59 放課後の練習
翌日の放課後も米を研ぐところから練習をした。ボウルを傾け水を流す時に、米まで流してしまわないようにするのが、意外と難しかったみたい。
だけど、男子も女子も皆真剣に取り組んでいた。貴族なのにとか、男なのにとか、誰一人として言わなかった。貴族の中でも高位な私達が、自ら手を汚して料理や火熾しをしているから言えないのかな? と思えば、そうでもないみたい。皆がこの国の将来や、領民の事を考えて真剣に学ぼうとしているのが、すぐに分かった。
見たことのない穀物でも、食べ方さえ知っていれば家族や領民に食べさせることが出来る。もしも予期せぬ災害が起こったとしても、火の熾し方や料理の仕方を知っていれば炊き出しが出来る。将来貴族の当主になる人やまた夫人になるであろう人達まで、率先して料理をしようとしていた。街に住む人達もそうだ。自分にも出来る事があるかもしれないと、一生懸命に覚えようとしていた。
きっと、小父様達やお父様がこの光景を見たら喜ばれるでしょうね。貴族も平民も関係なく、みんなで協力して国の未来のために進もうとしているんだもの。私はこのクラスに入ることができて本当に良かったと、心から思った。
よし! みんなに美味しいご飯を食べてもらうために、私も頑張らなくちゃね!
「水に浸けて三十分経ったわ。このように透明感があるお米から白っぽくなったらもう大丈夫。お鍋に移して火にかけていきましょう」
今日は、森さんも助っ人に来てくれている。優さんと森さんと私、それぞれひとつのかまどについて皆に炊き方をもう一度おさらいしていった。
「今日は、おにぎりの作り方も練習しましょうか。災害時の炊き出しには持ってこいだし、ピクニックや学校のお弁当にもいいのよ」
「あとは、焼きおにぎりも試してみましょうか。香ばしくて美味しいのよ」
「炊いたお米を焼くの?」
「あら、パンだってトーストするじゃない。焼いたら香ばしくて美味しいでしょ?」
「それもそうね」
ご飯の蒸らしが終わったら、みんなでよく手を洗って半分は塩だけのおにぎり、半分にはめんつゆの果汁を混ぜることにする。やっぱり初めて作るおにぎりには悪戦苦闘していた。
「うわーなんか変な形になっちゃった。なんでそんなにきれいな三角になるの?」
「こればっかりは、何度もやってみるしかないわね。ほら、指をこんなふうに曲げてみて」
「はわ、さっきよりきれいにできたわ」
「おい、お前のおにぎりデカくね?」
「手がデカいから仕方ないだろ」
ここで意外な才能を見せたのは、魔法薬倶楽部所属改め部長のオルコットさん。森さんが少し指導しただけで、日本のお母さんか! ってほど、見事なおにぎりを作ってみせたのだ。
「オルコットさん、あなたやっぱり手先が器用なのね。去年のピザも大活躍だったし」
「本当本当、初めてでこれはすごいですよ。いいお婿さんになれますね」
「おっ、お婿さん!?」
森さんが何気なく言った言葉に過剰反応しているが、森さんは何も気付いていなかった。残念。
焼きおにぎりの方は、去年のピザ窯で焼くことにした。ご飯のかまどは木炭ではなく薪を使っているから、火が強すぎるみたいなのよ。その点ピザ窯はオーブンみたいなもんだから、鉄板におにぎりを並べて入れると、香ばしい焼色がついた。
みんなで試食に入ると、思い思いの感想が飛び出た。
「俺はシンプルな塩味が好きだな」
「こっちの焼いたカリカリも美味いぞ」
「あれ? 私の焼きおにぎりにチーズが入ってるわ!」
「それ、今日の当たりよ。握る時にこっそり入れておいたの。どう?」
「美味しいわ! チーズとも合うのね!」
「うわー俺もそれが良かったー!!」
結局、塩も焼きも両方人気だったので、塩おにぎりと焼きおにぎりをセットで売ることにした。
次の練習日には、カレーも試作した。ご飯を炊く方はクラスメイト達にお任せして、半分はカレー作りに回った。担任のキートン先生も、野菜を切るのを手伝ってくれている。
「にんじん、玉ねぎにじゃがいも。保存のきく野菜で作れるのね」
「ええ、これは基本形です。だけど家にある野菜ならなんでもいいんですよ。きのこや旬の野菜にすると、季節感も味わえますよ。パンにも合うんです」
「それはいいわね。色々と試したくなるわ」
先生にもお子さんがいらっしゃると言うから、きっと喜ばれると思うわ。だって、前世の給食でもカレーは人気のメニューだったもの。
「カレーはパンにも合うの?」
「ええ、プレーンなパンに付けて食べてもいいし、カレーパンっていう揚げパンもあるわよ」
「それ、今度詳しく教えてほしい!」
パン屋の娘であるミレナさんが、身を乗り出してきた。もちろん、カレーパンがお店に並んだら嬉しいもの。ぜひ商品化してほしいわ。
カレールーに関しても、いつもは『あれも入れちゃえ! これも入れちゃえ!』で適当に作るのだけど、それではみんなには分かりにくいということで、うちで優さんと森さんと三人で試作した時に、きちんと計量してレシピ化しておいた。これが正解なのかは分からないけれど、日本のカレーっぽい味には仕上がっていると思う、たぶん。後はお好みでスパイスを変えてオリジナルカレーを楽しんでもらいたいわね。
「わぁ、初めて嗅ぐ匂いだわ。だけど、スパイシーで美味しそう」
「南方の国では、こういうスパイスをミックスして塗り込んだ肉料理があると聞いたことがあるわ」
さすがはキートン先生。外国のことも詳しいらしい。どんな料理なんだろうな、タンドリーチキンみたいなのかな?
