56 夏の楽しみ
市から帰ると、早速厨房を借りてかまぼこを調理した。裏庭の家庭菜園から青紫蘇を摘んでくると、核を取り除いたウーメを包丁で叩いた。一センチほどに切ったカマボの背に切り目を入れ、青紫蘇とウーメを挟んで一品出来上がり。
きゅうりとチーズを挟んだもの、チーズと海苔を挟んだものも作った。
チーズと青紫蘇を挟んだものも作り、フライパンで焼いてみた。チーズが焦げて美味しそ〜。
「ついでだから、こっちも使おうかしら」
そう言って、優さんと森さんは海苔を使った料理も作り始めた。切ったチーズに海苔を巻いただけのシンプルなもの。トーストしたパンにたっぷりバターを塗り、ちぎった海苔を乗せてひと口サイズに切ったもの。どれも簡単だけど、絶対美味いやつ。
『あなた達、前世は酒豪ね?』
私は日本語でこっそり聞いた。
『えっ、なんでわかったんですか?』
『だって全部、酒のツマミじゃない!』
『そう言うすみれさんこそ』
『う、お酒好きでした』
「じゃあ、学園を卒業したら一緒に飲みましょうね」
優さんがウインクを飛ばした。
出来た料理は、料理人達が大皿にきれいに盛り付けてくれた。さすがはプロ。居酒屋メニューがパーティーのオードブルのようになったわ。
夕食の席で前菜として出されると、ジェームズ小父様達も感動してくれた。
「こんなマイナーな食材で、よくもこんなに沢山の料理を思いついたね!」
「まあ、ノリーも組み合わせてあるわ。カマボとノリーが合うなんて知らなかった」
「この赤くて酸っぱいの、紫蘇と合うのね。私好きよ」
「今までノリーはおにぎりが一番だったけど、このカマボと合わせたのも僕好き!」
小父様のお酒も進んだようだ。喜んでもらえて良かったな。
練り物がこの世界にあったことも大きな収穫だったし、冬のちくわも楽しみだわ。
◇◇◇◇
翌日、中庭でお茶をしていると庭師がロジャーに話しかけてきた。グラント侯爵家も小父様達の人柄か、使用人達との距離が近い。和気あいあいとした職場っていいよね。
「ロジャー坊っちゃん、今年も坊っちゃんの好きなスイカが沢山出来ておりますよ。冷やしておきましょうか?」
「本当に? ありがとう! ここのスイカが一番甘いんだ」
ロジャーは嬉しそうに言った。庭師も嬉しそうに頷くと、スイカを採りに戻っていった。
「スイカと言えばあれよねー」
「あれって、あれ? よく海でやるやつ」
「それ懐かしいですねー、ってこっちではやった事ないですけど」
私達三人があれとかそれとかよく分からない話をしていると、アンジェラさんがしびれを切らしたように言った。
「あれってなに!? 物凄く気になるんですけど!」
私達三人は目を合わせると、アンジェラさんの方を向いた。
「そうか、こっちには無いんだわ」
「そうみたいね。私はあっちでもやったことないんだけど」
「本当ですか? 私は子供の頃は毎年じいちゃんの畑で採れたスイカでやってましたよ」
「うん、私病弱だったから、あんまりアウトドアな遊びに縁が無くて……」
「「そっかぁー」」
「だから、何の話よ! ユージェニー姉様は昔から健康優良児でしょ!」
アンジェラさんはさっぱり要領を得ないようだ。ごめんごめん、前世の話なのよ。
「「「スイカ割りよ」」」
「スイカ割り?」
アンジェラさんとロジャーが同じ方向にコテンと首をかしげた。かわいいな。
「まずは、少し離れた所にスイカを置きます。そして挑戦する人は目の所に布を巻いて、目隠しをするの」
「目隠しをした人は手に棒を持って、他の人がその人をぐるぐると回すの」
「え、目が回っちゃうじゃない」
「わざとですよ。目を回させて、方向が分からないようにするんです」
「それで同じチームの人が右〜とか左〜とか誘導して、スイカにたどり着いたら棒でガツン! スイカが割れたチームが勝ちよ」
「「なにそれ〜!」」
スイカ割りって、日本では夏のメジャーな遊びだけどこっちでは誰もしないみたいね。あれ、向こうでも日本以外はあまりしないんだっけ?
