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46 春のピクニック

「ねえ優さん、今度のお休みにピクニックをしましょうよ」

「ピクニック? いいわよ」

「うちもお兄様が参加するから、あなたもロジャーを連れてきてくれる?」

「ええ、わかったわ。どこに行くの?」

「ふふっ、まだ内緒」


こうして、私は優さんと約束を取り付けた。



◇◇◇◇


私は朝早くから、張り切って料理を作り始めた。


「おはようございます、ヴァイオレットさん。頼まれていた物、これで大丈夫ですかね?」

「おはようモリーさん、朝早くからありがとう。わあ、立派ね」

「いえいえ、これくらいなんでもないですよ。私も下拵えを手伝っていいですか?」

「もちろん! 助かるわ」


森さんも加わり、邸の料理人達に説明をしながら進めていった。いくら料理のプロでも、いきなり和食は無理だものね。その点、森さんが加わってくれて凄く助かった! 


「わ、こんなものまで手に入れたんですか?」

「ふふ、昨日ちょっとね。モリーさんは出汁をお願いしてもいい?」

「わかりました。コーブンですね」



こうして、料理は着々と出来上がっていった。


◇◇◇◇


「ユージェニー嬢、ロジャー、よく来たね」

「フレデリック様、今日はよろしくお願いいたします」

「フレデリック兄様、今日はどこに行くの?」

「ふふっ、今日は馬車に乗らなくても行ける所でピクニックだよ。さあどうぞ」



優さんとロジャーが中庭へとやってきた。私と森さんで出迎える。


「いらっしゃい、ユージェニー、ロジャー」

「こんにちは」

「まあ、モリーさんも! ピクニックって聞いていたんだけど」

「ええ、今日はここでピクニックよ!」


私はみんなを、枯れ木のような葉っぱのない木のそばに置いた、テーブルセットへと案内した。


「まあ! これ、ちらし寿司!?」

「そう! ここでお花見をしましょう」

「お花見? お花って花壇の?」

「フッフッフッ、モリーさんお願いします」

「はいっ!」


森さんは両手をテーブル横の葉っぱのない木にかざすと、


「ハァッ!」


と掛け声を発した。すると、その木についていた小さな蕾が一気にほころび始めた。


「わあ! お姉さんすごいね! お花が咲いたよ!」


ロジャーが驚きの声を上げた。先程まで枯れ木のようだったその木に、きれいな桃色の花が咲き誇っている。


「まあ、桃の花! なんてきれいなの! 去年いただいたものかしら?」

「そうなの。まだ少し時期が早いのだけれど、モリーさんの魔法で咲かせてもらったわ」

「はい、私の魔法は『周りを少し暖かくする』ことが出来るので」


そう、森さんも悪役令嬢の例にもれず魔法は微妙な感じだ。けれど薬草を育てる家系だけあって、植物を成長させるのにはもってこいな能力なのよ! 花咲かじいさんならぬ、花咲かモリーさんね。


