38 新学期 今年の学園祭も?
王都に戻った私は、数日休んだあと領地へと向かった。領地ではボブ爺とふりかけの収穫をした。今年は去年よりも沢山のタマフリの種を蒔いてくれていたのだ。ナイスボブ爺! ロジャーにお土産にしようかなと言ったら、
「ロジャー坊ちゃんには、この爺が送っておきました」
と、言われてしまった。なんですと! 知らぬ間にロジャーとボブ爺は文通をしていたらしく、果物が採れた時など送っていたそうなの。なんだろうこのハートウォーミングな関係は。
ホートンにお願いして、ファニング子爵家へめんつゆの苗とぽんずの苗を送るよう手配をしてもらい、御礼状も書いて添えた。夏休みが終わる頃には、王都の邸の方にケイティさんからのお礼の手紙と新たに干したという、コーブンも送られてきた。嬉しい! うちでも湯豆腐ができるわね!
◇◇◇◇
「うちにも昆布――じゃなくてコーブンが送られてきたわよ。隣国の米生産者と会えるように紹介状を送っておいたの。あの畑の管理人さんが隣国へ視察に行けるって喜んでらしたって、ドミニクさんからお礼の手紙も添えてあったわ」
「おお! じゃあ近い将来、国産米が食べられるかもしれないわね」
新学期の教室でホームルームが始まる前に優さんと夏休みの報告をしていると、担任の先生が入って来られた。
「はーい、皆さん席に着いて。全員揃って新学期を迎えられたことを嬉しく思います。ホームルームを始めましょう」
クラス委員のふたりが前に出て司会をする。
「皆さん、今年も学園祭の季節がやってきました。去年はクラス劇をして大変好評だったのは記憶に新しいですよね」
クラスメイト達が、うんうんと頷いている。なんか嫌な予感がするんだが。隣の優さんを見ると、小さく縮んで存在感を消そうとしている。
「今年もなにかクラスの出し物をやりたいと思います。案がある人は挙手をお願いします」
「「「はい!」」」
元気よく手を挙げたのは、ジェシカさん、セーラさん、ミレナさんの三人組。ちょっと、頼むから変なことは言わないでちょうだいよ……
「私達、また脚本を書けます!」
「インスピレーションが湧きまくっちゃって!」
「また劇を推したいです!」
おお〜っと、みんなの声が上がる。いや、こっちをチラチラ見るのはやめて……このままでは、また主役級の役をやらされかねないわ。それだけは回避しなくては!
「ハイッ!」
「ヴァイオレットさん、どうぞ」
「皆さんと一緒に、食べ物屋さんがしてみたいです! 去年は劇の準備や片付けでバタバタして、皆さんもあまり他のお店や出し物が見られなかったんじゃなくて? 食べ物屋さんにすれば、時間制で交代もできますし、よそのクラスの合唱や劇も観に行けますわ! それに何かを作って売るというのは、接客や流通、経営の勉強にもなると思うんですの! きっとこの経験が、将来何かの役に立つと思いますわ!!」
ゼーゼー、一気に畳み掛けてやった。めちゃくちゃ早口だったけど、奇跡的に噛まずに言えたわ!
「賛成!! みんなで一致団結してお店を盛り上げたいわー! 劇でもやれたんだもの、お店でもやれるわ!」
優さんも立ち上がって猛然と拍手をしている。劇を避けるために全力で乗っかってきたわね。ありがたい援軍だわ。
「「皆さん、一緒にお店をやりましょう!!」」
ふたりでダメ押しの一言を発する。ど、どう? 駄目かしら? なんだかシーンとしちゃった。
「たしかに、去年は劇に全振りしてたもんな」
「うん、凄く楽しかったけど全然余裕がなかったな」
「食べ物のお店もとっても楽しそうだわ」
「またみんなでやってみちゃう?」
「他に案はありませんか? 無ければ多数決を取りますよ」
クラス委員が問うが、他に意見はなさそうだ。
「では、演劇がいい人?」
誰も手を挙げなかった。ジェシカさん達もだ。
「では、食べ物の出店がいい人?」
なんと、全員が手を挙げた! 言ってみるもんねー。
「満場一致で、食べ物屋さんに決まりました」パチパチパチパチ
「ところで、何の店にするんだ?」
ひとりの男子が言うと、みんなの視線は一斉に私達の方を見た。おう、そうよね。言い出しっぺだもの、わかってるわ。
「では、ピザ屋さんはどうでしょう」
「「「ピザ屋?」」」
