58 よっ! かまど職人!
翌日の放課後、早速クラスメイト達とかまどを作ることになった。
去年のピザ窯は設置されたままだ。焼き芋パーティーでも大活躍だし、そのまま置いておこう。
「この隣でいいんじゃないか?」
「そうね。テラスから離れすぎても不便だし、隣に作りましょうか」
今日は家から土鍋を持ってきている。さすがに羽釜なんてないものね。そもそも羽釜の実物を見たことも使ったこともないから、再現しようもないのだ。学園祭ではうちにある土鍋を総動員で炊くことにして、それに合わせたかまどの大きさにする。
「ユージェニー、かまどはこの土鍋の大きさに合わせて上に穴を開けてね。上に金網を乗せてから鍋を置くわ」
「あなた、段々と難しい要求をするようになったわね」
「ユージェニーの魔法の精度も上がってるし、いけるかなーって」
「まあ、やれなくもないけど?」
「かまどは四つくらいあったらいいかなぁ」
「ふふん、まあやってみるわ」
優さんは得意げに鼻を鳴らすと、両手を前に突き出した。
「エイッ!」
優さんが掛け声を上げると、ゴロッとした石がゴロゴロと出てきて、きれいに積み上がっていた。ちょっとキャンプで作るかまどっぽい。コの字型で手前だけ薪を入れられるよう空いている。上の穴に網を乗せてみると、高さもそこそこあるのにかなり安定している。
「良さそうね! 鍋もグラグラしないわ」
「でしょう?」
「よっ! かまど職人!」
「違うわよっ!」
褒めたのに、否定されてしまった。優さんはあと三つのかまども難なく作り上げていった。これ、このまま焼肉とかも出来そう。いつかやりたいわ、バーベキュー。学校だけど。
実はさっきお米を一回分研いで水に浸けておいたの。出来たばかりのかまどに、慣れた手付きの男子達が薪を組み火を熾してくれた。去年だいぶピザ窯で火熾しをしたものね。薪は去年と同じく学園の敷地内の間伐材だ。
今日は担任のキートン先生もいらっしゃるから、火を焚くことも許可されている。
「まあ、お米ってこんなに白い穀物なのねぇ」
「ええ、精米と言って周りの余分な所は削ってしまうんです。するとこんなに白くなるんですよ」
「その削りかすを取り除くために、前もって洗ってあります。しばらく水に浸して置くと、柔らかくて美味しく炊けるんです」
「へぇ、小麦とは随分違う食べ方なのね。オーブンではなくて、鍋を使うなんて」
キートン先生は感心したように、私達の説明を聞かれていた。
「おーい、薪に火が移ったぞ」
「ありがとう、じゃあ炊いてみましょうか」
クラスメイト達がぞろぞろとかまどの周りに集まってきた。
「いいですか、まずは中火で鍋をかけます。沸騰するまで十分弱くらいかな」
「沸騰して湯気が上がってきたら少し火を落して、十二、三分ほどそのまま。火が強すぎると焦げてしまいますよ」
「ブクブクとした音が出なくなったら、かまどからはずして十分くらい蒸らします」
「蒸らすってなに?」
「要するに、蓋を開けずに放置ってこと」
「ここで開けるのはダメ絶対」
「へ〜」
みんな真剣にメモを取っている。誰でも炊けるようになれば、交代も可能だものね。
「もう大丈夫かしら。蓋を開けるわね」
優さんが土鍋の蓋を開けると、フワッと湯気が上がった。ツヤツヤとしたお米が立っている。
「わ〜、これがお米」
「お米を炊いたものは『ご飯』と言います」
「発酵がいらないなんて、パンより出来るのが早いわ」
そう言うのはミレナさん。さすがはパン屋さんの娘。目の付け所が違う。
「発酵はいらないけど、炊く前に浸水はしないといけないわ。三十分くらいかしら」
「ほほーそうなのね」
何でもかんでもメモっている。うん、浸水は大事。
「じゃあ、私達が『おにぎり』を作ってみせるわ」
手をよく洗い、手のひらに塩をつける。炊きたてはちょっと熱いけど、コロコロと手の中で回して三角のおにぎりを作り上げた。今日は人数が多いからひとつが小さめ。
「これがおにぎりです。今日は米の味を見てもらいたいからシンプルに塩だけよ」