「おーい、ご飯が出来たけど、少し焦がしてしまったみたいだ。すまない」
かまどの担当をしていた男子がしゅんとしている。見てみると、ちょっと茶色いおこげがある程度。大したダメージではないわね。
「これはおこげといって、美味しいところなのよ。ほら、食べてみて」
しゃもじでおこげの部分だけすくって、その男子に差し出した。恐る恐る食べてみたその子は、
「本当だ、香ばしくていけるな」
「でしょう? これくらいなら大して問題ないわ。とっても上手く炊けているもの」
「そうか、安心した。ありがとう」
ホッとした笑顔を見せた。よかった、元気を取り戻したみたい。これくらいのことで失敗を恐れてほしくないものね。
「ヴァイオレットー! カレーも良さそうよ」
「了解ー! ご飯も大丈夫よー」
テラスにカレーの鍋を持って出ると、使い捨ての深いお皿にご飯とカレーをよそっていった。試作なので本番よりちょっと少なめ。スプーンは本番もカフェテリアから借りることになっている。
「これがカレーの匂いかな?」
「学園長先生、そろそろいらっしゃると思って準備しておきました」
「それはありがたい」
だって、学園長先生って妙に鼻が利くんだもの。これだけカレーの匂いがしたら、顔を出さないはずがない!
「さあ、皆さんで作ったカレーライスをいただきましょう」
キートン先生の言葉に、ワーっと歓声が上がり皆スプーンを取った。
「ん、スパイスが効いているな。だけど辛すぎず色んな味がする」
「ええ、野菜が沢山入ってますから、その甘みも感じますね」
先生達にも好評のようだ。喋りながらもスプーンが止まらない。
「鶏肉が美味いぞ。このスパイスに合う」
「今日は鶏肉だけど、牛肉でも豚肉でも出来るんですって」
「それ全部食いたいな」
「ご飯がいくらあっても足りなさそうね」
「俺、この鍋いっぱい食いたい」
その時、カフェテリアの前に生徒会の面々が通り掛かったが、いつものように絡んでくることはなかった。おそらく、学園長先生とキートン先生の姿が見えたからだろう。フローラだけは切なそうな顔で、こちらをジッと見つめていたのが気になった。
その後も何度か炊飯とカレー作りの練習を繰り返した。おにぎりも格段に上手くなり、同じ大きさで握れるようになった。売店のおばさまが手伝ってくれた日もあり、当日は去年と同じく飲み物のお店を出してくれる事になった。
「去年みたいに、お互いに助け合ってやろうじゃないの」
「ええ、おばさま。お願いしますね」
そんな学園祭も迫ってきたある日の休み時間、クラスの女子達が優さんと私に話しかけてきた。
「あなた達の倶楽部の本、読ませてもらったわ」
「なんて面白いのかしら! あれ、カレー屋の一角で売るんでしょ?」
「私達もお客の対応を手伝うわよ。あなた達はカレー屋のリーダーだから忙しいでしょう?」
いつの間にかリーダーになってる。言い出しっぺでお願いした立場ではあるけど、リーダー?
でもお手伝いはありがたいわね。
「甘えてもいいのかしら?」
「もちろんよ!」
「それくらいなんて事ないわ」
女子達が完全に味方についていた。アニーさんたら、どんな手を使ったのやら。教室の隅でニヤリと笑っている。
学園祭まであと少し。お米はお父様達が提供してくれることになっている。カレーの材料も手配済。あとは本番を迎えるだけね!




