57 新学期 お父様達からのお願い
九月、新学期が始まった。と言うことは……毎年恒例の学園祭の出し物を決めなくてはならない。しかし、今年はクラスメイト達にお願いしないといけない事があるのだ――
◇◇◇◇
「ヴァイオレット、ちょっと話がある」
グラント侯爵領から帰ったあと、少しの間ヘザートン公爵領へも里帰りした。そこから戻った八月の後半、お父様から執務室へ来るように言われた。なにかしら……私なんかやらかしてないわよね。うん、たぶん大丈夫。宿題もやったし、王宮の王子妃教育もサボっていないわ。
ドキドキしながら執務室をノックした。
「入りなさい」
「はい。お父様、お話とは?」
「先日、グラント侯爵から話があったんだ」
えっ、まさかスイカ割りではしゃいだことがバレちゃった? 棒を振り回してスイカを叩きつけるなんて、淑女らしくない! とか言われちゃう?
「十月に学園祭があるらしいな」
「え、学園祭? スイカじゃなくて?」
「お前は何の話をしている」
「いえ、学園祭でしたわね。ほほほ」
いつも先走ってしまうのは私の悪い癖ね。危うくやぶ蛇になるところだったわ。
「その学園祭で、お前達に協力してほしいことがあるんだ」
「それはグラント侯爵となにか関係が?」
「ああ、ファニング子爵もだ。お前はどちらの令嬢とも仲が良いのだったな」
「ええ、とても仲良くしていただいていますわ」
「よろしい。これは国の事業とも関係のある、重大なことだ」
えっ、ポンコツ悪役令嬢の私達が国の事業だなんて、そんな大それた事をしていいわけ?
◇◇◇◇
「今年も学園祭の季節になりました。なにかアイデアがある人は挙手をしてください」
クラス委員の司会で、学園祭の話し合いが始まった。
「「はい!」」
「えっと、ヴァイオレットさん、ユージェニーさん、どちらから聞きましょうか? 順番にお願いします」
「いえ、ふたり一緒で大丈夫ですわ」
「私達、今からするのは同じ話なのよ」
「わかりました、お願いします」
私達はクラスメイトの顔が見えるよう、黒板の前に出た。
「実は国からの要請がありまして……我が国でも新たに作り始めた米という穀物を広く知ってもらうために、まずは将来国を背負っていくであろう若い方から食べてもらおう、という話が上がっているそうですの」
「その米を我が国に隣国から持ち込んだのがうちの父で、初めて国内で育ててくれたのが二年生のモリー・ファニングさんのお父様なのです」
「うちの父は今後の生産量を増やすため、予算を立てなければなりません。若い方の反応や、沢山訪れるであろう保護者達にも感想を聞きたいそうですわ」
「え、てことは、外務大臣と財務大臣が関わっている案件か」
「思っていたよりガッツリ国の事業ってことね」
「そんなの、私達みたいな学生が関わっていいのかしら?」
みんながザワザワと話し始める。担任のキートン先生が咳払いをした。
「皆さん、お静かに! この話は私も学園長先生を通じて聞いております。ヴァイオレットさんとユージェニーさんのお父様のお仕事関係だというだけでなく、我がクラスの去年の出店での活躍も考慮して、適任だと学園長先生も推薦されたのですよ」
「去年の集客数は凄かったもんな」
「料理を作るのにも慣れてきたわ」
「大人数の接客もね。大丈夫な気がしてきた」
「「「よし、やろう!」」」
「皆さん……最後の学園祭なのに、私達の提案を聞いてくださってありがとう」
「いいよいいよ、また美味いやつが食えるんだろ?」
みんながドッと笑った。
「違いないな。美味いやつが食えるなら喜んでやるよ」
「ええ、そうね。また珍しいものなんでしょう? 楽しみだわ」
みんなの優しさが嬉しい。半分は本音だろうけど、半分は私達に気を遣わせないためだわ。
「ええ! 皆さんにとびっきり美味しいものを食べていただくわ」
「メニューは、『カレーライス』と『おにぎり』です」
「かれーらいす?」「おにぎり?」
みんな初めて聞く料理名に、首を傾げている。優さんと森さんと私の三人で、前もって決めていたメニュー。家で試作をして、お父様達からもオーケーをもらっている。
「説明するより、食べてみた方が早いわ」
「明日からまた放課後に、かまど作りとご飯を炊く練習をします。残れる方はご協力お願いします」
「場所は去年と同じカフェテリア外のテラスで許可を取っていますからね。皆さん頑張って。私も手伝うわ」
キートン先生からも応援されると、みんなはオー! と声を上げた。
◇◇◇◇
「じゃあ、おふたりのクラスでやることに決まったんですね! ご協力ありがたいですね」
放課後の『いにしえの古文書解読研究会』の部室、もうひとりのお米関係者である森さんにも報告をしていた。
「当日は私もお手伝いしますからね。クラスメイトじゃないけど!」
「ええ、ありがとう。クラスの方や魔法薬倶楽部は大丈夫?」
「倶楽部は今年は無しですよ。なんせ部員もふたりだけだし、オルコットさんもカレーの方で忙しいでしょうから。クラスはお化け屋敷なんで、小道具作りに回れば、当日は別の人がお化け役になると思います」
「お化け屋敷って……」
「ええ、たぶんヒロインと攻略対象のイベントのやつですね」
ヒロインが攻略対象を決めたら、学園祭でその相手と一緒にお化け屋敷に入るのだ。
攻略対象って、結局誰なんだろう。フローラはいつも筋肉に囲まれているからわからないわ。逆ハールート? いや、それだとネイサン先生が入っていないもんね。
「あまり関わりたくないけど、攻略対象の確認だけしとく?」
「そうね、今後の対策もしやすくなるし」
「その時間だけ抜けさせてもらって、こっそり陰から覗きましょう」
私達は頷き合った。その時、何かを思い出した様子の優さんが、パンッと手を打った。
「危うく忘れるところだったわ。これが出来上がったの」
優さんが手にしていたのは、グラント領の市で買ったビーズを使ったブレスレット。
「まあ、早速作ってくれたのね! とってもきれいだわ」
「ありがとうございます! 素敵……着けてもいいですか?」
「もちろんどうぞ」
わあ……手首で、透き通ったグレーに緑がかった箔がキラキラと煌めいているわ。このビーズにしてよかった!
