41 今年もやっぱり事件が起こる
「やあ、窯は上手く出来たかい?」
そう言って開店直後にテラスに現れたのは、学園長先生だ。注文会計をするカウンターにいる担任のキートン先生へと近付く。
「まあ! 学園長先生いらしてくださったんですか!」
「あぁ、どんなものが出来上がったのか気になってね。ひとつ貰おうかな」
「はい、ひとつ三百ペナです」
注文が入ると、焼き担当の生徒が準備していたピザを素早く窯に入れた。それを学園長先生は近くで眺める。
「ほう、これは見たことのない食べ物です。パンともまた違うみたいだね」
ものの数分で焼き上がると、包丁でカットし一切れを皿に盛ってテラスのテーブルへと案内した。
「どうぞ、手で掴んでそのままお召し上がりください。熱いですよ」
「ああ、いただくよ。チーズの焼けたいい匂いがするね」
学園長先生が一口目を口にする。チーズがとろりと糸を引いた。
「んっ、これはトマトソースが塗ってあるんだね! とても美味だ!」
そうこうしていると、他の先生方も連れ立ってこられた。またも職員室で噂になっていたらしい。最初に焼いたホールはすぐに無くなった。
「君達は去年も面白かったけど、今年も面白いことを考えたね。全然違う事をしているのに、ポスターも去年のオマージュになっていて良かったよ」
他の先生方もそう褒めてくださった。それもこれも、クラスメイト達がそれぞれ素晴らしい才能を持っているからよね。私なんて大した事はしていない。これが実現したのも、みんなが窯を作ってくれたり、生地を作るのに協力してくれたり、食材を仕入れてくれたり、薪を用意してくれたり、ポスターを描いてくれたりしたおかげだわ。
「ヴァイオレットさん、ユージェニーさん、早速来ちゃいました!」
つらつらと考え事をしていたら、森さんの声がした。同じ学年のお友達も連れてきてくれたみたい。
「モリーさん、来てくれたのね! 魔法薬倶楽部の店番はいいの?」
「はい、私とオルコットさんは午後からなんですよ。午前中は三年生が店番です」
「モリーさん、いらっしゃい。お、お友達もありがとう」
午前中はピザ屋担当のオルコットさんも接客に出てきた。初めて見る一年生女子に、若干人見知りを発動している。
「私達、モリーちゃんに『絶対美味しいから!』って引っ張って来られたんです」
「本当にいい匂いがするわ、とっても楽しみ!」
「ポスター見ました! ピザってどんな食べ物なんですか?!」
お、おう。なんか若いわ。学年はひとつしか変わらないけど、中身がアラサーの私には眩しい。
「とりあえず食べてみよう! オルコットさん、ひとつずつお願いします!」
「わ、わかった! 四人分お願いしまーす!」
「りょーかい!」
森さん御一行がテーブルについた頃、
「ヴァイオレットちゃん、ユージェニー」
と、後ろから話しかけられた。振り向いてみると、そこにはありえないお人の姿が――
「ソフィアお姉様! え? オリヴィ――」
「シィー。今日はお忍びだから、ね?」
「初めてお目にかかります。ソフィアの妹、ユージェニーと申します」
「あなたがソフィア自慢の妹さんね。今日はプライベートだから畏まらなくていいわ」
そこに立っておられたのは、第一王子レイモンド殿下の妃、オリヴィア様であった。な、なんでこんな所に? ソフィアお姉様とその婚約者ハーディング公爵子息も一緒だ。姉達の姿を見てすぐに察した優さんも、オリヴィア様に淑女の礼をとった。
「去年の学園祭の話を聞いて、どうしても来たくなっちゃって。ソフィア達に我儘を言ったの」
「驚かせてしまったね。今日の僕は護衛も兼ねているんだ」
そうハーディング卿が言われるが、おそらく他にも私服の護衛が紛れ込んでいるはず。
「この前のお茶会で、珍しい食べ物屋さんをするって言ってたでしょ? 私達にも食べさせてくれる?」
「ええ、もちろん。でもこんな所で大丈夫ですか?」
「みんなと一緒がいいわ。こういうの、憧れていたの」
オリヴィア様は隣国の王女様だから、学生生活もあまり自由に出来なかったのかもしれない。
「丸ごと一枚分もらえる? こちらで取り分けるわ」
ソフィアお姉様が言われたので、注文を通した。たぶんまだ誰も気付いていない。オリヴィア様は結婚してそんなに経っていないし、新聞に載ったのもウエディング姿だったから。今日はお忍びスタイルで、だいぶ地味に装っていらっしゃる。溢れ出る気品は隠せていないけど。
「お待たせしました。カトラリーもございます」
「本当はどうやって食べるの?」
「手で持ってガブッと」
「ふふっ、だったら私もそうするわ。さあ、ソフィア達もいただきましょう」
「はい、ではお先に。あつっ! チーズがとけてますから、火傷に気を付けてください」
念のためソフィアお姉様達が先に口をつけられた。その後オリヴィア様も手で持って一口。
「ん〜熱々ね! おいひいわ」
「うん、これはいくらでも入ってしまうな」
オリヴィア様とハーディング卿にも気に入ってもらえたみたい。和気あいあいとした雰囲気の中、突如ざわめきが広がった。
「ふん、またこのクラスか。いつも突拍子もないことばかりやるんだな」
でたわ、あの筋肉三人組よ。よりによってオリヴィア様が来られているタイミングとはね。優さんと私はオリヴィア様達を背中に隠し、バーナード様と対峙した。
「バーナード様、ごきげんよう。この出店はきちんと学園長先生の許可を取っておりますわ」
私の声に、バーナード様達三人が振り向く。ブッ! いや、なんで?
