66 臨時生徒総会
「こんな時期になんなんだ?」
「今までこんなことはなかったわよねぇ」
卒業式も近付く二月のある日、全校生徒が講堂に集められた。壇上には一年生から三年生までの生徒会役員が揃っている。一年生以外は全員マッチョだ。
バーナード様が芝居ががったセリフを投げかける。その両側にはいつものようにトレバー様とジェフリー様が立っていた。
「みんなよく集まってくれた。これから臨時生徒総会を開くことにする」
「全校生徒の三分の二以上の出席をもって、この生徒総会の開催は認められる」
「今日はほぼ全員参加しているな。オーケーだ」
いや、ジェフリー様適当すぎるだろ。こんなんでよく一年間もったな……一年生はまともってことかな? その一年生達は、浮かない顔をしているわね。
「今日の議題は、生徒の健康管理についてだ。卒業を前にしてこれだけが気になっていてな」
胡散臭い王族スマイルを浮かべ、バーナード様が言う。なんか嫌な予感がするわ。
「全校生徒の平均体脂肪率を下げることを提案する!」
ドヤ顔で言い放ったわ、この筋肉王子。もっと他に気にするところがあるでしょう。そりゃ増え過ぎも健康に良くないけど、そんなの個人の問題であって、生徒会が強制することではないよね? 原作ゲームでは、ここまでお馬鹿だったっけ?
案の定、それを聞いた生徒達はザワザワしている。特に女子生徒達の顔が怖いわ。
そんな空気も読まず、トレバー様も続く。
「具体的には、クラスごとにトレーニングマシンの設置、ダンベルやウエイトバンドの購入などを検討している。常日頃から筋トレに親しむことによって、自然と体脂肪率も減っていくという見込みだ」
「俺も昼休みに筋トレに励んでいる。そうすればこんな体になれるということだ!」
なんか筋肉を見せつけるポーズをキメたジェフリー様に、二年生役員達はウンウンと頷いている。
「それは女子もでしょうか」
ある女子生徒が手を挙げた。顔に明らかな怒りが浮かんでいる。
「それはそうだろう。男子も女子もその方が健康になれる」
事もなげにバーナード様が言った。『そんな事もわからんのか?』と顔に書いてあるわ。
「なぜそんな事をしないといけないのですか? 身長や体型など個人差がありますし、誰もが鍛えた体を好むわけではないのですけど」
ど正論! これを受けて、他の生徒達も勢いがついてきた。
「女子は胸もあるし、体脂肪率を落とすなんて限界があるわ!」
「昼休みを潰す意味がわからないわ。それくらい好きにさせてよ」
「筋トレはやりたくないよ。僕なんて食べても肉がつかないのに」
「強制されることではないわな。運動部ならまだしも」
「学生の本分は勉強でしょう? 筋トレする暇があったら勉強をするわ!」
「そもそも、体重を生徒会が管理するなんてセクハラよ!」
非難轟々である。でしょうね、大体想像がついていたわ。あの人達は分からなかったの? それとも本気で『いい事思い付いた!』とか思ってたのかしら。
――思っていたらしい。『え? なんでみんな怒ってるの?』って顔をしてるわ。一年生役員以外。
「ここまでお馬鹿だとは思わなかった」
優さんは心底呆れたように言った。だよねー、ここは収まりが付かないから、ちょっと口出ししとくか。あまり関わりたくないけど、私は手を挙げた。
「あの、多数決をしたらいいのではなくて? 手っ取り早いでしょう?」
「たしか、生徒の過半数が賛成しないと可決されないのですわよね?」
優さんも横から加勢してくれた。するとバーナード様が珍しく素直に頷いた。
「わ、わかった。決を採る!」
「この議案に賛成の人!」
トレバー様が呼び掛けると、壇上の生徒会役員が手を挙げた。一年生以外。一年生は目を逸らすように下を向いていた。
「お前達……っ! では、反対の人!」
講堂にいる生徒全員が手を挙げた! 壇上の一年生もだ。
「あら、決まりですわね。議題はこれで終わりですか?」
「終わったなら解散しましょうか。皆さんも忙しいですわよね?」
わーっと声が上がり拍手が起こる。『くだらない事で呼び出すんじゃねーよ!』と生徒達の顔に書いてあるわ。
バーナード様達、どこまでバグっているのかしら。原作では、生徒達から尊敬され憧れの的の生徒会長だったのに……今ではトンチンカンな決まりを強制しようとし、冷たい視線を浴びていた。
「せっかく、皆のためを思って提案したのに――」
「それは、皆のためではありません。あなたにとっての理想を押し付けただけですわ。それでは誰もついてきてはくれませんよ」
「ヴァイオレット、またお前か! 俺の邪魔ばかりしおって!」
ハア、邪魔ね……やっぱり分かってもらえなかったわ。この人に私の言葉は届かない。最初からわかっていたけれど、虚しくなるわね。今のバーナード様は、悪い意味での『王族らしさ』が表に出てきてしまっている。これでは国民の心も離れてしまうでしょう。
「ヴァイオレット、行きましょう」
優さんが肩を抱いて促してくれる。そこへトレバー様も参戦してきた。
「待て、ユージェニー! お前までなぜ反対をするんだ! 僕がプレゼントした筋トレグッズは喜んでいたじゃないか!」
優さんは、あごが外れそうになっている。はあ? いつ喜んでいたって? 優さん、プレゼントを貰った時スンってなってたわよ?
