52 最強の淑女達のお茶会
「まあ、キラッキラね」
「本当、キラッキラだわ」
「これなら若い女の子は思わず手に取るわね」
今日はお母様と一緒に、グラント侯爵家のお茶会に招かれている。お茶会と言っても、グラント家の女性達と招かれた私達だけなのだけれど。これはお茶会という名の実質作戦会議である。
ソフィアお姉様は先月、婚約者のハーディング公爵子息と結婚され次期公爵夫人となられたけれど、今日のお茶会にも参加されている。
あ、ご結婚のお祝いはこの世界での常識的なものにしておきました。ご安心を。
そんなわけでソフィアお姉様は公爵家の嫁であり、第一王子殿下の側近夫人であり、オリヴィア第一王子妃殿下のご友人という、社交界でも注目される地位におられるのだ。
うちのお母様とルイーザ小母様も、以前から社交界での確固たる地位があるのはご存知の通り。この三人に協力を仰げば鬼に金棒である。鬼なんてこの世界にはいないけど!
「お母様達にお願いしたいのは、これを貴族のご婦人方に流行らせることなの」
「今のままでは、私達は円満に婚約解消が出来ないわ。それどころか、平民の女子生徒をいじめた悪役令嬢に仕立て上げられてしまいそうなの」
「「「なんですって!」」」
私達は、先日のカフェテリアであったことを三人に話した。学園中で、バーナード様とその側近達がフローラに夢中だと噂になっていることも。
「あんのクッソ野郎どもめ!」
「私のかわいい娘達に何してくれてんだ!」
「絶対許さん! ボッコボコにしてやる!」
三人とも怒り心頭である。貴族の夫人だとは思えないほどのキレようだわ。
「私達は殿下達になんの思いもないから、浮気してくれるなら渡りに船なんだけど」
「うん、ただ悪者扱いされて断罪でもされたらたまらないなって。いじめなんてしていないのに」
優さんは近い将来起こる事を、サラッと混ぜて訴える。
「じゃあその浮気相手とまとめて潰せばいいの?」
お母様が恐ろしいことを言う。本当にやれそうだから止めとかなくちゃ。
「あのね、たぶんフローラは本意じゃない気がするのよ」
「そう、私達に泣きそうな顔で『婚約者とこじれさせるのは嫌だ』って言ってたの。あの顔は私達を陥れようとしての発言ではないと思ったわ」
「うん、あと殿下達に囲まれていても、いつも暗い表情をしていて楽しそうじゃないから」
そうなのだ。あれからも何度か生徒会の面々を見かけたが、いつも楽しそうなのはバーナード様達だけで、フローラは引きつったような笑いしかしていないのよ。原作ゲームで見たような天真爛漫な笑顔は、一度も見ていない。
あまり関わらないようにしているから、攻略もどの程度進んでいるかも不明だ。
「そうなの。じゃあその女子生徒も無理矢理付き合わされてる可能性もあるわね」
「あり得るわ。あの子達、空気が読めないし」
「乙女心がわかるなら、ダンベルなんかプレゼントしないわよ」
ソフィアお姉様、優さんの誕生日プレゼントの件をかなり根に持っていらっしゃる。
「それでね、この本を色んな人に読んでもらおうかと思って書いたの」
「悪いのは『真実の愛』を盾にして浮気をする男の方で、婚約者と言い寄られる女の子は被害者って話でね」
私達はジャーンと本の表紙を改めて見せた。
「私も『真実の愛』の流行はどうかと思ってたのよ。そんなの浮気し放題じゃない」
「ええ、頭の中がお花畑の男ほどそう言うのよね。私達の旦那様は大丈夫そうだけど」
「そんな暇もないほどお忙しいものね」
うちのお父様は財務大臣、グラント侯爵は外務大臣、ハーディング公爵子息は第一王子の側近だ。皆真面目で毎日忙しくされている。
「私達もその本を読んでみるわ。ルイルイ、お茶会で周囲の夫人達に勧めましょう」
「ええ、みんな新しい話題には飛びつくもの。絶対に流行るわよね? トリスィ」
「私も王宮で広めるわ。オリヴィア様の侍女達に渡したら、王宮で働く侍女やメイドや事務官まで広めてもらえると思うわ」
この三人だけで、どれほどの影響力があるのだろう。思っていた以上にすごそうだわ。
