39 窯を作ろう
「皆さん、学園長先生の許可が下りました!」
数日後。担任のキートン先生の言葉に、わぁー!とクラスメイト達の歓声が上がった。
「ただねぇ、少し条件があって」
「どうしたんですか?」
先生が頬に手をあて、困ったような顔をした。
「窯で火を焚くでしょう? だから場所が限られてしまうの。学園長先生が許可されたのは、カフェテリアから外に出たテラス席の横、土のある場所よ。そこになら窯を作ってもいいって」
「あーそうか。他のクラスの出店と離れているんだ」
毎年食べ物を扱うクラスは、自分達の教室か、玄関前の通路にテントを張って店を出す。当日はカフェテリアも売店も営業していないので、その辺りは人通りが少ないのだ。
だけど、考えようによっては良いんじゃない?
「ハイッ!」
「ヴァイオレットさん、どうぞ」
司会のクラス委員に指名され、私は立ち上がった。
「そこ、凄くいい場所だと思いますわ。カフェテリアのすぐ横ですから、冷蔵庫を借りられるか聞いてみましょう。それにテラス席のテーブルも飲食に使えますわ。他と離れているのはちょっと不利ですが、扉を開け放して匂いで釣るのです!」
「「「おぉ〜〜」」」
だって前世の焼肉屋さんとか、焼鳥屋さんの匂いにめちゃくちゃ釣られたもの!
「ヴァイオレットさんの案はどうですか?」
「「「いいと思いまーす」」」
「では、カフェテリアから出たテラス席でお店をすることに決まりです」
わ〜〜っと拍手が起こる。そこに、ハイッとミレナさんが手を挙げた。
「ミレナさん、どうぞ」
「うちの家パン屋なんです。そのピザ? の生地がパン生地に似ていると言っていたから、協力できるかも」
「それは助かりますね。ぜひお願いします」
そこでまたハイッと手が上がる。
「うち、商店街の中に住んでいるから、八百屋とか肉屋とかチーズ屋に伝手があります」
「いいですね、食材の調達で協力してください」
ポンポンと話は決まっていく。
「では、総合アドバイザーとして、ヴァイオレットさんとユージェニーさんにお願い出来ますか? おふたり以外にピザがわかる人がいませんから」
「「わかりました」」
こうして、クラスの出店の大方の方針は決まった。
◇◇◇◇
昼休み、カフェテリアでクラスメイトが集まり、食事をしながら出店の話をした。
「ピザ生地をイチから作っていると大変だと思うの。生地の配分を決めて、ミレナさんのおうちの方に委託するほうがいいかもしれないわね」
「たぶん量も多いでしょうしね。当日は食材を切って、成形して焼いて接客でいっぱいいっぱいになりそう」
私と優さんがそう言うと、一度作ってみようという事になった。ミレナさんのお父さんのお店の営業が終わった時間に、お邪魔させてもらうよう約束を取り付ける。
トマトソースの試作は、私と優さんがすることになった。前世の記憶を頼りにやってみるつもりだ。
何人かの生徒は、外のテラス席の確認に行ってくれた。そして窯が作れそうな場所も見繕ってもらった。
その日の放課後、優さんに我が家へ寄ってもらいトマトソースを作ってみた。トマトを細かく切り、玉ねぎをみじん切りにする。
「たぶんニンニクも入ってるよね?」
「うん、じゃあみじん切りにしてオリーブオイルで炒めよう」
ニンニクを炒め香りを出したら玉ねぎトマトと順番に入れていく。
「これも入れちゃえ!」
優さんがバジルやオレガノなどのドライハーブを適当に入れていく。そうだ、この人意外と大胆な料理をする人だったわ。
最後に塩と胡椒で味を整えた。うん、適当にやった割にそれっぽいものができてるわ。
できたソースを瓶に詰めて、明日ミレナさんのお店に持って行くことにした。
◇◇◇◇
翌日の放課後、数人のクラスメイト達とミレナさんのお父さんを訪ねた。
「この度はご協力ありがとうございます」
「なあに、俺もこういうお祭りが大好きなんだ。当日も一緒にやりたいくらいだよ」
「お父さん、さすがにそれは――」
「わかってるって! 生地を作ればいいんだろ? うちには生地を捏ねる魔道具もあるし、お安い御用さ」
恰幅のいいお父さんが、頼もしく頷いてくれた。
「助かりますわ。では早速試作に入りたいと思います」
私達は前世の記憶を頼りに、強力粉と薄力粉を量った。
「へぇ~粉を混ぜるんだね」
「ええ、パンのような生地と、サクッとした生地の両方を作ってみます」
前世でも、実家のホームベーカリーでピザ生地を作った記憶しかない。たしかこれくらいだったと記憶をたどりながら量っていく。
量が少ないので、捏ねるのはミレナさんのお父さんがやってくれた。さすがは職人さん、手付きが違う。捏ねた生地は発酵器に入れて少し待つ。
その間に、持参した食材をみんなで切っていった。玉ねぎ、ピーマン、ナス、トマト、ウインナー、サラミ、ベーコン、ゆで玉子、キノコなどなど。今の季節で手に入るものでやってみることにした。
「こんなに具だくさんなの?」
「いえ、色々と別の組み合わせで試してみようかと思って」
「いくらでも作っていいぞ。試食はまかせろ」
男子達がワクワクとしているのがわかる。
クリスピーな方は発酵がいらないので、少し休ませたら生地を丸く伸ばしていった。昨日作ったトマトソースを塗り、チーズとバジルだけのシンプルなマルゲリータにする。もう一枚は色々な具材を載せてチーズをかけた。
準備ができたら、お父さんがオーブンに入れてくれた。窓から焼け具合を見ながらしばし待つ。
「もう良さそうだぞ」
「「「わぁ〜〜」」」
お父さんがオーブンから取り出してくれると、みんなの目が輝いている。チーズの焼けたいい匂いがする〜!
