42 クラスの打ち上げ
「ロ、ロマン……プッ、グフッグフフ」
優さんが森さんの肩をバンバン叩きながら、笑いを堪えようとして失敗している。
「イタタ、まさか殿下達に買われるとは思ってもみなくて」
「いえ、結果オーライだったわ。みんな毒気を抜かれてしまったし」
『下賤な食べ物』だとか言われて、怒りで震えていたクラスメイト達も、今は時折り思い出し笑いで肩が震えている。
「ドミニクさんの薬のおかげで、この後も楽しくやれそうよ」
「だったら良かったです。お兄様も喜びます」
ピザの焼ける匂いと、すでに食べに来た人から噂を聞いた人達が続々と集まり始めていた。売店のおばさまのドリンクも、順調に売れているようね。
「ヴァイオレットちゃん、氷をお願いするよ。まさかこんなに人が来るなんて!」
「でしょう? ピザに冷たい飲み物は付き物ですから」
「じゃあ、僕もアイスコーヒーをもらおうかな」
「ネイサン先生!」
先生も噂を聞いて来てくれたのかしら。『お昼ご飯にする』と言って、二切れも頼んでくれた。
「なんだかみんな楽しそうだね」
それはそうだろう。男のロマンの余韻が消えていないのだ。私と優さんは便利な呪文、カクカクシカジカを発動した。
「ふふっ、そんな魔法薬があるんだ。僕も使ってみようかなぁ」
「やだ、先生のイメージには合いませんわ」
「そうですよ! そんなきれいな顔でボーボーだなんて」
「きれいかどうかは別として。あんな筋肉はないけど、僕もそう違和感はないと思うな」
そう言うと、私の手を取り先生の胸に当てた。あら、細身だと思っていたけど意外と逞しいわね。うん、マッチョではないけどちょうどいい感じ。
「そんなにペタペタと触られると、僕も照れるんだけど」
「やっ、ごめんなさい! つい」
やっちゃったー! 人様の胸をペタペタ触るだなんて、私はチカンか?
「とても美味しかったよ、ごちそうさま」
「ええ、来てくださってありがとうございました」
「忙しいだろうけど、頑張って」
ふわりと笑い、ネイサン先生は戻っていった。やだもう、恥ずかしいわ。
「ヴァイオレット、あなた耳だけ真っ赤よ」
うん、もういいや。耳だけなら頭にかぶった三角巾で隠そう。
「そういえば、ロジャー達も来るんじゃなかった?」
「ええ、フレデリック様が連れてきてくれるって約束したそうよ」
「じゃあさ、もうすぐ交代の時間だし、お兄様達が来たら一緒に回ってきたらいいわ」
「えっ、いいの?」
「うん、私はもう少しここにいるわ。あ、なんか摘めるものがあったら買ってきてよ」
「わかったわ!」
フフフ、今日もお節介をするわよ。ロジャーもいるから、変に疑われることもないしね。お兄様は頑張って優さんとの仲を深めてちょうだい!
「ヴァイオレットさーん!」
「ユージェニー嬢!」
あら、ちょうどお兄様達が来たわ。ロジャーとお兄様もピザを注文してくれた。
焼き立てにかぶりつくと、ふたりとも初めて食べたピザに感動している。
「フレデリック兄様、ピザって美味しいね」
「ああ、美味いな。あの窯をうちにも作れないものか」
「それはユージェニー次第ね」
「ん゛ん、なんのこと?」
一足先に交代した優さんは、学園内を回ると言って出ていった。ロジャーは去年食べたりんご飴をまた探すんですって。かわいいわ〜。
三人を見送ると、ピザに具材を載せているグループの様子を見に行った。
「ヴァイオレットさん、生地がもう残り少ないわ!」
そう声を掛けてきたのは、ジェシカさん、セーラさん、ミレナさんの三人組。彼女達も生地を伸ばしたり具材を載せたりで大活躍だ。
「まあ! あんなにあったのに。ミレナさんのお父さんの読みが当たったわね。急いで魔法紙を飛ばしましょう!」
ミレナさんがポケットからメモ帳のような物を出すと、サラサラと何かを書き付けた。それを紙飛行機のように折ると、スイーッと空に飛ばす。これ、こちらの世界のメールみたいなものなの。専用の紙に書いて紙飛行機にして飛ばすと、相手に届くってわけ。王都の中くらいの距離なら大体いけるわ。
「ミレナさん、ありがとう。私も追加で野菜を切るわね」
テラス席も大盛況で、中には運動部の生徒達が何ホールも丸ごと注文して分け合ったりしている。そりゃあ生地も無くなるはずね。
私達はひたすらピザを作り続けた。追加の生地も届けてもらい、なんとか間に合わせることができたわ。
◇◇◇◇
お昼時は一気に人が増えて大変だったけど、ピークを過ぎれば少し落ち着いてきた。
「私達も少し休憩しましょう」
売店のおばさまの所へ行って、飲み物を買う。こちらも今はお客さんはいないようね。
「おばさま、お疲れになったでしょう?」
「普段、売店にだってこんなに人は来ないからね。だけどピザ屋にいる子達が手伝ってくれて、なんとかなったよ。そっちもだいぶ落ち着いたんじゃないかい?」
「ええ、私達も飲み物でも飲もうかと思って――」
「ただいま! 摘めるものを買ってきたよー」
「ユージェニー!」
なんてナイスなタイミング! みんなでお茶休憩ができるわ。
「ありがとう、何かしら」
優さんは胸に抱えた紙袋を前に突き出し、みんなに見せた。
「芋けんぴよ!」
「渋い……」
というか、こっちの世界にもあるんだな芋けんぴ。
たしかに摘めるものだわ。間違ってない。おばさまも誘って、カフェテリアのテーブルで少し休憩することにした。