「優さん、ありがとう。大事にするわ」
「嬉しいです。グラント領のいい記念になります」
「ふふっ、どういたしまして」
その時、ノックの音がしてネイサン先生が入ってこられた。
「みんな久しぶりだね」
「ネイサン先生もお元気そうで」
私達は挨拶を済ませると、得意のカクカクシカジカを発動した。
「そういうわけで、しばらく倶楽部活動が出来ないかもしれません」
「ああ、大丈夫だよ。今年は何を作るの?」
「「「カレーライスです」」」
「カレーライス……きっとまた美味しいものなんだろうね。僕も楽しみにしておくよ」
緑の虹彩が入ったような不思議な色合いのグレーの瞳を細め、先生はふわりと微笑んだ。 あれ? なんだっけ? 今なにかデジャヴのような――
「そうだわ! 先生にお土産がありますの」
私が思考の彼方に飛んで行きそうになっていたところ、優さんの声で現実に引き戻された。そうだ、お土産を渡さなくちゃ。
「うちの領地の隠れた名物、『ノリーの木の樹皮』略してノリです」
「ブッ、これ樹皮なの?」
「ええ、真っ黒ですが、色々と巻いて食べると美味しいですよ」
「ありがとう。いただくよ」
先生はクッキー缶ごと受け取った。
「私からはこれです。ユージェニーの領地で買った、カマボです」
「えっと、この土に刺さっているピンクの物体がカマボかな?」
「ええ、多肉植物なんです。本当は生のまま渡したかったんですが、渡すまでの間が長かったものだから、根っこが出てきてしまったのですよ。これ、もうすぐ花が咲いて実が生るみたいですよ。ちくわっていう美味しい物が生るので、実ったら食べてみてください。ピンクの部分も節が伸びたら食べられますから」
「お、おう。多肉植物すごいな。ありがとう」
私は植木鉢を先生に渡した。
「私からはこれです。去年美味しいと言っていただいたので……代わり映えしなくてすみません」
「ウーメだっけ? ありがとう、好きなんだ。いただくよ」
先生の腕はお土産でいっぱいになった。主に私の植木鉢のせいだけど。
あら? ジャケットの胸ポケットに、見覚えのある茶色いビンが。
「先生、お疲れなんですか?」
「えっ、なんで?」
「胸ポケットに、売店で売っている疲労回復のドリンク剤が入っているから」
「ああ、あのクッソ不味いやつね」
「不味いんですか?」
「売店のおばさまが言っていたの。『クッソ不味いから飲めたもんじゃないけど、効果は抜群』だって」
私達の会話を聞いて先生が笑い出した。
「アハッ、たしかに飲めたもんじゃないかも。君たちも試してみる?」
「い、いえ。遠慮しますわ」
「元気いっぱいですから!」
「私も、若いので大丈夫です」
私達は両手を振って、全力で遠慮させてもらいました。
「ところで、例の本はどんな感じかな?」
「『真実の愛の裏側』ですね。順調に母達がお茶会で広めてくれていますわ」
「どこで手に入るんだって、問い合わせもあったらしいですよ」
「うちの領地の土産物店に置いてもらった物も、王都から観光に来た若い方が手に取って、預けた二十冊が完売したようです」
「それはすごいね! 僕も、学校の図書館と王立図書館に匿名で寄贈しておいたよ」
「ネイサン先生、さすがですわ! 図書館は盲点でした」
「色んな人の目に留まるといいわね」
明日、アニーさんのお店の様子も聞いておかなくちゃね。
「私達三人とも学園祭ではカレー屋におりますので、その脇にひっそり『いにしえの古文書解読研究会』のブースを作っておきますわ」
「出店許可は僕が取っておくよ」
「ありがとうございます。去年と同じカフェテリア外のテラスですわ」
「了解」
本の方も着々と広がりを見せている。これが私達悪役令嬢(仮)の助けになってくれるよう祈ろう。




