51 悪役令嬢救済計画
それからの私達は、悪役令嬢救済の小説を書いていった。優さんなんて、日頃の鬱憤が溜まっていたのか一週間で四話も書き上げた。ネイサン先生からも、
「君達やっぱり凄いよ。婚約者目線にリアリティがある。男のクズさもよくわかるよ」
と、お褒めの言葉をいただいた。
私と優さんのクラスメイトで美術部員のアニーさんも呼ばれた。あの学園祭のポスターで、私を超絶美化したキラッキラの絵を描いた人物である。このことは内密にと念を押して、小説の自費出版の話をすると、
「うそ、私に表紙を描かせてくれるの? もちろんやるわ! 話を先に読ませてくれるなら挿絵だってやれるわ!」
と、身を乗り出して受けてくれた。その時に書き上がっていた分を読んでもらうと、
「なんて面白いの! このクソ野郎がヒロインに振られるところなんて、スカッとしたー。ああ、インスピレーションが湧いてきた」
そう言いながら、その辺にあった紙にサササッと絵を描いた。絵が描ける人ってすごいのね。ラクガキみたいに描いた絵でも、ちゃんと作品になってるんだもの。
森さんと私が二話ずつと、優さんが四話を書き上げ、合わせて八話の短編集になった。どれも共通して、悪役令嬢に仕立て上げられた婚約者はむしろ被害者で、『真実の愛』と声高に叫ぶ男の方が浮気者のクズだった――という話になっている。
公衆の面前で婚約破棄しようとして、ヒロインから『私は浮気相手だったのね?』と咎められ振られて、周囲から白い目で見られたり。婚約者を蔑ろにして『真実の愛』の相手に次々と貢ぐも『私は他に思う相手がいるのでやめてほしい』と振られる、ただの勘違い野郎だったり。
蔑ろにされても健気な婚約者が、クソ男から婚約破棄された瞬間に隣国の王子様から求婚されるという、夢がある話も入れておいた。
どんな話にしろ、最後は『あんな男と結婚しなくてよかったね』と婚約者にとってハッピーエンドになっている。こんな話が書けたのも、全て前世のネット小説を読んでいたお陰である。前世の作家さん達、本当にありがとう。
美術部員のアニーさんは、表紙だけでなく挿絵も描いてくれた。クソ男の絵がバーナード様っぽいのは気のせいだろうか……。反対に虐げられる悪役令嬢は皆可憐でキラッキラしている。悪役令嬢を救うヒーローもキラッキラのイケメンなの。どれもラノベの表紙っぽい。
「アニーさん、こんなに沢山挿絵まで描いてくれてありがとう。なにかお礼をしなくちゃね」
「お礼なんていいのよー私も楽しくて勝手に筆が動いちゃったの」
「そんなわけにはいかないわよ」
「だったら今度ランチかお茶でも奢ってくれたらいいわ」
私達はアニーさんに学園内のカフェテリアのランチと、放課後に近くのカフェでケーキを思う存分食べてもらった。
本の題名は『真実の愛の裏側』になった。真実の愛なんて言葉に酔って本人達は幸せかもしれないけど、裏側では婚約者はこんな理不尽なことになってるんですよ、という気持ちを込めて。
題名はお堅いけど、表紙はキラッキラの金髪の令嬢が涙を一筋流している絵だ。バックはもちろん花を背負っている。うん、これなら絶対に男性は手に取らない。
本の編集作業と発注はネイサン先生にお願いした。
◇◇◇◇
「本が出来てきたよ」
7月に入ったばかりの頃、例の本を持ったネイサン先生が部室に入ってきた。今日はアニーさんも呼ばれている。
「わあ! キラッキラですね」
「思っていた以上の出来だよ。表紙も中身もいい」
先生に褒められみんなが照れている。かわいいな。
ペンネームは三人でひとりの作家、『ローズ』になった。ネイサン先生が『君たちは華やかな薔薇みたいだから』とつけてくれた名前だ。ポンコツ令嬢には過ぎた名前で、なんだか面映ゆい。イラストの作者は『A』とだけ書いてある。アニーのAだ。
「これ、どこで売るんですの?」
