40 開店準備
翌日の放課後、予定の空いている生徒で実際に窯に火を入れて、ピザを作ってみることにした。生地はミレナさんのお父さんが学園の門まで届けてくれている。今はカフェテリアのテーブルを借りて、ピザ生地を伸ばしたり具材を切ったりしている。
薪は広い学園内に落ちている枝や、間伐で切った大きな木ををまとめて置いてあるところから使ってもよいと許可をもらっている。それを力に自信がある男子達が運んで薪割りもしてくれた。
「僕、こういう時に役に立てなくて申し訳ない」
ヒョロリとしたオルコットさんが、眉を寄せて申し訳なさそうにしている。すると優さんが鼻息も荒く否定する。
「何言ってるの! あなたは食材を切ったり、ピザへ彩り良く載せたりが上手いじゃないの」
「ああ、薬草を切り刻むのに慣れてるから」
「あなたは器用なのね。みんなそれぞれ得意なことで協力したらいいのよ」
私がそう言うと、オルコットさんはホッとしたように笑った。
「モリーさんも、うちのクラスの店を楽しみにしていたよ」
「そうなの。結局彼女のクラスは何をするようになったのかしら」
「『休憩所』だって」
「オウ……」
「その代わり、魔法薬倶楽部でハンドクリームを売ることにしたよ」
ちゃんとした普通の物を売ることにしたようだ。うん、それがいい。
「それ、私の分も予約しておいてくれる?」
「あ、私のもお願い!」
優さんも話に入ってきた。やっぱりほしいよね、森さん達特製のハンドクリーム。あのケイティさんがくれた『肌年齢が五歳若返るクリーム』も良かったもの。
「わかった。ふたり分予約だね。取っておくよ」
「てことは、結構忙しいんじゃないかしら? 当日も無理しなくて大丈夫だからね」
「うん、あちらも交代で店番をするから大丈夫だよ」
そんな話をしていると、火を熾してくれていたクラスメイト達から声がかかった。
「おーい、窯が温まったみたいだぞ」
「はーい、皆さん持って行きましょうか」
温まった窯の中にピザを入れる。一度に三枚ほどは入りそうだ。パンを取り出す用のでっかいヘラのような道具も、ミレナさんの家から借りてきている。
窯はかなり熱くなっていたらしく、ピザがものの数分で焼けた。オーブンよりずっと早いかもしれないわ。
それを包丁で切り分ける。ほらあれ、前世のピザカッターがほしいわ。
「さあ、皆さん味見をどうぞ」
「「「うまーーい!」」」
次に焼いた物も、どんどんみんなのお腹に収まっていく。
「おや、楽しそうなことをしているね」
「あ、オバちゃん! 学園祭の練習をしているのよ」
そこに現れたのは、売店のおばさまだった。
「おばさまもどうぞ味を見てくださいな」
「あら、いいの? じゃあ遠慮なく。あっつ、ん〜美味しい!」
おばさまにも気に入ってもらえたみたい。
「当日もここでやるのかい? 人通りが少ないんじゃないかねぇ」
「オバちゃん、売れなかったら俺達が全部食うからいいよ」
「それもそうだな。俺達で全部食っちゃおう」
「それじゃあ、ただのピザパーティーじゃない」
クラス委員のツッコミに、みんながドッと笑った。あっ、そうだ!
「ねえ、おばさま。当日はどうなさるの?」
「ん? 大体プラプラと見て回ってるだけだよ。売店も休みだし」
「だったら、ここで飲み物を売ってくれませんか?」
私達はピザを作るのでいっぱいいっぱい。他のお店も離れているから、飲み物を買ってまで来ないでしょう。
「そりゃあ私は暇だから構わないけど、売れるかねぇ」
「ええ、きっと売れますわ。特に冷たい飲み物がいいですね。なんなら私が氷もサービスします」
「わかった、じゃあ売店の前で飲み物だけの店を開こうかね。そのピザとやらが余ったら私もパーティーに入れてちょうだいよ」
「ええ、もちろん! 大歓迎ですわ!」
これで、冷たい飲み物も確保できた。だって熱々のピザには飲み物が必須でしょ。
その後も二日ほど窯で焼く練習をして、クラスメイト全員がピザ作りの流れを理解したと思う。
あとは当日を待つのみ!
◇◇◇◇
学園祭当日、お天気にも恵まれ暖かい一日になりそう。
私達は朝早くから集まって食材を切る作業に追われていた。野菜もウインナーもチーズも、クラスメイトの伝手で商店街のお店から届けられている。少しおまけもしてくれたようだ。
トマトソースも、作った瓶詰めは全て持ってきた。
生地はもちろんミレナさんのお父さんが届けてくれて、カフェテリアの冷蔵庫へ収められた。普段は保護者も学園の中には入れないので、今日初めてピザ窯を見たミレナさんのお父さんは、
「これが例のピザ窯か! よくできているな」
と、感心したように言って覗き込んでいた。まさか、優さんの『やー!』で出来たとは思うまい。
「生地は多めに作っておいたから、足りなかったら魔法紙を飛ばすといい。追加で持ってくるよ」
「まっさか、そんなに売れないわよお父さん!」
「いや、あれは売れる。職人の勘だ」
そう言い残して、ミレナさんのお父さんは店に帰っていった。
「今年もポスターを学園中に貼ってきたわ!」
そう言いながら戻ってきたのは、去年もポスターを描いてくれた美術部員の子。だが彼女の手にあるポスターを見て、私と優さんは顎が外れそうになった。
「な、なんで私達の顔が描いてあるのよ!」
そこには、男装の私にピザを食べさせようとする優さんが描かれていた。見つめ合ってはいるが、バックは去年と違って花ではなくホールのピザである。
「ピザの絵だけでいいじゃないの!」
「だってぇ、この方が目立つし」
「私達なんかじゃ客寄せにならないわ」
「まあまあ、見ててよ。ちゃんと店の場所も書いといたから、みんな来るわよー」
場所の文字より顔の方がでかい。本当に大丈夫かしら……
「ヴァイオレットちゃん、こんなもんでどうかしらね」
売店のおばさまからも声を掛けられた。カフェテリアからテーブルをひとつ拝借して、売店のシャッターが下りたその前にセットしてある。使い捨ての紙コップも沢山あるようね。
「とりあえず、コーヒー、紅茶、オレンジジュースを用意したよ」
「ありがとうございます。氷はこちらに入れておきますね」
そこに準備してあったアイスペールに、えいっ! とかち割り氷を出した。
「氷が足りなくなったら呼んでくださいね。あと、コーヒーや紅茶も冷却魔法が使える子がいますから、少なくなったらすぐに作ってください」
「わかった。結構準備したから大丈夫だとは思うけどね」
紙皿も多めに用意した。基本的に手で持って食べてもらうが、念のためカトラリーもカフェテリアから借りている。
薪割りも男子が前日にしてくれていた。朝から火を熾してくれたので、窯も十分熱くなっている。
テーブルよし! 紙ナプキンよし! エプロンよし! と、クラス委員が指差し確認をしていく。
午前中は、担任のキートン先生も会計係として手伝ってくれるという。お金を入れる箱と、いくつ売れたかメモする紙をチェックしてくれている。
係を交代する時間割も完璧だ! クラス委員がみんなを集めた。
「さあ、もうすぐ学園祭が始まるわ! みんな気合を入れてやるわよ!」
「「「おーー!」」
このクラス、意外と体育会系だわね。