「中に具を入れたり、周りにも海苔……はわかんないか。青紫蘇を巻いたりお肉を巻いてタレに絡めたり。あとはタレを塗って焼いたりとかね。色々とアレンジも可能よ」
「それはなかなか美味しそうだね」
「「「学園長先生!」」」
また匂いが漂っていたのかしら? もちろん学園長先生も試食にお誘いした。
「これがお米……私も初めてだよ」
学園長先生の口元に、皆の視線が集まる。
「おお! ふっくら柔らかいな。シンプルな塩味なのに、ほんのり甘さも感じる」
「うわー、俺もう我慢できない! 食べる!」
男子が手を伸ばしたのを合図に、僕も私もと皆が手を伸ばした。手で食べるのにも抵抗はないみたい。
「うん、美味いよこれ。たしかに塩だけでも甘みがある」
「パンとは全く違うわね! この食感初めて」
「美味いけど、小さすぎて足りないよ〜」
男子の嘆きに笑いが起こった。学園長先生が仰る。
「何回か練習するといい。誰か先生についてもらってね。誰もいなければ私がやるよ。試食もあるんだろう?」
「ええ、焼きおにぎりやカレーも試作しますわ」
「私も付き合うわ!」
キートン先生も食い気味に付き添い宣言をされた。次回からは鍋の数を増やさなくちゃね。
「もちろん、お米は魔石のコンロでも炊けますよ。うちではいつもそうしているわ」
「この土鍋じゃなくて、普通のお鍋でも出来るのよ。きっちり蓋ができるものなら大丈夫なの」
私達が言うと、口々に話しだした。
「普通のお鍋でいいなら、うちでもやってみたいわ」
「うん、家族も気に入ると思う」
「へえ、じゃあかまどが足りなかったら、魔石コンロも併用出来るってことか」
「そうね。あとカレーは魔石コンロでやろうと思ってるわ。ずっと保温しておきたいし」
「それがいいわね。ずっとかまどだと焦げちゃいそう」
みんなでワイワイと話し合いながら、また明日もご飯の炊き方の練習をすることに決まった。火の始末をしっかりとやり、今日は解散となった。
みんなが散り散りに帰り出した頃、私と優さんはアニーさんを呼び止めた。
「アニーさん、ちょっと話せるかしら?」
「ええ、もちろんよ。例の本のこと?」
「そうなの。良く分かったわね」
アニーは得意げに胸を反らした。
「そりゃあ分かるわよーそれで、売れ行きが気になってるんでしょ?」
「あなた、探偵になれそう」
「ふふっ、ただの推測。売れ行きは順調よ。試しに近所のお姉さんに売りつけたら、勝手に噂が広まっちゃって。回し読みでもいいかなと思ってたのよ? だけど、結局近所の若い子だけじゃなく、おばさん達までハマっちゃったみたいなのよ」
「それは凄いわね。なんか刺さるところがあったかしら?」
「ええ。おばさん達は、旦那に浮気をされた事を思い出したらしくて。浮気男が成敗されるのにスカッとしたんだって」
若い人だけじゃなく、意外な層に受けているみたいだわ。今どき貴族でも、政略結婚の妻を大事にしないと叩かれるもの。愛人なんて大っぴらに囲えなくなっている。最近は『真実の愛』を隠れ蓑にしている節はあったけれど、やっぱりみんなどこかで疑問に思っていたみたいね。
「ありがとう、それを聞いて安心したわ。受け入れられてるのが嬉しい」
「そうね。『やっぱり真実の愛じゃないと!』って言われたらどうしようかと思っていたわ」
「大丈夫よ。もう流行りは真実の愛じゃないわ! 今からは『浮気男は許すまじ!』よ」
最初に渡した二十冊はもう売り切れたらしい。アニーさんは追加で十冊持って帰ると張り切っていた。
「そうだ。このカレー屋の片隅に、うちの倶楽部のブースをひっそり作ることにしようかと……本を置くだけだから、大丈夫よね?」
「まだみんなには言ってないんだけど、出店許可はネイサン先生が取ってくれるって」
「そんなの、女子達みんなに本を貸してあげれば一発よ。一冊誰かに回してもいい?」
「ええ、それは構わないけど」
「じゃあその辺で誰か捕まえて渡しておくわ。クラス内で回し読みを推奨しとくね」
そう言うと、アニーさんは颯爽と去っていった。相変わらず仕事が早くて助かるわ。




