5 謎の生徒会室
嫌だな〜ほんっと、なんで引き受けちゃったんだろ。
四時間目の授業で使った資料を、資料室まで片付けに行くという仕事を先生から頼まれてしまった。いや、いいのよ? 片付けるくらいなら。ただね、ひとつ問題があって……
「おいヴァイオレット、久しぶりじゃないか。お前ちゃんと妃教育受けてるのか?」
ほら出たよ。一番会いたくなかったのに、資料室って生徒会室の前を通らないと行けないのよ。
「ご心配ありませんわ、バーナード様。毎週二回、きちんと王宮へ通っております。あら、そういえばこの間の歴史の授業に、バーナード様はいらっしゃいませんでしたわね?」
「俺はお前と違って忙しいんだ! 生徒会役員だからな」
いやいや、ふんぞり返っているけど、実質生徒会の仕事をしているのは二、三年生の先輩方よね? しかも無駄に身分が高いから、パシリにも使えないって噂で聞いてるわよ。
「そうですか、ではこれで」
いつもの令嬢アルカイックスマイルで通り抜けようとした。
「おい待て。行っていいとは一言も言ってないぞ」
ウガーーー! めーんーどーくーせーー! 頭をガシガシ掻きむしりたい気分よ。
「まだなにかありまして? 私も先生から頼まれた事がありますの。ではっ」
ガシッ! ぐっ、手首を掴まれた! なんなのよもう!
「お前が入れなかった生徒会室を見せてや――」
「あっ、大丈夫でーす」
「遠慮するな、来い!」
かぶせ気味に辞退したのに、ズルズルと部屋の中に引っ張り込まれてしまった。
「どうだこの生徒会室は。俺が入学してから色々と家具も入れ替えたんだ」
「はぁ、左様で」
「お前らが入っているいのしし研究会とやらには、ここまで出来まい」
『いにしえの古文書解読研究会』ね。面倒くさいから訂正するのはやめた。
というか……家具?
「ふんっ! ふんっ! ふんっ!」
部屋の中には、ドーンとトレーニングマシンが並んでいた。椅子のようなマシンに座り、足を引っ掛けて腹筋をするのは、騎士団長次男のジェフリー・ボールドウィン様。
ねぇ、ここ生徒会室よね? 異様に男臭いわっ! なにあのトレーニング着のマッチョは!
他にも背筋を鍛えるやつ? とか、胸を鍛えるやつ? とか走るやつもあるわ。使ったことないからよくかわかんないけど。
「どうだ?」
バーナード様はなんでドヤ顔してんのよ。トレーニングマシンを家具に数えるな!
「ヴァイオレット嬢、入らなかった事を今さら後悔しても遅いですよ」
ダンベルを上げ下げしながら来るなーー! この細マッチョ眼鏡が! それがアレ? ユージェニーの誕生日にプレゼントしたペアのダンベル?
二、三年生の先輩方は、部屋の隅っこに追いやられた机で仕事をされてるわ。お気の毒に……
「まるでトレーニングジムのような部屋ですのね」
「そう羨むなよ」
羨ましくない……ぜんっぜん羨ましくないぞ。
「いえ、なんと言いますか、一言で表すならば『斬新な生徒会』という感じですわ」
「あぁ俺がこの学園を改革していく。それが上に立つもののさだめよ」
「お、おぅ」
「なんだ、反応が薄いな。チッ、だからお前は可愛げがないんだ」
めっちゃ睨んでるわぁ。だったら最初から引き止めなければいいのに。何がしたいんだこの人。
「皆さまお疲れさまでございます。どうぞ頑張ってくださいませね」
二、三年生に向けて憐れみの眼差しで労いの言葉をかけた。へにゃりと笑う生徒会長様が痛々しい。
「私は先生の用事を済ませます。ユージェニーとお昼を約束しておりますので、失礼」
私はバーナード様達の挨拶もそこそこに、部屋から逃げ出した。
◇◇◇◇
「ブッヒャッヒャ! ひぃ~生徒会室にトレーニングマシンって! ふぅぅぐぅ、ダメだ。ひ〜」
「優さん、令嬢の仮面が剥がれまくってますわよ」
またも優さんは爆笑している。なんなら我慢しようとして息が止まりかけている。大丈夫かしら。
「そんな面白い事になってたなら、私も一緒に行けばよかったわ〜」
「行かなくて良かったかも。笑いを我慢出来なくて、無駄に腹筋を鍛えることになってた」
「たしかに、もうすでに痛いわ」
「それにしても、あれは生徒会じゃなくて体育会ね。バーナード様もドヤって『俺がこの学園を改革する』とか言ってたわよ」
「教室ごとにひとつマシンを置くとか言い出しかねないわね。ぐふっ、バグりすぎでしょ」
本当にただのバグなの? こんな乙女ゲーム変よねぇ。
「そういえば、アレ見たわよ」
「アレって?」
「あなたが誕生日にプレゼントされた、ペアのダンベルの片割れ」
「えっ、ダンベルくらい幾つか持ってるでしょ」
「そうかなぁーあなたの瞳と同じ翡翠色だったわよ」
あれ? スンッてなっちゃった。
「ちなみに、優さんがもらったのは何色?」
「……くろ」
「やだ、婚約者様の色じゃない。黒縁眼鏡だし」
「せめて瞳の色か髪の色にして。黒目黒髪よ」
「……特注品?」
「お金を掛ける方向がおかしいのよ! 普通はアクセサリーとかドレスの色にするもんよ!」
「まぁなんだかんだ言って、トレバー様は原作通りユージェニーのことが好きだったんでしょうね。方向がおかしいけども」
「昔はね。今は違うかな。結局私が喜ぶ物じゃなくて、自分が満足するものを贈るようになったんだから。もう私の事なんて見てないのよ」
ちょっとせつないわぁ……
「でも少し羨ましいな。私なんか婚約者に一度も好きになってもらえなかったもの」
「そっか」
「プレゼントにドレスやジュエリーもくれてたけど、カードすら付いてなかったわ」
「えぇ……」
「でね、次に会う時に身に着けていくじゃない? それで『プレゼントありがとうございました』って言ったら、『何のことだ』って言われたのよ」
「うわぁ……」
「周りの侍従が焦っていたからそれで察したわ。全部周りの人達が気を遣って選んでくれてたんだなって。その点、自分で選んでくれただけトレバー様はマシよ」
「ダンベルだけどな」
「バーナード様、私の誕生日すら知らないんじゃないかしら」
「もうもう、なんて酷いやつなの!? すみれさん、今年からは私が祝ってあげる! そんな酷い思い出は上書きしてあげるから!」
「優さん、ありがとう」
優さんの目がうるうるしてる。宝石みたいで綺麗だな。
「すみれさん、誕生日いつ? 何月何日?」
「七月七日」
「七夕ね! 天の川はないけど!」
「そうなの。優さんはいつ?」
「三月三日」
「ひな祭りね! 雛人形はないけど!」
やっぱり優さんは名前の通り優しいな。
「「ふふっ、誕生日が楽しみになってきたね」」