一番気になっていた事を先生に聞いた。
「学校で流行らせたいから、学園祭で売るのはどうかな」
「なるほど、それはいいですね。クラスの出店のついでに売っちゃいましょう」
まだクラスで店をやるとも決まっていないのに、アニーさんは張り切っている。
「ただ、少し時間が開きますね? その他に売る予定はないんですか」
「貴族の奥様方や令嬢方にも広めたい。そこは君たちがどうにか出来そうだな」
「そうですわね。お母様に渡しておけば、勝手に広まってくれると思います」
うちのお母様も優さんのお母様も、社交界で顔が広い。お茶会にでも持っていけばすぐに話題になりそう。
「下町の方でも売ろうかな。本屋じゃなくていい、どこか置いてくれる店は……」
「はいっ! うちに置きます!」
アニーさんが勢いよく手を上げて言った。
「うち、商店街の中にある画材店なんですよ。そんなにお客さんは多くないけど、割とゆっくり見ていく人も多いから、食料品店より目に付きやすいかも。ついでに近所の『真実の愛』に毒された、脳内お花畑になってる女子たちにも売りつけときますから」
「お、おう」
なんとも頼もしいかぎりである。
「ジワジワと話が広まって、自分も欲しくなって本屋に行っても売っていない。謎の作家が書いた少数しか出回っていない本だ。きっと真実の愛系の小説以上に話題になるよ」
あとで本と一緒に家まで馬車で送る約束をして、アニーさんは美術部へ戻っていった。
「そういえば、ネイサン先生。今年は一年生の授業を持たれていないんですね?」
ゲームの展開とは違う点が気になっていたから聞いてみた。
「ああ、そうだね。今年は自分の研究も忙しくてね。二、三年生は引き続き受け持つけど、一年生は別の先生にお願いしたんだ。一年生を担当しているビンス先生は、僕の学生時代の恩師なんだよ。わけを話したら二つ返事で引き受けてくれたよ」
「そうなんですね」
うーむ。別の先生が一年生を担当している理由はわかったけど、研究? ゲームのネイサン先生って、何か研究してたっけ? そんなところまでゲームには出てこないから、なんとも言えないけども。
それを言うと、私達が本を出すことも原作にはないものね。悪役令嬢が攻略対象であるネイサン先生とこんなに仲良くなることも。全部原作にはない展開だわ。もしかして、断罪される未来も変わってきてる?
「ちゃんと回避できるかしら」
「何か言ったかい?」
「いいえ、なにも〜ホホホ」
◇◇◇◇
仕事帰りに夕食の材料を買う人達で賑わう商店街。ある店の前に一台の馬車が乗り付けた。
「え、うち? あの家紋はたしか公爵家の……」
「たっだいまー! お父さん、ちょっと手伝って」
「え? アニー? お前なんで公爵家の馬車から降り――」
「突然お邪魔しまして、申し訳ありません。私、アニーさんの学友でヴァイオレット・ヘザートンと申します」
「アワワ、これはご丁寧にどうも。アニーの父で――」
「ほら、これ持って!」
「おっも! なんだこれ」
「小説よ。明日から店のカウンターに置いてね」
「は? うち画材店だぞ?」
「アニーさんのお父様、私が無理なお願いをしてしまって……」
「いえいえ! なんでも置きます!」
「お父さんってば、美人に弱いから〜」
画材店の前では、見慣れない豪華な馬車を遠巻きにして人だかりが出来ている。
ヴァイオレットはその人だかりの方へにっこり笑うと、馬車に乗り帰っていった。人々からは、ほぅっとため息が漏れる。
「あんなきれいなお嬢様が、本当にいらっしゃるんだな」
「公爵家の家紋がついていたけど、全然高飛車な感じはなかったな」
「むしろ俺達に微笑んでくれるほど気さくで、感じが良かったな」
「当たり前でしょ! ヴァイオレットさんはお茶目でかわいい人よ! 私の大事なクラスメイトなんだから!」
アニーは腰に手を当てると、商店街の人々にドヤ顔を決めた。