「あの騎士団長のバカ息子も、婚約者を蔑ろにしているんではなくて?」
ルイーザ小母様が問う。
「ええルイーザ小母様、モリーさんも私達と似たりよったりの扱いを受けておりますわ」
「やはりそうなのね。うちはお米の件でファニング子爵家とは縁ができたでしょう? あの子も守ってあげなくては」
「ありがとう、お母様。モリーさんも大事なお友達なの」
「そんなの当たり前じゃない。あなたのお友達は私の娘同然よ!」
ルイーザ小母様、相変わらず母性愛にあふれていらっしゃる。お母様も思案顔で言う。
「ボールドウィン伯爵夫人は、とても思慮深い方なんだけれど」
「家族や親戚も脳筋揃いでご苦労をされているみたいよ」
「ルイルイ、いっそのことこちら側に取り込むのも一つの手よね」
「ええ、お茶会でお会いする事があったら、お話してみましょうか」
色んな方向からの攻めの体制が出来ていく。
「私達は、学園祭で売って生徒達に広めるつもりなの」
「この絵を描いたクラスメイトが、下町の商店街でも売ってくれるって言っているわ」
「いいわね。もし何か起こったとしても、世論はこちらの味方に付けたいもの」
「民衆の声は馬鹿にできないわ。あなた達も身分に拘らず色んな人脈を作っておいて損はないわ」
「ええ、学園では色んな方が親しくしてくれて、私達を助けてくれてるの」
「みんな情に厚くて才能あふれる、素晴らしいお友達よ」
「それはとてもいい事ね」
そう言って、お母様達はにっこり笑ってくれた。
その時、何か思い出したようにルイーザ小母様が手をパチンと合わせた。
「ユージェニー、あなた今日は何か用意してるんじゃなかったかしら?」
「そうなのよ! ちょっと待ってて!」
そう言って裏庭の方へ優さんが小走りで行ったかと思うと、
「いや、でっか!」
葉っぱをガサガサ鳴らしながら、竹を肩に担いで戻ってきたではないか! そんなに太くはないけれど、長さは私の背より少し高いくらいに切られている。令嬢なのにそんなもん担いで走れるなんて普通に凄いわよ。その竹を執事に手伝ってもらい、私達がいる中庭のガゼボの柱に括り付けた。
「春にたけのこ掘りをした竹林のおじさんに頼んで、一本分けてもらったのよ」
そう、あの優さんの誕生日を祝ったお庭ピクニックの後、ロジャーにせがまれてもう一度たけのこを掘りに行っていたのだ。
「笹じゃなくて竹だけど、七夕っぽいでしょう?」
「まあ、それで竹を用意してくれたのね!」
「だって、せっかくヴァイオレットの誕生日じゃない。ほら、色んな紙で短冊も作ったのよ」
「それはなんなの?」
お母様達は不思議そうに見ている。
「遠い異国のお祭りで、七夕って言うの。この紙に願い事を書いてこの枝に結び付ければ、願いが叶うと言われているの」
「まあ、ロマンチックね!」
ソフィアお姉様が目をキラキラさせて食い付いている。
「じゃあ、みんなもこれに願い事を書いて結び付けてね。何枚でもいいわよ」
うーん、何を書こう。まずは『断罪を回避出来ますように』でしょ。あとは、『お友達と楽しく過ごせますように』かな。『家族が健康に過ごせますように』もいいわね。最後はこれかな『みんなの願い事が叶いますように』。
「お母様、もう書き終わったの?」
「私は一枚でいいわ」
そう言って結び付けたお母様の短冊には、
『娘達に幸せな未来が待っていますように ベアトリス』
と、書かれていた。お母様ったら……
「こっちはプレゼントね。ヴァイオレット、お誕生日おめでとう」
「ありがとう、ユージェニー。これは……」
「おじさんが竹製品も作れるって言ってたから、お願いしたの。竹のしゃもじよ」
「やったー! いつも料理用のヘラでご飯をよそっていたから嬉しい!」
「このくらいの柄の長さのヘラってないもんね」
「そうなのよー、ユージェニーありがとう!」
「ふふっ、どういたしまして」
私は皆に愛されていることを実感しながら、今年の誕生日も幸せな気持ちで過ごすことが出来たわ。
『醤油と味噌が見つかりますように ユージェニー』