43 せっかく窯があるんだもの
今日は、『いにしえの古文書解読研究会』の活動日。優さんと一緒に部室で待っていると、森さんと魔法薬倶楽部のオルコットさんが、それぞれ両手に木箱を抱えて入ってきた。
「やけに大荷物ね。どうしたの?」
「これ、領地から送られて来たんですよ。とても食べ切れる量じゃなかったから、おふたりにもお裾分けです」
なにかしら? と思って覗いてみると、きれいなさつま芋! 森さんの領地は畑が広いから、薬草以外にも季節の野菜も育てているのよね。
「まあ! お芋じゃない! 私、さつま芋大好き!」
優さんがさつま芋を見て喜色満面の笑みを浮かべた。うん、知ってる。学園祭で『摘めるもの』と言われて、芋けんぴをチョイスするくらい好きだってことをね。
「さつま芋とくれば、焼き芋じゃない? 食べたい! 焼き芋が食べたい!」
優さんはすっかり焼き芋に取り憑かれている。そんなことを言われたら、私まで食べたくなってきたわ。
「あれを使えばいいんじゃない? テラス横のピザ窯」
ボソッとオルコットさんが呟いた。
「「それだ!」」
あのピザ窯、実はまだそのまま残っているのだ。学園長先生が『またピザが食べたいから』という理由で、片付けなくていいと言われたからだ。生徒だけで勝手に火を焚くことはできないが、誰かひとりでも教師か職員が付いていれば、誰でも使用しても良いことになっている。もちろん火の始末は必須だ。
せっかく窯があるんだもの、使わなくちゃもったいない!
「よし、ネイサン先生を連れて行こう」
早速、優さんと私は職員室へネイサン先生を探しに行った。
「先生、今日の倶楽部は少し内容を変更してもよろしいでしょうか?」
「うん? 珍しいね。なにか面白いものでも見つけたの?」
「ええ、そうなんです! お願いします。カフェテリアまで来てください」
私達はネイサン先生を、カフェテリア外のテラスまで引っ張って行った。
そこには一足先に芋の箱を運んでくれた、森さんとオルコットさんが待っていた。
「小枝も集めておきましたよ」
「薪も前のやつが余ってたから、窯に入れておいた」
「ありがとう! 準備は完璧ね!」
私達はネイサン先生の方へ振り向いた。
「先生、今日の倶楽部は焼き芋を作りましょう!」
「ククッ、そういうことか。いいよ、僕が付き添うよ」
先生はおかしそうに笑うと、許可を出してくれた。
「じゃあ、火を熾すわよ!」
優さんが、薪を組んだ中にあるクシャクシャの新聞紙に『えいっ』と火魔法を使った。例のライターサイズの火が指から出る魔法だ。火が点いたら、私が風魔法で細くした風を送った。火吹き竹のようなものね。
「ふたりとも、魔法が上達してるじゃないか」
「そうですかね〜フフフ」
ネイサン先生から褒められると、優さんは若干ドヤ顔をしている。火が落ち着いてきたら、芋の投入だ。本当は芋をアルミホイルで包んで熾火に入れるといいらしいが、そんなものは無いのでピザを置く上の鉄板の方に芋を並べることにした。
「私が責任を持って食べるから、置けるだけ置いてちょうだい」
いや、どんだけ芋が好きなんだ。五人分にしては結構大量にあるよ?
時々芋の上下を返しながら、テラスの椅子に座り焼けるのをのんびりと待つ。ネイサン先生と魔法薬倶楽部のふたりは、新しく開発中の薬について話が盛り上がっている。
「おや、また何か焼いているのかい?」
「「「オバちゃん!」」」
テラスにひょっこりと顔を出したのは、売店のおばさまだ。
「なにか甘い匂いがしたから、外に出てみたんだ」
「焼き芋ですよ。もうすぐ焼けるから、オバちゃんも食べていって!」
「あら、嬉しいね。じゃあお相伴させてもらうかね」
おばさまも席に着いておしゃべりを再開した。
「いい匂いがしますね」
「「「学園長先生!」」」
今度は学園長先生が匂いに釣られてテラスに出てこられた。どこまで匂いが漂ってるのかしら。もちろん学園長先生も焼き芋パーティーにお誘いした。
その後も、他倶楽部の活動で残っていたクラスメイトや、森さんのお友達も匂いに釣られてやってくる。芋、いっぱい入れといて正解だったわ。もう参加者が十人を超えている。
「そろそろ焼けたかな〜」
トングで焼けた芋を取り出そうとしたその時――
「お前達、なにをやっているんだ! ちゃんと許可は取っているんだろうな?」
出た、筋肉三人組! なんでこうも目ざとく見つけて絡んでくるのかしらね。でも今日は大丈夫。私が言わなくても……
「私が許可を出していますよ」
「うっ、学園長!」
「教師か職員がひとり付いていれば、窯を使っても良いことにしている。今ここには、いちにいさん、教師と職員が三人いますからね」
学園長先生は、ネイサン先生と売店のおばさま、そして自らを指差して言われた。
ほらー、ちゃんと見て言わないからこうなる。大人数だったから先生達に気付かなかったのかしら?
「モリー、それはなんだ?」
「さつま芋ですけど」
森さんの婚約者ジェフリー様が気になった様子で尋ねる。
「なに? 蒸したやつはないのか!」
「ぜーんぶ焼き芋ですけど」
「チッ、蒸したのじゃないならいらん」
焼き芋では筋肉の足しにならないのだろうか。ジェフリー様は途端に興味を失った。
「こんな所で焼き芋など、ふん。火の始末はしておけよ」
私を睨みながら、捨て台詞を残してバーナード様は去っていった。
「おーこわ。なんでいちいち絡んでくるのかね」
「どうしたものか……」
売店のおばさまがそう呟くと、隣にいた学園長も思案顔で呟いた。
「さあ、お芋が焼けましたわ! 早く食べましょうよ!」
嫌な空気を振り払うように、優さんが明るく呼びかけた。そうだね、せっかくのお芋は楽しく食べたいもの。
みんなひとつずつ手に行き渡ると、熱々のお芋を頬張った。
「ん〜このお芋甘いわ!」
いち早くお芋を割ってかぶりついた優さんが、嬉しそうに言う。貴族の集まる社交界でやったら眉をひそめられるだろうけど、まだ私達はデビューもしていない学生だもの。お芋にかぶりついたっていいわよね?
「焼き芋なんて久しぶりに食べたねぇ。本当に甘くて美味しいよ」
「オバちゃん、売店でも焼き芋を売ってくれよ」
クラスメイトの男子がおばさまに言った。
「さすがにひとりで窯を使うのは大変だよ。店を放っておけないし、ちょっと難しいね」
「そっかあ、残念だな」
「また放課後にでもやればいいんじゃないか? その時は私も仲間に入れてくれ」
お芋の美味しさに目覚めたらしい学園長先生が、にっこりしておっしゃった。
「あら、もちろんですわ。いただいたお芋はまだありますもの、近いうちにまた焼き芋パーティーをしましょうね」
ワーッと喜ぶ声が上がった。優さんなんて小躍りしているわ。手にはちゃっかり二個目をキープしているし。
第二回の焼き芋パーティーは、噂を聞いたクラスメイトでもっと人数が増えていたのだった。




