45 王宮での噂
安心してください。コメディー小説です。
「ヴァイオレットさん、最近王宮で噂になってるわ」
「えっ? 何の噂ですか?」
今日は王子妃教育の日。最近はそれが終わった後の、オリヴィア第一王子妃殿下とのお茶会が私の楽しみになっている。オリヴィア様は公務などで忙しい日もあるが、それ以外の日は時間を作ってはお茶に誘ってくださる。
ソフィアお姉様が一緒にいらっしゃる日もあって、和気あいあいとした女子会となっている。
それが今日は、いきなり不穏な話から始まってしまった。えっ、私の噂? 私の数々のポンコツぶりが王宮の人達にバレてしまったのかしら……
「バーナード様のことよ」
なんだ、私じゃなかったわ。でも他人事ではないわね。一応まだ婚約者だし。
「私も婚約者からチラっと聞いているわ。詳しいことまでは分からないけれど」
ソフィアお姉様も知っている噂って、一体なんなの?
「そう、ソフィアも知っているのね。ヴァイオレットさん、びっくりしないでと言うのは無理があるかもしれないけれど――実は、その、第二王子が王宮で男色に耽っていると噂になっているの」
「はい?」
男色って、いわゆるボーイズラブってやつよね? あれ? ここ乙女ゲームの世界のはずなのに、BでLな展開とかありましたっけ?
「いや、まさかバーナード様が男色なわけ……」
だって、四月になったらヒロインが入学してきて、恋のアレコレが繰り広げられるはずだもの。バーナード様の恋愛対象は女性のはず。ここはちゃんと確認しといた方がいいわよね。
「えっと、相手はどなたですか?」
「側近達よ。あの宰相の次男と騎士団長の次男のふたり」
「えぇっ!? まさか!」
だって、そのふたりも攻略対象じゃない! たしかにいつも一緒に行動はしてるけれど、そんな風には見えなかったわ。え、これもまたバグなの? じゃあ、ヒロインはどうなるの?
それに私達、悪役令嬢(仮)もどうなっちゃうの? だって三人とも私達の婚約者なのに。予定通りヒロインと恋をして、婚約破棄してもらわないと困るんですけど!
「えーっと、私はどうしたらいいのでしょう」
「本当に、困ったわね。殿下の相手のひとりはうちのユージェニーの婚約者だし……」
「もし本当だったら、王子が側近といい仲だなんて醜聞になってしまうわ。レイモンド様も噂の内容が内容だけに、放っておけなくなったみたいなの。弟のことだし調べてみるとは仰っているけれど、ヴァイオレットさんも何か見ていないかと思って」
え〜だって、学園では避けてなるべく会わないようにしているし、会っても感じが悪いだけだからよくわからないわ。
「その、そもそもなんでそんな噂が出たんでしょうね?」
「何人ものメイドや侍女が見たり聞いたりしているようなの。その、バーナード様と側近たちが触れ合ってイチャイチャしてる所を……」
「オウ……」
何人も見られているとは、全くのデマとも言えなくなってきたわね。これたぶん、優さんも森さんも知らないわよね? 私も初耳だし。
「この話を、トレバー様とジェフリー様の婚約者達にも聞いてみてよろしいでしょうか?」
「ええ、なにか心当たりがないか確認をしてほしいわ。それと、学園内でも何かないか探ってほしいの。もちろん内密にね」
「わかりました。明日彼女達にも聞いてみますわ」
◇◇◇◇
「ってことで、何か知らない?」
翌日の放課後、早速倶楽部の部室に集まり話をした。
「いやいや、そんなこと気付きもしなかったわよ」
「私もです。ジェフリー様って、筋肉以外にも興味があったんですね」
「だよねぇ、私も気付かなかったわ。こんな展開、ゲームにあった?」
「なかったわ」
「ええ、なかったです」
そうだよねー、やっぱり私の記憶違いじゃなかった。
「一度探ってみた方がよくないですか? もしBL展開なら、四月以降の予定が狂ってしまいますよ」
「そうね、森さんの言う通りだわ。様子を探りましょう」
「わかった。今の時間なら、生徒会室にいるかもしれないわ。行ってみましょうか」
私達は頷き合うと、部室を出て生徒会室へ向かった。
「さすがに正面から『あなた達付き合ってるの?』とは聞けないし、まずは外から様子を窺ってみましょう」
「「ラジャー!」」
私達は生徒会室のドアにへばりついた。他の部室から離れている場所でよかったわ。今の私達って、完全に不審者だもの。あ、声が聞こえるわ。
『ふんっ、ふんっ、ハア』
『殿下、この辺りはどうですか?』
『ああ、よいな。もっとだ』
『もっと? ここもですか?』
『ハァ、それくらいでよい。お前にもしてやろう』
『殿下、そこです』
ちょっ! 待って、これ聞いていいやつ?
