55 そんなものがあったなんて!
今日は、グラント夫人が近くの街を案内してくださっている。治安は良いらしいけど、念のためグラント侯爵家の護衛とは別に、公爵家と子爵家からの護衛も私服で紛れてついてきている。
「王都に比べるとのんびりしているでしょう?」
「いえ、とても活気があっていい街ですわ」
「店も多いですね。うちなんて田舎すぎて何もないですよ」
今日は月に一度の市が立つ日だという事で、馬車を降りて開催されている広場へと向かった。途中にある街並みもこじんまりとした商店が並んでいる。店先に花が植えられたプランターが置かれたりして、とてもかわいらしい街だわ。
「さあ、ここが市よ。みんなはぐれないように塊になって歩きましょう」
「「「はーい」」」
私達は街歩き用にブラウスとスカートというシンプルな服装をしているけど、貴族の娘感は漏れ出している気がする。何よりグラント夫人の気品が隠せていない。まあ、仕方ないか。
市は全体的に食べ物の屋台が多いみたい。野菜や果物、お肉など食材を売る店もあれば、ホットドッグや串に刺したフルーツのような食べ歩きに向いている物も売っている。その中でもガラスビーズが並んだお店がキラキラしていて、女子達は引き寄せられた。
「みんなにお揃いで何か作ってあげるわ。好きなビーズを選んで」
前世、小物作りが趣味だったという優さんが言った。
「ユージェニー姉様、そんなことができるの?」
「ええ、耳飾りでも髪飾りでもなんでもいいわ」
「じゃあブレスレットは?」
私が言うと、みんなが『いいわね』と賛成してくれた。それぞれ備え付けのカゴに好きなビーズを選んでいった。ロジャーはタイピンを作ってもらうんだって。私はどれにしようかな~。
その時目に付いたのが透き通ったグレーに緑のキラキラした箔のようなものが混ざった、少し大人っぽいビーズ。よし、これにしよう。もう十八歳で成人だもの、少し背伸びしてもいいわよね?
「私、これに決めたわ」
「あら、大人っぽくて素敵ね」
「ユージェニーも、青紫色できれいね」
まるで、フレデリックお兄様の瞳の色みたい……グフ。無意識でしょうけど、内緒にしとこうっと。ビーズを買うと、ユージェニーに託した。グラント領に来た記念になるわ、出来上がりが楽しみ。
「あの屋台は何かしら?」
「あれは、カマボのバター焼きね。夏によく出てくるのよ」
鉄板で何かを焼いている屋台が気になって言うと、グラント夫人が教えてくれた。聞いた事がない食べ物だわ。カマボ? 庶民の食べ物なのかしら。ロジャー達も知らないみたい。
「僕、食べてみたいな。いい匂いがする」
みんなで屋台に近付く。うわっ、これ!
「「「かまぼこ!」」」
優さん、森さん、私の声が揃った。それは一センチほどの厚みに切られた、ピンクと白の半円形をしたあのかまぼこだった。鉄板で焦げ目がつくくらいにバターで炒めている。
「ユージェニー、なんでこんなところにかまぼこがあるの?」
「いや、私も初めて見たのよ」
「海からも遠いのに。練り物はうちの領地にも無いですよ」
「お嬢さん達、カマボを知ってるのかい? これは昔からこの辺りの農家で細々と作られているものだよ。夏が旬の食べ物さ。よそにはないよ」
かまぼこに興奮ぎみの私達に、屋台のおじさんが話しかけてきた。そして、また聞き捨てならない言葉を聞いたわ。農家ですって?
「それは何から出来ているのですか?」
「カマボという、多肉植物の一種だよ。一節がこれくらいなんだけど、切って食べるんだ」
おじさんが見せてくれたのは、まさしく前世のスーパーで売っていたのと同じかまぼこ。ただし、木の板はついていなかった。
「多肉植物、何でもありだな」
「コーブンも多肉植物ですもんね」
私は、ど派手なピンクのサボテンのようなものを想像した。どんな状態で生えているんだろう。ロジャーが一人分注文してみた。紙コップに焼けたカマボが山盛りに入っている。おじさんが串を人数分くれたので、ひとつずつ味見をした。
「あ、かまぼこ」
「うん、バターで焼いたかまぼこだわ」
「味も食感もそのまま、かまぼこですね」
ロジャーは気に入ったようで、美味しい美味しいと食べてしまった。
「おじさん、これはどこで手に入りますか?」
「夏の間は、その辺の八百屋に売ってるよ! ほら、そこの屋台にもある」
おじさんが指差した先にある八百屋に、たしかにピンク色の物体が見えた。私達はお礼を言って八百屋に向かうと、たしかにピンクのかまぼこが並んでいた。
「かまぼこが八百屋で売ってる……」
考えちゃだめよ優さん! ここはそんな世界なのよ!
「いらっしゃい、お嬢さん達カマボが欲しいのかい?」
肝っ玉母さんという風情の八百屋のおかみさんが、カマボを見せてくれた。
「これはね、カマボという多肉植物だよ。ほらこんな風に生えているのさ」
植木鉢に生えたカマボを見せてくれた。前世で言うシャコバサボテンみたいに、十センチほどの長さのかまぼこが三つ四つと節で繋がって鉢から沢山生えていた。
「本当に土から生えてる」
「秋からは次々と花も咲かせるんだよ。冬に生る実も美味いんだから」
「実も生るんですか!?」
「ああ、カマボと食感は似てるかな。細長くて周りは茶色く真ん中に穴が空いてるんだ」
「それって……ちくわ?」
私達は地面にガリガリと小石で絵を描いて、おかみさんに見せた。もちろん、ちくわの絵だ。
「そうそう! お嬢さんよく知ってるね! このカマボを土に差しとくだろ? そしたら根が出てまた新しく芽が出てくるよ。年中食べられるけど、やっぱり旬は新芽の出る夏だね」
「買います!」
森さんが凄い勢いで手を上げた。たぶんあの領地の温室で育てる気だね。まさか、かまぼこの実がちくわだなんて、考えもしなかったわ。練り物繋がりかしら。
「そうだ、カマボを食べる時は皮を剝いてちょうだいよ。この透明の皮は食べられないんだ」
「わかりました」
前世のかまぼこみたいに薄いビニールで包んであるように見える。あれ、皮なのね。
森さんは、三十個もカマボを買った。私もお土産用に何個か買った。
「ウーメを持ってきたんですよ。あとで一緒に食べましょう」
残りは領地の温室と、王都のタウンハウスで育ててみるそうだ。上手く行けばちくわが食べられるかも? いや〜でも惜しいわ。冬に生るんだったら、ちくわきゅうりは食べられないのよね。
普通に白身魚で練り物を作らんかーい! って思ったあなた。王都から海が遠いから難しいのよ……
「多肉植物だから、冷蔵庫もなしで輸送できるんですよ。凄くないですか?」
森さんは興奮している。グラント夫人も、『あらあら、珍しい植物が好きなのね〜』と、おっとり微笑んでいた。