「それにしても驚いたね、まさか第一王子妃殿下がいらっしゃるなんて。ヴァイオレットちゃん、あんた普段は気さくなお嬢さんだから忘れているけど、未来のお妃様だもんね」
「ええ、一応」
思わず苦笑いしてしまった。あの王子のお妃にはならないつもりだし。
「あれもヤバかったよね、男のロマン」
「グフッ」
「ユージェニーさん、笑ってる場合じゃないわ。あなたの婚約者もボーボーだったじゃない」
「ええ、婚約者になってから一番笑わせてもらったわ」
優さんもどこか他人事だ。だって結婚する気がないもんね。みんなでお茶を飲みながら芋けんぴをポリポリとかじった。
そこへ、魔法薬倶楽部の店番に行っていたオルコットさんが戻ってくる。あら、モリーさんも一緒だわ。
「倶楽部の商品も完売して、もう片付けてきたんだ。こっちの手伝いをしようかと思って」
「まあ、ありがとう。こっちもだいぶ落ち着いているのよ。オルコットさんも忙しくて、まだ他の所を見てないでしょ? ふたりで回ってきたらどうかしら」
「うん、それがいいわ! ぜひ行ってらっしゃいよ!」
優さんも激押ししている。
「えっと、いいの? モリーさん、この後の予定はあるかな」
「いいえ、店番だと思って全部空けてます」
「ほらね、いってらっしゃーい」
私達はオルコットさんと森さんの背中をグイグイ押して、カフェテリアから追い出した。うん、いい仕事をしたわ。
「あのふたり、付き合ってるのかい?」
「いいえ、モリーさんの婚約者もボーボーだったひとりです」
「だから、まあ、色々と、ね?」
「なるほど、わかったよ」
おばさま、色々と察してくれたみたい。ニヤリと笑っている。私達が強引だったのにも、何も触れないでくれた。
「若い子達も苦労してるんだねぇ、色々と」
◇◇◇◇
「おーい、ちょっと早いけど店じまいして、打ち上げにしないか?」
「だいぶ客足も減ってきたし、良いんじゃない?」
クラス委員達が相談している。焼き場を担当していた男子達も、
「俺もピザ食いたいよ!」
と、言い始めた。そうよね、匂いだけじゃお腹がすくでしょうし。
「よし、担任のキートン先生も呼んできて! オバちゃんも一緒にね、残り物でピザパーティーよ!」
「「「いえーい!!」」」
「この飲み物もみんなで飲んでしまってちょうだい。残したって処分するだけだ。残り物で悪いがね」
「「「いえーい!!オバちゃんありがとー!」」」
さっきよりも張り切りだしたクラスメイト達。残り物の食材を使って、いくつもピザを作っていく。
「あ、これ肉屋さんがオマケでくれたベーコンだ。入れちゃえ!」
「これも、八百屋さんのオマケのミニトマトね。オリーブの瓶詰めもあるわ。入れちゃえ!」
そうして残り物をどんどん載せていった結果、売り物よりもずっと具だくさんで豪華なピザが出来上がった。
午前中に当番だった子たちも、続々と戻ってきていた。
「串焼き肉が売ってたから、買ってきたぞ」
「私はフライドポテトを買ってきたわ」
「僕はカットフルーツを買ってきたよ」
なんだかどんどん豪華になっていくわ……これはもはや残り物なんかじゃない、宴よ!
「全員揃ったわね? では、今年の学園祭もお疲れ様でした〜カンパーイ!」
「「「カンパーイ!」」」
クラス委員の掛け声で、宴が始まった。それぞれ好きなものに手を伸ばしている。
「ピザ、美味しいわね! あんなに人気が出たのもわかるわぁ」
ピザ初体験のキートン先生も、チーズを伸ばしながら美味しそうに食べている。先生も午前中ずっと会計を手伝ってくれたものね。
あ、そうだった。残ったトマトソースを分けなくちゃ。じゃんけん……は、この世界に無いんだった。よし、あれで決めよう。
私は会計の所に置いていた記録用の紙を取り、縦線と横線を書き込んだ。
「皆さん、残ったトマトソースを分けたいと思います。五つありますから、希望者はここに名前を書いてね。公平なくじで決めましょう」
「くじ? これが?」
「ええ、『あみだくじ』と言うの」
みんな不思議そうに見ている。どうやって決めるのか興味津々で紙を取り囲んだ。
「名前を書いたら横線を一本だけ書き入れてね」
優さんが実際にやって見せた。それを見てもまだ半信半疑みたい。
くじと言えば、箱の中から紙を引いたり、棒の先に印が付いている物を引くのが定番だものね。
「よし、やるわよ!」
優さんがあみだを辿る役を買って出てくれた。下の折り目を開くと、当たりの印から辿り始める。どうなるんだ? と、みんなワクワク顔だ。
「はい、一人目はミレナさんね!」
「きゃあ! ありがとう」
次々と当たりの人が発表されていく。トマトソースを賭けたあみだくじは、なかなか盛り上がった。
「ヴァイオレットさん、ユージェニーさん。これ予約のハンドクリームだよ」
「まあ、ありがとう!」
オルコットさんが取り置きしていた物を渡してくれた。私達は代金を払って、ハンドクリームを受け取る。
「用法はよく読んで使ってね」
「わかったわ」
なになに? 『指毛が消えるハンドクリーム』――このハンドクリームは塗るだけで保湿と指毛除去ができます。顔には使わないでください。眉毛が溶けます。
やっぱり、普通のハンドクリームじゃなかったーー!! でも考えようによっては、便利なのか? 『付加する効果が森さんっぽいね』と、優さんが呟いた。