53 今年の夏は
「そうだ、ヴァイオレットちゃん。今年の夏はうちの領地にいらっしゃいよ」
お茶会もお開きになる頃、ルイーザ小母様が突然思い付いたように言った。
「お邪魔してもよろしいのですか?」
「もちろんよ! 去年はファニング子爵家にお世話になったでしょう? 今年はモリーさんも一緒に、グラント侯爵領へ。ね?」
「あら、いいじゃない。他所の領地を見ておくのもいい勉強になるわ」
お母様の許可も出たなら問題ないわね。
「では、よろしくお願い致します」
「嬉しい! ロジャーも喜ぶわ」
優さんはぴょんぴょん跳ねて喜んだ。
◇◇◇◇
「私は領地の『崖パイ』を売っている土産物屋に、本を置いてもらうことにしました。観光に来た貴族の娘なんかが、手に取ってくれるんじゃないかと思って」
「バカンス中の読書にうってつけね」
「ちょっと内容がアレだけど」
「スカッとするような結末だから大丈夫じゃないですかね」
学園は夏休みに入った。グラント侯爵領へ向かう馬車の中、私達は持ち込んだお菓子をつまみつつおしゃべりに興じていた。ロジャーは午前中はしゃぎすぎたのか、優さんの膝枕でお昼寝中。
「オルコットさんも興味津々で、三冊も買ってくれました。もちろん、作者は内緒でと念を押してます」
「オルコットさんも、なかなか勇気があるわね」
「あの表紙の本を読めるとは……三冊もどうするのかしら」
うん、お兄様と同じ匂いがするわ。読む用と保管用と飾る用とか? できれば布教もしてほしい。きっと、好きな人が書いた本だから三冊も買ってくれたんだよね。森さん愛されてるわー。本人はまだ気付いていないけど。
「兄嫁さんや妹さんもおられるみたいなんで、勧めてもらうよう頼みました」
「良くやった!」
グラント侯爵領は、王都から東に馬車で七、八時間。朝早く出発すれば夕方には到着できる。夏は日が長いので、まだ明るい時間に到着することができた。
「やあ、みんな疲れていないかい?」
「皆さん、よくいらっしゃいました」
ニコニコと出迎えてくださったのは、ユージェニーのお父様のヘンリー小父様と、その弟のジェームズ様。ジェームズ様は、王都の仕事が忙しいヘンリー小父様に頼りにされ、領主代行をされているそうなの。ここにはご家族で住まわれているそうよ。
「おかげさまで、順調に来ることができましたわ。ジェームズ様もお邪魔いたします。ヴァイオレット・ヘザートンと申します」
「はじめまして。私はモリー・ファニングと申します。お招きありがとうございます」
「ああ、君がモリーさんか。よく来たね。先日お父上のファニング子爵には世話になった」
「侯爵様、ファニング領に視察に行かれたそうですね。父から手紙で聞いております」
「兄上、こんなところで立ち話もなんだから」
「すまない! さあ、みんな中へ入ってくれ」
ヘンリー小父様は仕事の関係で領地へ寄られていたそうだけど、明日には王都へとんぼ返りだそう。やっぱりお忙しいのね。
応接室へ通されると、まずはお茶を出していただいた。
「あーモリーさん、君も『ヘンリー小父様』で頼むよ。侯爵様は寂しい」
「私も『ジェームズ小父様』がいいなぁ」
「は、はい。ヘンリー小父様、ジェームズ小父様」
ふふっ、ご兄弟揃ってかわいらしいわ。森さんに『小父様』と呼ばれてとっても嬉しそう。
私は気になった事を聞いてみた。
「先程、ファニング領へ視察に行かれたとおっしゃいましたわね?」
「ああ、ファニング家が米の生産に名乗りを上げてくれただろう? 今年初めての田植えをしたと聞いて、視察に行かせてもらったんだ」
「まあ、そうでしたの。いかがでしたか?」
「うん、青々とした苗が植わった水田はとても美しかった! 隣国でしっかり指導も受けてくれたようだし、もしかすると初の国産米が穫れるかもしれないな」
「それは素晴らしいですわね!」
国産米が安定して穫れるようになったら、もっと国民にもアピールしやすくなるかも。だってネズミの餌ではなく、ちゃんと人が食べるために作ったお米だもの。
「農業支援の予算も、ヘザートン公爵と相談しているところだ。全て輸入に頼るより国産の物が手に入った方がいいからね」
「うちの領民も、支援があれば田んぼを作る農家が増えるでしょう。よろしくお願い致します」
「努力しよう。ぜひ薬と並ぶファニング領の名産品にしてほしいものだ」
客室に案内され旅の埃を落とすと、家族の晩餐に入れていただいた。
ジェームズ小父様の奥様と、娘さんも紹介された。優さん達の従姉妹ね。
「はじめまして! ユージェニー姉様の従姉妹でアンジェラ・グラントと申します。十四歳です!」
とっても元気でかわいらしい女の子だわ。森さんが話しかける。
「十四歳なら、来年は領地の学校に入られるの? それとも王都の学園に?」
「王都の学園の予定です! ユージェニー姉さまと入れ違いなのが寂しいけど……」
ちょっとシュンとしているアンジェラさん。
「あら、アンジェラ。私とヴァイオレットは三月で卒業だけど、モリーさんは来年三年生だからまだいるわよ」
それを聞くとアンジェラさんの顔がパァっと輝いた。
「本当に!? モリーさん、色々と学園のお話を聞かせてもらえますか?」
「ええ、もちろんいいですよ。来年はうちの妹のケイティも入学しますから、紹介するわ」
「良かったわね、アンジェラ。この子王都に知り合いがいないからって、不安がっていたんですよ」
アンジェラさんのお母様のグラント夫人がホッとしたような顔で言った。森さんが安心させるように言った。
「私も田舎の領地から王都へ出てきたので、よくわかります。大丈夫、すぐにお友達が出来ますよ」
それから、学園の話題で話が弾んだ。小父様達も楽しそうに聞いてくださっている。
「へえ、三人は同じ倶楽部に入っているのね。私も来年、その『いにしえの古文書解読研究会』に入ろうかしら」
「アンジェラあなた本気なの? この倶楽部名を聞いて?」
「ええ、とっても楽しそう」
「ウソでしょ……」
ネイサン先生みたいな物好きがもうひとりいたみたいね。
「学園祭も楽しそう! 食べ物の出店に行ってみたいわ」
「去年はピザという、窯で焼いた具だくさんの平たいパンのようなものを売ったの。凄く沢山の人が来てくれたわ」
「いいなぁ〜私も食べてみたい!」
「なるほど、食べ物の出店か。うん、いいかもしれんぞ」
「お父様? どうされたの?」
「いや、ちょっとな。ファニング子爵とヘザートン公爵にも相談してみないと――学園祭はいつだ?」
「十月だけど」
「益々いい!」
ヘンリー小父様がブツブツと考え事を始めた。
「なんだろうね?」
と私達は首をかしげたけど、結局教えてもらえなかった。気になるわー!




