらの言い分が正しいのか、皆で確認しようか」
レイモンド殿下が言われると、ネイサン先生が懐から手のひらサイズの箱のような物を取り出した。箱の上部には魔石のような物が埋まっている。先生は箱を掲げ、説明を始めた。
「これは、学園内に設置している防犯カメラの映像を見る魔道具です」
「「「防犯カメラ!?」」」
会場中がざわめいた。私達は前世で知っているからそんなに驚かないが、この世界に動画はまだ存在しない。しかも防犯カメラなんて概念もない。
「魔道具を研究開発しまして。学園内に不埒な輩が入り込まないよう、カメラで撮っていたんですよ。そうしたらたまたま殿下達の所業が映っていたわけです」
先生が箱に魔力を込めると、魔石のあたりからボワンと立体映像が浮かび上がった。
カフェテリアでフローラから話し掛けられ、バーナード様に言いがかりをつけられる私達。学園内でフローラを囲み歩く筋肉三人と、浮かない顔のフローラ。学園祭でフローラを無理矢理お化け屋敷に連れ込もうとする筋肉三人とそれを助け出す悪役令嬢(仮)。その後、カフェテリアでカレーを食べている所に因縁をつけに来た筋肉三人と、ギャフンと言わせたお父様達。
これらがダイジェストになって音声付きで流れたのだ。この魔道具、凄過ぎる。防犯カメラなんて必要ないのに、わざわざ作ってくれたの? だって、この学園には強力な結界が張られているから。関係者以外は入れないほど強力なやつが……なのに私達の潔白を証明するために撮ってくれていたの?
「新しい魔道具をそのうちお披露目するって、前に約束しただろう? 今日がその時だ」
ネイサン先生の方を見ると、ふわりと笑って言われた。うそ、その話をしたのって一年生の時よ? そんな前から私達のために研究してくれていたの……?
「ネイサン先生――」
これ以上の言葉が出てこなかった。だって話すと泣いちゃいそうだったから。
剣ではなく魔法だったけど、本当にあのクラス劇のナイジェルのように私達を助けてくれた!
「さて、令嬢三人の潔白は証明されたようだ。バーナード達は、なんの非もない令嬢達の名誉を傷付けた事になる。こうなれば互いの信頼関係を再構築するのは難しいだろう。先程は一方的に婚約破棄と言っていたが、令嬢達の気持ちも聞かなくてはな」
レイモンド殿下が続けた。
「バーナード達が、一方通行とはいえ他の女子生徒に心を移し裏切ったことは明白。令嬢達が望めば、もちろん男側の有責での婚約解消となるだろう。令嬢達はどうだ? ひとりずつ聞いていこう」
レイモンド殿下が私の方を向かれた。
「ヴァイオレット嬢、君はどうする?」
「婚約を解消したいと思います」
「わかった、認めよう。陛下からも私に一任すると言われている。第一王子レイモンドの名において、バーナード・ガルブレイス有責でヴァイオレット・ヘザートンとの婚約は解消とする」
わーっと会場から拍手と歓声が上がった。特に私達のクラスの方から野太い声が聞こえるわ。
バーナード様は兄の言葉を聞き、唇を噛んで俯いた。
「ユージェニー嬢、あなたは?」
「私も婚約解消を望みます」
「なぜだユージェニー! 僕は婚約者としての務めは果たしていただろう!」
なぜかトレバー様は抵抗しだした。さっき自分から婚約破棄を言い出したのに。
「トレバー様、他の女子生徒にうつつを抜かしておられましたよね?」
「君が婚約破棄は嫌だと言えば、結婚だけはユージェニーとするつもりだった!」
逆に失礼な事を言っているって気付かないのかしら? 心は他の人を向いているのに、政略結婚をしてお飾りの妻にするって事でしょ? 泣いて縋って貰えると思っていたのかしら。馬鹿にし過ぎだわ。
それを聞いた優さんは、真っ直ぐ前を見てピシャリと言い放った。
「婚約解消が無理なら婚約破棄でお願いします」
「分かった。グラント侯爵家からもそのように願いが出ている。トレバー・ベイリー有責で、ユージェニー・グラントとの婚約は破棄とする」
「いやだ! 僕は何もしていない」
「その何もしていないのが問題なんでしょ」
「殿下から罵られているユージェニーさんを、横で突っ立って見ていたものな」
「婚約者を助けないなんてありえないと思ったわ」
クラスメイト達からの援護射撃が飛ぶ。
「そういうことだ。諦めろ」
レイモンド殿下からの言葉に、トレバー様はガクリと膝をついた。
「残るはモリー・ファニング嬢。君の希望は?」
「私も同じく婚約は解消したいと思います」
「あぁ、俺は構わんぞ」
ジェフリー様が事もなげに言った。その言葉を聞いて、あるひとりの夫人が近付いてきたかと思うと、壇上に向かって叫んだ。
「あなたは最後までなんという事を! こんなに素晴らしいお嬢さんを蔑ろにして! 私は心底情けない」
「母上っ」
それは、ジェフリー様の母ボールドウィン伯爵夫人であった。
「他のご令嬢のお母様方から話は聞きました。モリーさん、本当にごめんなさいね」
「いいえ、おばさまだけは昔から私を大事にしてくださっていましたね。本当に感謝しています」
「そんなの当然じゃないの。あなたを娘に迎えることが出来なくて悲しいけれど、どうかあんなバカ息子のことは忘れて、幸せになってちょうだい」
森さんとボールドウィン伯爵夫人が手を取り合って、別れを惜しんだ。
「ジェフリー・ボールドウィン有責でモリー・ファニングとの婚約は解消とする!」
森さんも無事に婚約は解消された。
魔道具お披露目の約束→25話参照




