6 グラント侯爵家の天使
「んん〜〜これこれ! 前世のおばあちゃんちを思い出したわ。グスッ」
「ヴァイオレット、遠慮しないで沢山食べてよ」
皆さん、こんにちは。ヴァイオレットです。私は今ユージェニーの家、グラント侯爵家に来ています。
誰に話し掛けてるんだって? ハハッ、細かいことは気にすんな。
ことの始まりは、ある昼休み。いつものベンチでお弁当を広げた時に起こった――
「「いっただっきまぁす」」
「ん? ちょい待って」
「な、なに」
私は優さんのお弁当を覗き込んだ。
「こっこれは!!」
「へっ? ただのおにぎりだけど」
「ただのって軽く言うなぁあーー! どこで手に入れた?」
「うちの料理長が作ってくれたけど」
「ちがぁう! 米よ米! どこで手に入れた! さあ吐くんだ!」
「ちょっ、すみれさん、人格崩壊してるわよ」
つい、興奮してしまったわ。久しぶりにおにぎりなんて見ちゃったもんだから。
「ご、ごめん。つい」
「一個食べる?」
「うそっ、いいの? 嬉しい!!」
私は優さんからおにぎりをひとつ受け取った。ピカピカ光る塩だけのシンプルなおにぎり。
「んん〜〜美味しい!」
塩だけなのが逆にいい! 米の甘みが味わえる。私はあっという間に食べてしまった。
「ありがとう。十五年振りの米、感動した!」
「ふふっ、どういたしまして」
「おい、お前ら何をしている」
でーたーー! 筋肉トリオだ!
「バーナード様、皆さまもごきげんよう」
「私達はお昼をいただいているだけですわ」
私達は令嬢アルカイックスマイルで応対した。
「ふん、ずいぶんと粗末な物を食べているじゃないか」
ムッ、うるさい王子だね。何を食べようと勝手でしょ。
「そんな小さな弁当で足りるのか? 鶏むね肉は食った方がいい」
ジェフリー様からは、筋肉アドバイスをいただいた。いらんけど。
「大丈夫ですわ。これで十分お腹いっぱいになりますの」
「ブロッコリーもいいぞ」
あぁうん、もうわかった。
「殿下、そろそろ生徒会室へ行きませんと。ユージェニーまたな」
「ふん、せいぜい太りすぎないようにな。ダンスで足を踏まれたら重いからな」
バーナード様が捨て台詞を吐くと、三人組は去っていった。
「なにあれ」
「嫌いなくせにわざわざ絡んでくるのよね。踏むのは自分のくせに」
「めんどくさいね」
私達はお弁当の続きを食べ始めた。
「ね、今度の週末にうちへ来ない?」
「グラント侯爵家に?」
「そう、お米のことを説明するわ。お昼前に来てちょうだい」
「うん、お邪魔する! 楽しみだわ〜」
私達は先程のことなどすっかり忘れて、週末に思いを馳せるのだった。
◇◇◇◇
「いらっしゃい、ヴァイオレット」
「ユージェニー、お招きありがとう。お邪魔いたしますわ」
約束の週末、私はユージェニーの家を訪問した。あら? 優さんの後ろでモジモジしている男子がいる。
「こんにちは?」
「こっ、こんにちはっ」
「弟のロジャーよ。十歳なの」
まあまあまあ、なんてかわいいのかしら! ダークブロンドと翡翠色の瞳はユージェニーと同じね。少し癖のある髪がまた、天使みたい!
「はじめまして。ユージェニーの友達のヴァイオレット・ヘザートンです。よろしくね?」
「は、はははい! よろしくお願いします」
はにかんだ顔もかーわーいーいー!
『ちょっと、あなたこんなかわいい子を隠してたの?』
『食うなよ』
『食うか!』
日本語を話す私達を見てロジャーが不思議そうな顔をしていたので、オホホホと笑って誤魔化した。
「さあどうぞ、こちらへいらして」
優さんが家の中を案内してくれた。着いたのは……食品庫?