ジェフリー様の荒い息遣いと、バーナード様とトレバー様が何かしているらしき会話。
(いやーーー!)私達は声にならない悲鳴を上げて、部室へと戻った。
「これ、不味くない?」
「嫌なものを聞いてしまった!」
「オリヴィア妃殿下に報告した方がいいんじゃないですかね……」
もう嫌! 乙女ゲームなのにどうなってんのよ!
◇◇◇◇
「という事がありました。覗いて見たわけではありませんので、中で何が行われていたのかは分かりません」
翌日、アポを取って王宮へオリヴィア様に会いに行ったら、第一王子のレイモンド殿下も同席されていた。レイモンド殿下の側近で、ソフィアお姉様の婚約者であるハーディング公爵子息も一緒だ。
「ヴァイオレット嬢、嫌なことを頼んですまなかったね。だが、侍女達が見聞きしたことと一致している」
「レイモンド殿下、これはもう現行犯で捕まえて問い詰めるしかないかと」
「それしかないだろうな……はぁ、何をやっているんだあいつは」
ため息もつきたくなるよねー。わかります。
「今日は王宮内にいるんだったな?」
「はい、トレーニングジムにしている部屋に三人でいると、報告が上がっています」
「よし、行くか。君たちはここで待っていてくれ」
レイモンド殿下が立ち上がった。だけど、私もここで引くわけにはいかない!
「あの、私も一緒に行ってよろしいでしょうか?」
「だが、見たくない事も見てしまうかもしれないよ?」
「ええ、覚悟の上です。私達の将来がこれで決まるかもしれませんから」
そうなのだ。もしかしたら、ゲームが始まる前に婚約解消になるかもしれない。この目でしっかり証拠を押さえておきたい。優さんと森さんのためにも。
「わかった。そこまで言うのならついておいで」
「ありがとうございます」
「ヴァイオレットさん、無理はしないでね」
「ええ、大丈夫ですよ」
心配そうなオリヴィア様に笑いかけ、私達は王宮内のトレーニングジムに向かった。
なんせ中身はアラサー、図太いので本当に大丈夫です。
◇◇◇◇
『ハァ、ハァ、ふん!』
『殿下、ここはどうですか?』
『お前、だいぶ上手くなってきたではないか』
『ありがとうございます。僕のも、もうこんなに……』
『ああ、凄いな。触れてもよいか?』
トレーニングジムに着くと、外にまで声が聞こえてきた。あちゃ~。
「これか、たしかにな。行くぞ」
「はい、殿下」
ハーディング卿が勢いよくドアを開ける。バンッという音と共に、三人でなだれ込んだ。
「そこまでだ!」
レイモンド殿下の声に、三人がビクリと振り返った。あれ? 上半身は裸だけど、下はちゃんとトレーニング着を着ているわね。
ジェフリー様は少し離れた場所で、腕立て伏せをしていたようだ。バーナード様とトレバー様はお互いの胸に手をあてている。えっとー、それ、もしかして……
「お前達、何をしていたんだ」
レイモンド様がいつもより低い声で尋ねられた。これはかなり怒っていらっしゃる。
「兄上、突然どうされたのですか?」
「何って、私達は筋トレをしていたのですが」
「では、なぜお前達は裸で触れ合っているのだ」
うん、なんかもう私わかってきた。
「これですか? 男のロマンを堪能していたんですよ」
「男のロマンだと?」
あ、またややこしいことになりそう。
「あのっ、レイモンド殿下。あれは『一日だけ胸毛がボーボーになる薬』です」
「なんだって?」
そこで、学園祭の顛末を知っているハーディング卿が補足説明をする。
「はあ……そういうことか。では、お前達は付き合っているわけではないのだな?」
「はあ? 兄上、誰と誰が付き合っていると?」
「お前達三人が! 王宮中で噂になっているのだ。お前達が裸で触れ合ってイチャイチャしていると」
「「「はあ〜?」」」
何を言ってんだって顔をしてるけど、あなた達今も触れ合ってるからね。何も知らない侍女達が見たら勘違いするわよ。
「これは、薬を塗っていただけですよ! 自分ではバランスよく塗るのが難しいんです」
「そうです! 一番男らしく筋肉が際立つ胸毛を研究していたんです!」
「俺は生えてりゃなんでもいい」
「本っ当にお前達はーー馬鹿者がっ! 紛らわしいことをするんじゃない!」
三人は正座をさせられ、レイモンド殿下からこっぴどく叱られていた。
「この薬は没収する! 少しは反省しろ!」
「そ、そんなあ〜」
箱買いしたと思われる薬を、全て持って行かれ崩れ落ちる三人。いやほんと、お騒がせがすぎるわ。
◇◇◇◇
「ひ〜まさか男のロマンだったとはね。グフッ」
優さんの笑いがまた止まらなくなっている。
「そういえば、お兄様が『王都で箱買いするほどの顧客がついたようだ』と手紙に書いて来ましたよ。あれって殿下達のことだったんですね」
「でも、レイモンド殿下に没収されていたから、しばらくは使えないわね」
せっかく、男側有責で婚約破棄できるチャンスだと思ったのに、残念だわ。