包丁で人数分にカットすると、みんな一斉にかぶりついた。
「あっつ! ふぁ〜なにこれ美味しい!」
「うん、チーズがとろけて伸びてるぞ」
「生地もサクサクしてて美味いな!」
具材を載せた方も好評だった。
次に、発酵が終わったちょっと厚めの生地の方も丸く伸ばしていった。トマトソースを塗り、ハーフアンドハーフにして、具材の組み合わせも変えて何枚か作っていく。
「色々な組み合わせができるんだな」
「そうなの、季節によって変えるのもいいわよ。春はアスパラとか、夏はとうもろこしとか。鶏肉やシーフードを載せても美味しいの」
「うっわ、それも食べたい!」
優さんが手際よく具材を並べてチーズをかけてくれたところで、またオーブンに入れてもらった。
みんな待ちきれないのか、オーブンの前にへばりついて見ている。
「取り出すぞ」
焼けたピザをまた包丁で切って分けた。うん、生地もちゃんとそれっぽく出来てるわね。
もっちりしてて美味しいわ。餅がないから『もっちり』が通じないけど!
「さっきのサクっとした方も美味かったけど、こっちの方がボリュームがあっていいな」
「そうね、学園祭でも満足感がある方がいいかも」
「では、こちらの生地にしましょうか。ミレナさんのお父さん、お願い出来ますか?」
「ああいいぞ。材料費だけもらえりゃあ、手間賃はいらないよ」
「そんな、いいのですか?」
太っ腹な発言に少し戸惑っていると、お父さんが言った。
「その代わり、うちの店でもこのピザを出してもいいかい?」
「ええ、もちろんですわ! それなら冷めても柔らかいパン生地にして、手のひらサイズの小さい物にするといいかもしれません」
前世のパン屋さんに売っていた調理パンを思い出して言った。
「なるほど、大きく作るよりその方が他のパンと一緒に買いやすいな。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます!」
話し合いの結果、具材は玉ねぎ、ピーマン、ウインナー、マッシュルームのようなキノコに決まった。わりと前世でもよくあるピザだ。間違いないやつ。
私と優さんは、トマトが手に入るうちに大量のトマトソースを作り瓶詰めにした。瓶詰めならしばらく保存もできる。大きな寸胴鍋にいっぱい作った。余ったら希望者で分けてもいいしね。
◇◇◇◇
数日後、テラス席の横の目星をつけていた場所にピザ窯を作ることにした。
まずは浜焼きの時に作ったようなかまどを作ってもらう。
「えいっ!」
ゴロッとした石が積み上がり、上と手前が空いた四角いかまどが出来た。そこに男子が鉄板を乗せる。奥の方は鉄板がやや開けてある。そこから熱が上がってくるのだ。家に古い薪オーブンがあるクラスメイトが教えてくれた。
「じゃあユージェニー、ここに寝転んで」
「本当にやるのか……」
優さんの下着が見えないよう、数人の女子が前に立つ。優さんが鉄板に寝転がると、その真上に私が短い金属のパイプを持った。
「はいこれが煙突だから、これを挟み込む感じでシールドを展開してね」
「難しい注文をするわね。頑張るけども」
そう言うと、優さんは真上に手を挙げ
「やーー!」
と、声を上げた。すると、ゴロッとした石が優さんを取り囲むようにドーム状に積み上がる。それはもう見事なピザ窯だった。煙突もしっかり固定されている
「すごい! ユージェニー、ピザ窯職人になれるわ」
「ならんわ!」
ツッコミを入れつつも、足の方からズルズルと優さんが這い出てきた。強度も十分ありそうだ。
「この下のかまどに火を入れて、上の段にピザを入れて焼くの」
「よし、次はこの窯を使ってピザを焼く練習だね」