せっかくだから冷えたスイカでやろうと、午後にスイカ割り大会をすることになった。
午後、裏庭には私達だけでなくジェームズ小父様やグラント夫人、庭師や休憩時間中のメイドや料理人達まで集まってきた。思っていたより大掛かりな会になってきたわ……小父様達なんて、執事にテーブルセットとパラソルまで用意させているわ。
森さんがルールを説明する。と言っても、なんとなく前世でやっていたスイカ割りを思い出して決めた、なんちゃってルールだ。棒は壊れたほうきの柄を借りた。
「まずは、二、三人くらいでチームを作ります。くじ引きで先攻後攻を決めたら、最初の挑戦者が目隠しをされて、棒を持って三回ぐるぐると回ります。同じチームの人がスイカまで声で誘導してください。手を引いて連れて行ったりは無しですよ? 両チームが交互に挑戦し、先に棒でスイカを叩き割った方が勝ちです」
「実際にやってみた方が早いわね。じゃあチーム分けをしましょうか」
ユージェニーとロジャーの姉弟チーム、私とアンジェラさんがチームになった。森さんは? と聞くと、
「私が入ると勝負になりませんから」
ニヤリと笑って答えた。なに、意味深ね。
「ではくじ引きの結果、ロジャー、ユージェニーチームが先攻です。どうぞ」
スイカは四、五メートル先に置いてあって、下には土がつかないように布を敷いてくれている。というか、やけに大きなスイカだな。一番立派なのを置いてくれたのかな。
ロジャーに目隠しをし、ぐるぐると三回回した。
「うわ、どっちがスイカか分からなくなっちゃった!」
「ロジャーこっちよ、私の声の方においで」
優さんが手を叩いて方向を知らせた。小父様達や使用人達も『坊っちゃん右です!』などと声援を送っている。
「そこよ! 思いっきり棒を振り下ろして!」
「えいっ!」
ロジャーが振った棒は、スイカの側面を掠ったけどスイカがズレただけに留まった。
「わ〜結構難しいんだね」
「ロジャー惜しかったわ!」
優さんがロジャーに声を掛けると、使用人達も手を叩いて健闘を称えた。
「次はアンジェラさん、位置について」
アンジェラさんもぐるぐると回されて方向感覚が狂ったようで、スイカを叩くことは出来なかった。元日本人だけど一度もやったことがない優さんも、同じくスイカにかすりもしなかった。
私も前世ぶりに挑戦したけど、スイカに棒は当たったが割ることは出来なかった。
「意外と割れないものね」
「うん、大きいもんね」
「では、私がやってみましょう。誘導をお願いします」
森さんはキュッと目隠しをすると棒を持った。ぐるぐると三回回すと、スイカの方向に向けて止める。
森さんが棒をスッと構えた。えっ、なんかカッコイイ。目も回っていないのか、体幹がしっかりしている。右とか前にとか誘導しても、スッスッとすり足っていうの? そんな迷いのない足運びでスイカの前まで進んだ。
「そこよ!」
と私が叫ぶと、
「メェエエーーン!!」
鋭い掛け声を上げて、棒を振り下ろした。壊れたほうきの柄が、一瞬竹刀に見えた。スイカは見事に真っ二つ! 見学者からは大きな歓声が上がった。
「もしかして、なにかやってた?」
「ええ、実は子供の頃から中学時代まで剣道をやってました」
「「やっぱりねー!」」
そりゃ勝負にならないはずだわ! 太刀筋が全然違うもの。
「私もやってみようかな」
ずっとウズウズしていたらしいジェームズ小父様が、椅子から立ち上がってきた。他にも庭師や料理人、なんとメイドまで参加したいと手を挙げた。
二回戦も大盛り上がり。割れても割れなくても、皆が大声で笑い転げた。三回戦は護衛騎士達による勝負。これも本職の騎士だけに迫力満点で大変盛り上がった。
割れたスイカは包丁で切られ、皆に振る舞われた。邸に残っていた使用人達にも回せるほど、沢山のスイカが用意されていた。ロジャーの言う通り、本当に甘くて美味しいスイカだったわ。
「ヴァイオレットさん、スイカ割り楽しかったね!」
「そうね、ロジャーももう少しで叩けそうだったわ」
「うん! 来年は割れるように、剣の素振りをがんばるよ!」
そっち? 目標がスイカ割りでいいの? いいのか、まあなんでもやる気になるのなら。
「坊っちゃん、来年も沢山スイカを作っておきますよ」
庭師さんも、今更だけど丹精込めたスイカを叩き割られていいの? うん、ニコニコと楽しそうだからいいのか。
この年から、スイカ割り大会は侯爵家の夏の恒例行事となったらしい。
そこから数日、森に散歩へ行きリスを探したり、菜園でトマトを丸かじりしたり、収穫したてのとうもろこしを茹でてもらってまたかじりついたり、みんなでそうめんをすすったり楽しく過ごした。
アンジェラさんはすっかり森さんに懐き、王都の学園での再会を約束していた。グラント夫人は、森さんがお土産で渡した『肌年齢が十歳若返るクリーム』で、ツヤツヤになっている。ケイティさんのクリームも、去年よりパワーアップしたようね。
こうして、私達のグラント侯爵領での楽しい一週間は終わりを告げた。