「喜んでないし」
小さくボソッと呟いた声は、周囲のクラスメイトには聞こえていた。
「まあ、婚約者のプレゼントに筋トレグッズですって!」
「貴族のご令嬢に? ありえないわ!」
「そんなもの貰っても困るわよねー」
わざと大きな声で、ジェシカさん、セーラさん、ミレナさんが会話をした。それを受けて、周りもザワザワとしだした。
「そんなの女の子に贈らねーよ! 俺でも花くらいは贈るぞ」
「普通は相手の喜ぶものを贈るよ。長い付き合いの婚約者ならわかるはずだ」
「あれだけ婚約者を蔑ろにしているから、分からないんだろう」
トレバー様の擁護をする声はひとつもない。貴族も平民もドン引きしている。トレバー様はみんなの反応が思ってたのと違ったのか、呆けたような顔をしていた。あー、今まで全く疑問に思っていなかったのね。
「ひとつ勉強になりましたね」
「「「学園長先生!」」」
その時、講堂に学園長先生が現れた。生徒総会は生徒会が開催する権限を持っているので、学園長先生は基本的に出席されない。
「思い込みだけで突っ走るのは良くないですよ。周りの意見も聞くべきだ。あなた達は一年生役員の意見も聞きましたか?」
「くっ、一年生など何も分からないだろう」
「一年生は反対したと聞きました。結果その通りになった。イエスマンばかりを周りに置いても、間違いに気付くことはできないのですよ」
二年生役員達は自覚があるのか、下を向いている。
「くそっ! 総会は終わりだ! 行くぞ」
ドカドカと足音を立てて立ち去るバーナード様に、トレバー様とジェフリー様が慌てて追いかけて行った。
◇◇◇◇
「今日の総会は、何だったんですかね」
放課後の部室、私達はいつものように集まっていた。
「原作にない事ばかりでよく分からないわね」
「私なんて変に注目を浴びちゃったわ。恥ずかしかったー!」
「大丈夫ですよ。トレバー様が変だっただけなので。なんなら私の誕生日プレゼントも発表しようかと思いましたよ」
筋肉写真のパネルね。注目されること間違いなし。
「だけど、一年生役員がまともで良かったですよ。来年はあの二年生役員達を止めてくれそうですし」
本当にそうだわ。ゲームは卒業式で終わるけど、現実は続いていくんだもの。森さんの学生生活もまだ終わらないのよね。
「やあ、今日は臨時の生徒総会があったんだって?」
ノックの後、ネイサン先生が入ってこられた。
「ええ、なんだか疲れましたわ」
「疲労回復ドリンクを買ってこようか?」
「い、いえ、お気持ちだけで十分ですわ」
せっかくだが、クッソ不味いドリンクだけは遠慮したい。
「それより、先生お誕生日おめでとうございます」
「これ、私達からプレゼントですわ」
「それぞれ作ってきたんですよ」
「わあ、覚えててくれたんだ。三人ともありがとう」
私達はリクエスト通り、それぞれチョコレートを使ったお菓子を作ってきていた。優さんがブラウニー、森さんがチョコチップクッキー、私はナッツをまぶしたトリュフチョコだ。
「すごいな! これを君たちが? 食べてもいいかい?」
「「「もちろんどうぞ」」」
先生は三種類をひとつずつ食べていった。笑顔が出ているから、美味しかったのかな?
「先生、どれが一番美味しかったですか?」
優さんがいたずらっ子の顔で聞いた。やだ、もし不味くても言いにくいでしょう? 私のチョコ大丈夫かしら?
「このブラウニーはしっとりしてて美味かったし、クッキーもチョコがゴロゴロ入っていてサクサク。だけど、一番はこのトリュフかな。ナッツが好きなんだ」
「へっ?」
ネイサン先生がふわりと笑った。それ、私の作ったチョコレート――
「やっぱり! ヴァイオレット頑張ったもんね!」
優さんがニヤニヤしている。なぜか森さんも。
やだ、ナッツを入れてたからよ! たまたま先生の好物だったから!
「ありがとう、プレゼント嬉しかった」
もー、そんないい顔で笑い掛けないで! 勘違いしてしまうわ!
私達は友チョコも交換し合った。口に入れると、なんだかチョコレートがいつもより甘い気がした。




