44 異世界にクリスマスはない
「ヴァイオレットさん、ユージェニーさん、ちょっといいかな?」
クラスメイトで魔法薬倶楽部所属のティモシー・オルコットさんが、教室の隅で手招きをしている。
「なあに? モリーさんのこと?」
「うぐっ」
分かりやすい人である。優さんが図星を指すと、ほんのり顔が赤くなった。
「うん、そうなんだ。彼女の誕生日がもうすぐだろう? どうしようかと思って」
「そうだわ。十二月二十五日だったわね」
「クリスマスで覚えやすいわ」
「くりすます? って前も言ってたけどなんだい?」
あ、優さんが突っ込まれてしまった。この世界にクリスマスなんてないからね。
「えっと、遠い国の神様の誕生日かな? 本で読んだの」
「そうなんだ! へえ、さすが古文書研究会。物知りだね」
嘘は言っていない。なんとか誤魔化せたようね。
「私達もなにか贈り物をしたいわね」
「うん、オルコットさんは何か考えてるの?」
「それなんだ。女の子にプレゼントなんてしたことがないから、何を贈ったらいいか分からなくて……アクセサリーとかは婚約者でもないのに、図々しいよね?」
「「う〜ん」」
そこが問題なのよね。あまり関係を疑われるようなことは避けた方がいい。森さんは、まだ一応ジェフリー様の婚約者なのだから。
「うん、まだそれは早いわ。あと一年ちょっと待ってちょうだい」
「やけに具体的だね」
「まあ、大体その辺を目標にってことで。とにかく! 別のものにしましょう」
「わかったよ」
そこでまた三人でう〜んと考え込んだ。優さんがなにか思い出したように言った。
「あ、そう言えば彼女ケーキが食べたいって言ってたわね」
「言ってたな!」
「じゃあ、やっぱりブッシュ・ド・ノエルじゃない?」
「またよくわからない言語が出てきたよ……」
「あ、うん。それも本で読んだクリスマスのケーキなの」
「それどこかで売ってるかなぁ」
まあ、ないだろうな。この世界でロールケーキを見たことがないもの。
「わかった。私達が作ろう」
「そうね、それを私達からのプレゼントにするわ。だからオルコットさんは他の物を用意して」
「他の物、他の物……」
「あのね、モリーさんは宝石とかドレスみたいな着飾る物にはあまり興味がないと思うわよ?」
「うん。もっと実用的な物とか、一番興味があるものは魔法薬ね」
「そんなもの、女の子へのプレゼントらしくないけど」
オルコットさんはまだ不安そう。でも私達は転生者。普通の女の子とは違う。なんなら中身はアラサーだ。
「いーのいーの。そんな世間一般の常識はこの際忘れてちょうだい」
「常識外れでも、彼女が一番喜ぶ物を考えるのよ! あなたなら倶楽部で長い時間接しているんだし、わかるでしょう?」
「モリーさんが喜ぶもの……」
「まだ少し時間があるわ。よく考えてみて」
そう言ってその日の話は終わらせた。
「ねえ優さん、あのふたりのためにお節介しちゃいましょうよ」
「そうねケーキも作るし、サプライズでふたりきりのランチなんてどう?」
「いいわね。ちょうど二十五日は終業式で、学校も午前中で終わるしね」
「ケーキは前日に焼いておいて、飾り付けは当日の朝にすれば間に合うわね」
「お料理も前日に仕込みをして、当日の朝に仕上げて持ってこよう」
そうと決まれば、メニュー決めだ。誕生日っぽいもの? クリスマスっぽいもの? 冷めても美味しいものにしなくちゃよね。
ふたりで相談した結果、優さんがブッシュ・ド・ノエルとパンを担当。私がお料理を担当して、それぞれ当日持ってくることにした。
◇◇◇◇
「いいこと? お昼少し前になったら『いにしえの古文書解読研究会』の部室に、モリーさんを呼んでいるから、あなたもそのくらいの時間に来てね」
「わかったよ」
「プレゼントも忘れないでね」
「うん、大丈夫だよ」
今日は終業式。そして森さんの誕生日である。
私は朝早くからせっせと料理をして、バスケットに詰めて持ってきている。優さんも同じくバスケットを持って登校したので、教室へ行く前に部室へ寄りバスケットを隠しておいた。
森さんはお昼前に部室へ呼び出している。オルコットさんへの確認もした。
あとはふたりが来る前に、料理の盛りつけを終わらせないとね! 私達は終業式が終わると部室へと急いだ。あ、もちろん廊下は走っちゃだめよ。競歩で行ったわ。
「わ、優さんそのケーキかわいい!」
「でしょう? 初めて作ったけど、結構いい出来だと思うわ」
優さんが自画自賛するだけはある。チョコクリームが塗られたやや小さめのロールケーキは、ちゃんと木の模様も付けられている。栗の渋皮煮が乗せられ、柊の葉っぱも飾られていた。
「うちの料理人が栗の渋皮煮を作って瓶詰めにしてくれていて良かったわ。前世と違ってこの時期に苺なんてないものね」