「ふん、お前か。今年はダンスタイムがなくて命拾いしたな。みっともない姿を晒さずに済む」
そう、去年のお騒がせ事件のせいで、今年はダンスタイム自体が無くなってしまったのだ。私はむしろ良かったけど。いつもの令嬢アルカイックスマイルを決めて答える。
「そうですわね。バーナード様も生徒会でお忙しいでしょう。いつまでもこんな所にいて大丈夫ですか?」
遠回しに『はよ帰れ』と言ったのよ。だって空気が悪くなるし、みんなも肩を震わせて我慢の限界だし。
「一口くらい味見をしてやってもいいと思って来たが、所詮は下賤な食べ物。俺が食べてやるまでもないな」
「チーズは筋肉にいいぞ」
ジェフリー様はすごいな。全然空気を読む気がない。そして筋肉に貪欲。
「あら、どこが下賤なのかしら? 私もとっても美味しくいただきましたわよ?」
「誰だ!」
私の後ろで立ち上がる気配がした。あーもう、せっかくオリヴィア様も楽しまれていたのに! 筋肉野郎達のせいで台無し!
「う、あ、義姉上! なんでこんな所に!」
「私の未来の妹の所へ遊びに来たのですわ。バーナード様、食べもしないで貶すのは良くありませんよ?」
「ぐっ!」
バーナード様の言葉が詰まった。みんなも、王族がこんな所で食事をしていたことに驚いて固まっている。そして半分は肩を震わせている。
「こいつは、去年も生徒の和を乱したのです。だから生徒会役員としてチェックに……」
「そうですか。それはまあいいとして、あなたそれどうされたの? その、モジャっと――」
「オリヴィア様、どちらかと言えばボーボーではありません?」
ソフィアお姉様、冷静に意見するのはやめて! みんな瀕死なのよ!
「ああ、これですか。これは男のロマンです」
「ブーーーッ!」
あ、優さんが吹き出した。アウトだわ。今のこのテラス、みんなプルプル震えて笑ってはいけないナントカみたいになっている。
「私達は魔法の薬を手に入れたのです。男のロマンを叶える魔法を!」
トレバー様がそう言って、第二ボタンまで開けた胸元を誇らしげにモジャった。
そう、三人の発達した胸筋には胸毛がボーボーに生えていたのだ。
「そ、そうなの。でもボタンは留めた方がよろしくてよ」
「義姉上、留めたらせっかくのロマンが見えないじゃありませんか!」
もう、胸毛をロマンって呼んじゃってるわ。だめ限界、早くどっかに行ってくれ!
胸毛のことに触れられたバーナード様は、少し機嫌が良くなったようで、
「では義姉上、お気を付けて帰られますように。失礼」
と、言い残して去っていった。
「ロ、ロマン……」
誰かが震える声で呟いた途端、テラスは爆笑の渦に包まれた。さっきまで険悪な雰囲気だったのが、ロマンのお陰でこの通り。
私は森さんの方を振り向いた。するとサッと目をそらされる。
「犯人はあなたね、モリーさん?」
「あの、お兄様からどれくらい需要があるかの市場調査を頼まれまして。三つだけハンドクリームと一緒に並べといたんですよ! だってこんなにすぐ売れるとは思わなくて!」
うん、なんかもう馬鹿馬鹿しくてどうでも良くなったわ。
「オリヴィア様、なんかすみません」
「ううん、こちらこそごめんね」
よく分からないけど、お互いに謝ってしまったわ。
「ピザ、とっても美味しかったわ。学園祭の雰囲気も味わえたし。ヴァイオレットさんありがとう」
「こちらこそ、来ていただけて嬉しかったです。ソフィアお姉様達もありがとうございました」
「ええ、こちらこそ。今年も色んな意味で楽しかったわ」
「僕もこのピザを気に入ったよ。また機会があれば食べたいな」
最後は和やかな雰囲気で帰って行かれた。は〜どうなることかと思ったけど、楽しんでもらえたなら良かったわ。