65 王立図書館の日記
年が明けると、あと二か月と少しで卒業。卒業式には、私達の運命を左右する断罪劇が待っている。今更足掻いてもなにも変わらないのかもしれないけど、やっぱりただ待っているのは性に合わない。
久しぶりに、王立図書館のあの書庫へ行ってみることにした。だって少しでもあの隠蔽魔法が解けていて、日記の続きが読めるかもしれないし。
「わあ〜大きいですね! 映画みたい!」
森さんが二年前の私と同じ反応をしている。だよね〜ちょっと感動するよね。ゲームには出てこない場所がこんなに凄いだなんてね。こんなに絵になるのに、なんで出さなかったんだろう。
「ああ、お嬢さん達か。久しぶりだね。今日はお仲間が増えたのかい?」
「私達のかわいい後輩ですわ」
「そうか、お嬢さんもゆっくりしていってくれ」
「ありがとうございます」
ロマンスグレーの司書さんに挨拶をして、その後ろにある書庫へと入って行った。相変わらず誰もいないけど、ヒソヒソ小声で話す。
「ここ、普通の書庫とは違うんですか?」
「ここの本は読んでもいいけど、貸し出しは禁止になっているの。絶版の古い本や一冊しかないものとかを置いてあるらしいわ」
「へえ〜たしかに日記は一冊しかないものですね」
「六十年前の異世界語の日記だしね。内容はアレだけど、一応貴重なものとして扱われているようね。内容はアレだけど」
あ、優さんが同じ事を二回言った。内容って、異世界の食事に対して愚痴ってるだけだもんね。
「読めなくなっている所があるんでしたね?」
「そうなのよ。ゲームの内容を書いている箇所が読めないの」
私はいつもの書棚からあの日記を持ってきた。久しぶりだけど、特に変わったところは無さそう。
「この辺は読まなくていいわ。大した事は書かれていないし」
「わ、分かりました。本当だわ、ここから黒くなっていますね」
黒くなる魔法が掛けられた所は、そのままのようだわ。あれ?
「ここ、前は読めなかったわよね?」
「本当ね、ここはゲームの内容じゃないから魔法が解けたのかしら」
「読んでみましょうか」
『○年○月○日
今日のカフェテリアのスープ、あれは絶対にしょうゆ味だった!
作っていたオバサンに聞いても、はぐらかされて逃げられてしまった。なぜだ? そんなに機密情報なのか? おれはただしょうゆが欲しいだけなのに。何度聞いても「しょうゆなんて知らない、聞いたこともない。そんなものは入れていない」の一点張りだ。
あれは絶対に何か隠している。カフェテリアに出入りしている業者をマークしておこう。』
「えっ、醤油を見つけたの?」
「いや、醤油味の何かを食べただけじゃない?」
「そうですね。めんつゆの実もワドレ瓜も醤油味ですもん」
私達もカフェテリアにはよくお世話になっているが、醤油味のスープや料理には出会ったことがない。
「あ、ここも読めるようになってる」
ページをめくっていた優さんが、黒塗りが解けた箇所を見つけた。
『○年○月○日
カフェテリアに出入りしている業者を全て当たった。だけどしょうゆを扱っている業者はひとつもなかった。しょうゆに似た調味料さえない。
あれは何だったんだろう……俺がしょうゆの味と何かを間違えたのか?』
「あらら、やっぱりなかったんだ」
「全部当たったって、その情熱がすごいよね」
「探す範囲が王都だけですからね。地方へ行けば日本の食材や調味料が見つかったかもしれないのに」
そうね。私達が見つけた物って、大抵地方で細々と作られていたもの。海苔も梅干しも王都にはない。
優さんががっかりしたように言う。
「結局、読めるようになったのってこれだけかぁ」
「しかもゲームとはなんの関係もなかったね」
「また間を置いて見に来てみましょうか」
「ええ、そうね」
司書さんに挨拶をして、収穫がなかったことに落胆しつつ家路についた。
◇◇◇◇
「ヴァイオレット、ちょっといいか?」
「ええお兄様、なにかしら?」
邸の図書室で何か手掛かりがないかと探していると、お兄様から話しかけられた。
「そろそろ、あの約束から二年と少しになる。これからの事を話し合っておきたい」
お兄様、きちんと覚えてらしたのね。ユージェニーを口説くのは二年と少し待ってとお願いした約束。そうね……そろそろ計画を話す時だわ。
「お兄様、お父様やお母様から何か聞いていらっしゃる?」
「ああ、ヴァイオレットの婚約をこちらには非がないと証明して円満に解消したいと」
「ええ、大体そんな感じ」
たぶん円満には無理だな、卒業式で断罪されちゃうし。それを回避したいと動いてはいるけれど。
「でね、ユージェニーやモリーさんも同じなのよ。彼女達も婚約解消する予定よ」
「それはいつだ?」
「もうすぐ。たぶん卒業式の日だと思うわ」
「なぜわかる?」
「なぜかしら、なんとなくそんな気がするの。三人とも夢で見たのよ。卒業式の日に、フローラという子と真実の愛を見つけたと言って断罪される夢を」
ゲームとか前世とか言っても、混乱させるだけだしね。夢という事にしておく。
「そのフローラという女子生徒の話も父上から聞いている。巻き込まれただけだとか」
「ええ、あの子は人の婚約者に横恋慕するような子ではないわ」
ゲームとは違う。フローラは誰かを攻略しようとしていないのはわかる。むしろバーナード様達が暴走気味なのよ。
「あの三人ともフローラに夢中だから、やるとしたら大勢人がいる前で私達を悪役にして、自分は真実の愛を正当化すると思うの」
「それで、生徒や保護者の集まる卒業式か。貴族や王族も参列するもんな」
「ええ、もちろんこちらも黙っているつもりはないわ。真実の愛なんてただの浮気の言い訳だって、世間に広めているの」
「あの本か。母上に勧められて読んだよ。よくあんな本を見つけたな?」
「ふふっ、お兄様聞いてないの? あれは私達三人が書いたのよ」
「なんだと! ユージェニー嬢が!?」
あ、またコレクションにするとか言わないわよね。黙ってた方が良かったかなぁ。
「とにかく、運命の日は卒業式よ。私達はきっと婚約破棄を言い渡される。お兄様、分かっているわね?」
「ああ、そんなチャンスを逃すものか! 父上やグラント侯爵家にも根回ししておこう」
「ユージェニーもびっくりするでしょうね」
「俺も、断られないだけの距離は縮めてきたつもりだ」
お兄様はニヤリと笑う。これ、策士の顔だわ。
あとはオルコットさんにも事情を話しておかないとね。
◇◇◇◇
数日後、ユージェニーと共にオルコットさんにも話をつけた。
「この時を二年間ずっと待っていた。ふたりともありがとう」
「モリーさんを頼んだわ」
「うん、頑張るよ。たぶん、大丈夫……」
「もー、あなたしっかりしなさいよ」
バンっと優さんに背中をどつかれたけど、オルコットさんはいつもみたいによろけなかった。
彼はやるときはやる男だと思うの。きっと任せて大丈夫。