「たしかに! クリスマスに苺のショートケーキは作れないわね」
そう考えると、一年中どんな野菜や果物もだいたい手に入る日本って凄かったんだなーって思うわ。うちの庭にも温室を作ろうかなぁ。
優さんのもう一品は、バゲットサンド。ハムやチーズ、レタスなどが彩り良く挟まっている。
「すみれさんも朝から頑張ったわね。そんな大量の唐揚げ……」
「うん、昨日からめんつゆにニンニクと生姜を入れて漬け込んでたの。盛り付けも急がないと」
私達は、料理を持参したお皿に盛り付けていった。唐揚げを山高に盛り、ところどころにブロッコリーを差し込んでモミの木のようにした。
「こっちもモミの木ね!」
そう、もうひとつのモミの木はポテトサラダだ。こちらも山高にお皿に盛り付け、星形に抜いたハムとにんじんをクリスマスツリーのように飾り付けた。
あと一品は、小さなタルトくらいのサイズに作ったキッシュだ。ほうれん草とキノコとベーコン入り。
「よし、完璧!」
「間に合ったわね!」
そこへノックの音がして、オルコットさんが入ってきた。手には紙袋を持っている。
「わっ! すごいご馳走だね! てっきりケーキだけかと」
「ふふっ、でしょう?」
「これ全部君たちが?」
「そうよー。私達だってやるときはやるのよ!」
優さんがドヤっている。うん、今日はドヤっていいと思うわ。
「高位貴族の令嬢なのに、自ら料理するなんて……本当に不思議な人達だな」
「こんにちは、ヴァイオレットさん、ユージェニーさん来てます?」
「「「モリーさん、お誕生日おめでとう!」」」
森さんが部室のドアを開けた瞬間、私達は揃ってお祝いの言葉をかけた。
「えっ、なに? どうした?」
森さんはイマイチ状況がつかめていないようね。
「あなた今日が誕生日でしょう?」
「あ、そうか。自分でも忘れてました。てへ」
てへ、じゃないでしょ。そこへ、オルコットさんが紙袋から何やら取り出した。
「これ、僕からのプレゼントだよ。気に入ってくれるといいけど……」
「えっ! いいのですか? なんだろう」
森さんがガサガサと包みを開くと、ん? なんだあれ。
「うわっ! これ凄く細かく粉砕出来ると噂の、乳鉢と乳棒のセットじゃないですか!」
「ああ、以前君が気になるって言ってたよね?」
「はい! しかも薬さじまで! 覚えててくれたんですね……嬉しいです!」
「それは良かった。それとこれも」
ん? ドライフラワーかな? カッサカサの草みたいな花束? を渡している。
「うそっ! どこで手に入れたんですか?! これ激レアな野草じゃないですか!」
「うん、実家の伝手でちょっと。使ってみたいって言ってたから」
「ありがとうございます! まさか実物を拝めるとは――」
あ、カッサカサの草を拝みだした。よっぽど嬉しかったんだな。
私達は、オルコットさんに『やるじゃん』と目線で送った。彼もホッと安心したようだ。
「あれ、なんかいい匂いがする。ニンニクと生姜のきいた……唐揚げ! えっ、なんで?」
「やっと気付いたわね。こっちの料理は私達からのプレゼントよ」
「しかもクリスマスっぽいです〜〜! なんだこれ、かわいいな?」
「ローストチキンより唐揚げの方が喜びそうな気がして」
「はい! 大好きです! こっちはブッシュ・ド・ノエルだ!」
「誕生日にケーキが食べたかったんでしょ?」
「そうですぅ〜! おふたりともありがとうございます!」
良かった、こっちも喜んでもらえたわ。
「じゃあ、ふたりでランチを楽しんでね。お皿は夕方取りに寄るから、適当にバスケットに詰めててくれたら助かるわ。食べきれなかったら、この紙箱に入れてお持ち帰りにしてね」
「お茶もこの魔法瓶に入ってるから」
「えっ、一緒に食べないの?」
オルコットさんがキョトンとしている。いやだ、邪魔するわけないじゃない!
ここの部室なら、あの筋肉達も寄り付かないから邪魔だって入らないし、誰にも咎められることなくふたりでランチを楽しめるわ。
「私はほら、王宮に行かないといけないの」
「私も、お、弟とお昼寝の約束があるから」
もっとマシな理由はなかったのか。ほんっと、優さんたら嘘が下手なんだから。
「じゃあね! 良いお誕生日を〜」
ふたりを残して、私達は部室から出ていった。ふふっ、なんかスキップしたくなってきた。
「じゃあ、私達も行きましょ。校門でお兄様が待ってるわ」
「そうね! あー早く唐揚げが食べたい!」
これから私達は、優さんの邸にお邪魔してクリスマスパーティーならぬ、忘年会? まあなんでもいいや。さっきの料理と同じもので、ロジャーやソフィアお姉様達と宴なのよ。フレデリックお兄様が馬車で迎えに来てくれているわ。
「あのふたりも楽しんでくれるといいわね」