「ジャーン!」
「これはっ、お米!」
「そうよ、お米でーす」
「こんなに沢山、どうやって」
「うちのお父様が仕事で隣国へ行った時に、視察で偶然見つけたらしいの」
ユージェニーの父、グラント侯爵様は外務大臣だ。外交で近隣諸国へ行くこともある。
「それでね、食用の大型ネズミを飼育している施設に視察で行ったら、餌として米をあげてたんですって」
「まさかの、ネズミのエサ!」
「それを聞いた私が米を取り寄せて貰って、料理長に米の炊き方や料理を伝授したってわけ」
「まさか隣国のネズミの餌だったとは。そりゃ探しても見つからないわけだわ」
前世の記憶が戻った後に、お米が恋しくなって探したことがある。だけどどこの店にも置いていなかったのだ。
「うちもお米を食べだしたのは最近よ。それまではこちらの料理を普通に食べてたわ」
そうだよねぇ。日本人としての記憶が戻ったのは学園の入学式の日だし。
「あとで少しお土産に持って帰って。用意してるから」
「まぁ、ユージェニーいいのかしら」
「いいのよ。あなたおにぎり好きなんでしょ?」
「うん、大好き!」
コクコクと頷いた。隣でロジャーもコクコクしている。
「ロジャーもおにぎりが好き?」
「はい! ユージェニー姉さまが作ってくれるのが好きです!」
「そうなの、優しいお姉さまね」
優さんがそっぽを向いて照れている。この姉弟、萌えるわ。
「あと、もうひとつ見てほしいものがあるの。こっちよ」
優さんは邸の裏手へ出る扉を開けた。どうやら使用人たちの居住区域らしい。そこの一角にある小さな小屋へ案内してくれた。扉を開けると
「さあどうぞ、ここは保存食なんかを置いている小屋なの。これを見て」
「ん? ツボ?」
優さんが蓋を開けると……嗅いだことのある匂いがした。
「ぬか漬け!」
「そう、米の糠でぬか床を作ってみたの」
「凄いわ!!」
「ぬっふっふ」
優さんがドヤ顔で変な笑い方をしている。
「これを見よ。ジャーン」
こちらは、樽の中に青菜が漬けてあるようだわ。ってかコレ!
「ダンベル!」
「そこかい! それ、漬物石の代わりに乗せてみた」
「ちゃんと活用してるじゃない。本来の使い方とは全然違うけど」
「本来の使い方なんて無理よ。持ってみて」
私はダンベルを手にした。
「いや、おっも!」
「五キロよ、五キロ! 貴族令嬢の私にどうしろと?」
「米袋の重さじゃん……」
「ね、そういう人なの……」
「お嬢様、準備が出来ております」
イケオジの執事さんが呼びにきてくれた。
「行きましょうか。お昼を用意してるの」
「まぁ、ありがとう」
私達はイケオジ執事さんに中庭へと案内された。
「こちらへどうぞ」
庭が見渡せる場所にテーブルセットが用意されている。
「わあ、素敵なお庭ね」
「ありがとう、天気がいいからここにしてもらったの。さ、座って」
ユージェニー、ロジャー、私の三人でテーブルに着いた。
すると、給仕のメイド達が料理を運んできてくれた。こ、これは!
「おにぎりと玉子焼きとウインナー!!」
「どう?」
「ユージェニー、最高の組み合わせよ!」
「ふふっ、どうぞ召し上がれ」
「いっただっきまーす」
ロジャーも手でおにぎりを持って食べてる。ニコニコしてかわいい。
「ピクニックみたいで楽しいわね」
「はい! ヴァイオレットさんとピクニックなんて嬉しいです」
「ね、こちらも良かったら食べてみて」
「にんじんと大根のぬか漬け!」
「そうなの。夏になったらきゅうりとナスでやってみるわ」
「んん〜〜これこれ! (前世の)おばあちゃんちを思い出したわ。グスッ」
「ヴァイオレット、遠慮しないで沢山食べてよ」
私は美味しい美味しいと、おかわりまでしてしまった。
「本当に、こんなご馳走を準備してくれてありがとう」
「良かった。料理人たちも喜ぶわ」
「えぇ、最高だったと伝えてちょうだい」
執事さんはにっこりと頷いてくれた。
食後に、侯爵家で用意してくれたお茶菓子と、私が持参したドーナツでお茶を楽しんだ。小麦粉、ベーキングパウダー、砂糖、玉子と牛乳を適当に混ぜて、油にスプーンでボトッと落として揚げた素朴なドーナツ。周りには砂糖をまぶしてある。この世界にドーナツなんてなかったから作ってみたの。
「ヴァイオレットさん、このドーナツというお菓子とっても美味しいです!」
「あら、ロジャーに気に入ってもらえて嬉しいわ」
「本当、懐かしい味がするわ」
「でしょう? ひと口だからつい食べちゃうのよね。このスコーンも美味しい」
おしゃべりしながらだと、ついついお菓子に手が伸びてしまう。三人で色んな話をして、ロジャーとも仲良くなれたわ――
楽しい時間はあっという間だ。もうお暇する時間ね。
「今日は本当に楽しかったわ。皆さんどうもありがとう」
「ヴァイオレットさん、絶対また遊びに来てくださいね!」
「侯爵家一同お待ちしております」
ロジャーや執事、メイド達までお見送りしてくれている。
「ヴァイオレット、次はお姉さまや両親もいる時にきてね。紹介したいの。あと、これはお土産よ」
「もちろん、お会いするのが楽しみ。まあ、これお米! こんなにいただいてもいいのかしら」
前世の米袋くらいの重さである。
「いいのよ。無くなったら言って、またおすそ分けするから」
「ありがとう! ではお言葉に甘えていただいて帰るわね」
皆に見送られながら馬車に乗り込んだ。ロジャーがブンブン手を振ってる。かわいいー!
私ったら、すっかりこのフロプリの世界を満喫しちゃってるわ。こんな平和な毎日がいつまでも続くといいな。