「ちょっ、ヴァイオレットまさか――」
私は黒板の前まで出ると、チョークでピザの絵を描いた。
「このように丸く平らにした甘くないパン生地のような物に、トマトソースを塗って玉ねぎやピーマン、サラミやベーコン、エビなどを載せ、上からとろけるチーズをかけて焼いたものです」
「なにそれ、美味そう」
「大きな物を焼いたら、六分の一サイズに切ります」
私は黒板のピザの絵に六等分の切り目を描いた。
「これを一ピースずつバラで売れば、数もそれなりに作ることが出来ると思います」
「「「お〜〜」」」
「だけど、どこで焼くの? オーブンがいるよね?」
フッフッフッ、そこ聞いちゃう? 私は優さんに手の平を向けた。
「ユージェニーのゴロッとした石でピザ窯を作るんです!」
優さんがビクッと肩を揺らす。みんなの視線が優さんに集まった。
「あーなるほどね、あの魔法学実習の時のシールドか!」
「うん、小型のパン焼き窯みたいな形だったわね」
「だけど、窯を作る許可が出るかなぁ」
クラスメイト達がザワザワと話し出す。そこで立ち上がったのは担任のキートン先生だ。
「わかりました。私がなんとか話をつけてきましょう。今年はお手伝いが出来そうだわ」
そう言うと、胸をドンっと叩いた。
「学園長先生に話してみますから、少し時間をください。続きはその後でいいですね?」
「「「はーい」」」
「マジか……」
優さんひとりだけは呆然としていたが、魔法の精度が上がっていたのは浜焼きのかまどで証明されたし、いけるいける!
「ユージェニー、頑張ろうね」
「やられたわぁ……」
◇◇◇◇
「へえ〜おふたりのクラスはピザ屋をするんですね。絶対に食べに行きますー」
ここは『いにしえの古文書解読研究会』の部室。森さんに今日のホームルームの話をしたところだ。
「森さんのクラスはなにをするの?」
「まだ決まってないんですよ。魔法薬倶楽部の方でも何か売ろうかって話も出てますね」
「へぇ~。美容系の化粧水とか日焼け止めとかよさそう」
「そんな普通のでいいんですか?」
「「普通のでいいよ?」」
ニッチな薬は、学園祭では売れるかわからないよ……
「なんの話だい?」
「あっ、ネイサン先生」
久しぶりの倶楽部活動だ。ネイサン先生とも夏休み明け初めて会う。
「学園祭で出す店の話です」
「今年は演劇じゃないんだね」
ネイサン先生は思い出したのか、クスクス笑う。
「今年は断固阻止しました。もう主役はしません!」
「去年は劇で主役をやったんですか!?」
「そうだよ、グラントさんとふたりで。まだどこかにポスターが貼ってあるんじゃないかな」
「イヤーー先生やめて!」
先生の口を両手で押さえて黙ってもらう。う、思わずやったけど、唇柔らかいな。は、恥ずかし!
私は話を変えることにした。
「そうだ、先生にお土産があるんですよ」
「お土産? どこかに旅行でも行ったの?」
「はい! ヴァイオレットと私でモリーさんの領地へお邪魔したんです」
「なーんもない田舎ですよ?」
優さんと森さんも答える。私達はゴソゴソとカバンからお土産を取り出した。
「これをどうぞ」
「ありがとう、これは何かな?」
「うちの領地の観光名所にちなんだ『崖パイ』と、海の幸である『ウーメ』です」
「へぇ~面白いね。美味しそう」
私達はウーメの瓶を開ける先生をワクワクして見つめた。きっと『すっぱーー!』ってなるぞ!
「んっ、いい味」
「へっ?」
「すっぱくないですか?」
あれれ? 拍子抜けだよ。なんか普通に食べてらっしゃる。
「すっぱいけど、美味しいね」
「あれ〜? 初めて食べる人は大抵びっくりするんだけどなぁ」
森さんも、思ってたんと違うって反応をしている。
「ふふっ、ドッキリだったの? 大きなリアクション取れなくてごめんね」
先生はそう言うと種をティッシュに出して、崖パイも食べ始めた。
「あ、ナッツ入りだ。美味しいね。ちょっと飲み物が欲しくなるけど」
口の中がパサついたらしい先生は、売店へ飲み物を買いに出て行ってしまった。
「ウーメが平気だなんて珍しい人だねー」
「すっぱいのが平気なタイプなのかも」
「そういう人、たまにいますよね」
私達はそういう結論に達して、今日の倶楽部で使う古い魔法の書かれた資料を開いた。