「桃の花の下で、三月三日のユージェニーの誕生日をお祝いしたかったの。お誕生日おめでとう」


みんな口々におめでとうと優さんに声をかける。


「ありがとう! まさかこんなに素敵なピクニックだとは思わなかったわ!」

「ふふっ。さあ、食事を始めましょうか」


私の言葉を合図に、お花見パーティーは始まった。


「ちらし寿司に、はまぐりのお吸い物、それに茶碗蒸し!」


お兄様もロジャーも初めて見る料理に、興味津々だ。


「はまぐりは、森さんに持ってきてもらったのよ」

「領地から氷魔法で凍らせて運んでもらったんです。王都ではなかなか手に入りにくいので」

「そうだったの……私のためにありがとう」

「喜んでもらえて良かったです」


料理に使った出汁は、森さんの領地から送ってもらった昆布のような味の多肉植物コーブンだ。


「まだあるわよ。料理長お願いね」

「かしこまりました」


そこには、魔石で火が使えるコンロと油が入った大きな鍋がセットされた。


「では、揚げていきます」


料理長がそう言うと、ボウルに入った衣を食材にまとわせ油に入れた。にんじん、菜の花、アスパラガスなど季節の野菜で彩りも鮮やかだわ。


「まあ! 天ぷらね!」

「以前、そうめんと一緒に出したら喜んでくれただろう? だからまた揚げたてを食べてもらおうかと思って。めんつゆの果汁も温めてある」

「すごいわ! 天ぷらに天つゆまで!」

「僕は初めて見る料理だよ。どんなものか楽しみだな!」


ロジャーも鍋の中で揚がっていく天ぷらを見て、ワクワクしている。


「どうぞ、お熱いうちに」


料理長が、各々のお皿に揚げたての天ぷらを載せていく。


「わ、サクサク! 僕これ好き」

「美味しいわね、ロジャー!」

「海老も白身魚もモリーさんの領地のものなのよ」


私はちらし寿司を取り分けた。お兄様はめんつゆの実を食べ慣れているから和食にも抵抗がないけど、さすがにこの国では刺し身は一般的じゃないので、焼いたサーモンをほぐして、錦糸玉子と茹でた海老と一緒にケーキのように盛り付けた。


「ん〜茶碗蒸しも美味しいです!」

「モリーさんのコーブンのおかげね」


森さんも料理を楽しんでくれている。今回の一番の功労者は森さんだものね。


ちなみに、お椀などないのでお吸い物はスープ皿、茶碗蒸しはココット皿で代用している。ナイフとフォークで食べる天ぷらも、なかなかシュールだ。


「あれ? これってもしかして……」

「そう、たけのこの天ぷらよ! 煮物もあるわ」

「うそっ! たけのこなんてあるの?」


今年のプレゼントは、実はこれだ。きっとこの世界で食べたことがないと思ってね。


「昨日、郊外の竹林へ行って、掘らせてもらったのよ」

「ああ、まさか竹の子供が食べられるなんて僕も知らなかったよ。掘るのも楽しかった」

「フレデリック様が掘ってくださったのですか!」

「ああ、きっと君が喜ぶってヴァイオレットから聞いてね。ちょっと張り切ってしまったよ」


お兄様が照れくさそうに言う。イケメンが照れるとなかなかの破壊力があるな。


「公爵家のご子息なのに、自ら土を掘って採ってきてくださったなんて――嬉しいです」

「喜んでもらえたなら、掘りに行った甲斐があるな。剣を振るのとは勝手が違って、最初は苦労したよ」

「だけどもう、たけのこを探すのもプロ級よね? お兄様」

「ああ、こんなに美味しいのならまたシーズン中に掘りに行ってもいいな」

「僕もやってみたい!」


ロジャーも気に入ってくれたようで、お兄様とたけのこ掘りの約束をしていた。優さんはたけのこを美味しい美味しいと堪能し、大好きなさつまいもの天ぷらはおかわりまでしてくれた。



「そうだ! デザートもあるのよ」

「ジャーン、おひな様クレープです!」


丸いクレープを着物に見えるように折りたたみ、中に手作りのカスタードクリームを入れた。顔にあたる部分には、森さんの温室で育てた苺を置いている。


「モリーさんが形を作ってくれたのよ」

「かわいい! 本当におひな様みたいね」


お兄様達はなぜこんなに、私達女子が盛り上がっているのか分からないみたいだけど、


「楽しんでくれているならよかったよ」


と、優しく見守ってくれている。

食事が終わると、春の陽気に誘われてロジャーとお兄様が庭で追いかけっこを始めた。私達女子は、優さんが持ってきてくれた焼き菓子とお茶を飲みながらまったりとおしゃべりをする。



「今日はみんな本当にありがとう」

「ええ、沢山食べてくれて嬉しいわ」

「完全な和食でしたね。私も久しぶりに作っていて楽しかったです」


しばらくは他愛もない話をしていたが、ふと思い出して言った。


「そういえば、もうすぐ四月ね」

「そうか、とうとうその時が来てしまうのね」

「そうですね、ヒロインが入学してゲームが始まってしまう」


みんなの表情が少し翳った。だが、励ますように明るい声を上げた。


「きっとなんとかなるわ! だって原作と違うところが沢山あるもの」

「そうね、だいぶバグってるものね」

「なんとか、協力しあって断罪だけは切り抜けましょう!」


私達悪役令嬢(仮)は頷き合うと、もうすぐ訪れる四月に向け決意を新たにした。



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